14 お互いの幸せを願えるなら、それは……
「……ここを、こうして……」
一度中身を分解し、精製したばかりの蜜を既存のオイルに注ぎ入れる。
細かな配線には苦労して加工した被覆材を使い、より滑らかに動くように関節部分を研磨する。
本当に、どこをとってもフィオレナの花は優秀です。
「出来ました!」
出来たばかりのそれを持ち上げれば、一番の拘りポイントである金髪がファサァっと揺れる。
うん、父のかつらも本当に質が良いです。
『………………』
「ペン吉君? どうしました?」
作業に夢中になりすぎて忘れていたけど。
公爵さんと会って以来、ペン吉君の口数が極端に少ない気がする。
『別に……なんでもねぇ…』
「そうですか?」
声にも元気がないような気がするけど、よくわからない。
「じゃあ、メンテナンスが終わったので、ペン吉君に移って下さい。 以前より、稼働時間と耐久力が格段に上がってるはずです」
『……ん』
短い返事の後、体から何かが抜けていく気配がする。
うう、相変わらずこの感覚、気持ちが悪いです。
ああ、こんな事を思ったらまた「気持ち悪い言うな」と怒られてしまうでしょうか。
そう思ったけれど。
「…………」
予想に反して、ペン吉君ボディに移ったあとも何もお咎めはない。
それどころか、ペン吉君はうつむいたまま。
「ペン吉君?」
名前を呼べば、ペン吉君の体がかすかに震えた。
「どこか具合が悪いですか? 魔力回路はいじってないのですが」
「ペン吉君のくせにいっちょ前に拗ねてるのよ。 ほっときなさい、ニーナ」
前足を一生懸命毛づくろいしながら、ドロシーちゃんが教えてくれる。
「拗ねている、のですか? 一体どうして?」
「………拗ねてなんかねぇ」
「?」
拗ねてる、というドロシーちゃん。
拗ねてなんかない、というペン吉君。
どちらの意見が正しいのかわたしにはわからない。
わからないけど。
「ペン吉君。 何か悩みがあるのなら話してみて下さい」
ペン吉君の様子が明らかにおかしい。
それくらいはわたしでも分かる。
数秒の沈黙。
考え込むように顔を背けていたペン吉君の、探るような視線が。
ゆっくりとわたしを捉える。
「…………なあ、ニーナ?」
「はい?」
随分と深刻な声に、無意識に身構える。
やはりどこか致命的な問題があったのでしょうか?
新しく取り付けた被覆材がうまく働いていない?
オイルが合わないのでしょうか?
あ、それとも。
「あの、髪が気に入らないのでしたら、父に頼んでコレクションを全て持ってきてもらいましょう。 その中から好きなものを……」
髪の毛のこだわりは後で聞く、という約束でしたものね。
言い出しにくかったのですね、すみません。
そう思って言った言葉が。
「違う、そうじゃねぇ」
ペン吉君の少し強めの声に遮られる。
髪じゃない?
だったら。
「ニーナ」
静かに名前を呼ばれ、首を傾げる。
そして。
「俺は……お前の、友人……だよな?」
問われた言葉に、また首を傾げる。
ペン吉君が友人?
そんなの。
「いいえ、違いますよ?」
答えなんて最初から決まっている。
わたしの答えに、ぷっと吹き出すドロシーちゃんと。
口元をキュッと引き締め、表情を固くするペン吉君。
真逆の反応に、わたしのほうが動揺してしまう。
「はは…俺…お前の友人じゃねぇのか…」
ペン吉君の肩がしょんぼりと落ちる。
どうしてそんな反応をするのでしょうか。
「ニーナァ? どうしてペン吉が友人になり得ないのか、教えてあげたらぁ?」
ドロシーちゃんの尻尾がゆらゆらと楽しそうに揺れている。
「どうしてって。 ペン吉君は男性ですよね?」
「うんうん、それでぇ?」
「男性と女性の友情はありえない、と本に書いてありました」
でも、とわたしは思う。
世間一般ではそうなのかもしれないけど。
「でも、わたしはペン吉君の存在に随分助けられました」
そう心から呟けば。
肩を落としていたペン吉君が、顔を上げる。
「今も、とても助けられています。 そしてドロシーちゃんとペン吉君と過ごす時間はすごく──」
ペン吉君の目を真っ直ぐに見ながら、わたしは言葉を続ける。
「───すごく楽しいです」と。
「は…はは。 恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ、ニーナめ!」
「恥ずかしい、ですか? いえ、別に。 特に恥ずかしくはありませんが」
「うっせぇ。 ……いいか? 俺とお前は今日から友人だ。 異論は認めねぇ!」
「しかし、男女の友情は成立しない、と。 ……はっ、まさかペン吉君は女性なのですか? すみません、そうとは知らず。 ではペン吉君ではなく、ギン子さんというのはどうでしょう? いえ、名前はもう少し吟味する必要があります。 一晩下さい」
「いや、違う、待て待て。落ち着け」
「赤パンツに合わせて赤い胸当ても作らないと。 いえ、女性を下着姿で出歩かせるのは失礼ですね」
「いや、そこは男でも普通に失礼だけどな」
「ああ、髪の毛! もっと長くてツヤツヤの髪を用意するべきでした。 それが不満だったのですね。 父に頼んで……」
「いや、いい。 俺は間違いなく男だ。 それも、あのキザオよりもずっといい男だったのは間違いない!」
「はは、剥き出しの対抗心、乙ぅ!」
男?
やることが一杯できたと焦っていたわたしは、その言葉にピタリと動きを止める。
「ではやはり、ペン吉君とわたしは友人にはなれません。 あ、ご存じないかもしれませんが、わたしは一応、生物学的には女に分類されてまして…」
「知ってる」
はあっとため息交じりの声に、首を傾げる。
そして。
「なあ、ニーナ?」と、いつもより少し低い声でペン吉君に名前を呼ばれた。
「友人になるのに性別は関係ねぇ。 一緒にいて楽しくて。 互いの幸せを願えるのなら……」
「それはもう友人同士だ」と。
ペン吉君は言う。
それはつまり。
「ペン吉君もわたしと一緒にいると楽しくて。 わたしの幸せを願ってくれている、ということでしょうか?」
「………言わせんなよ、バカニーナが!」
ペン吉君の顔が物凄く嫌そうに歪む。
でもすぐに。
「……その通りだ」
と少しだけ照れくさそうな声が聞こえてきた。
なんだか胸がウキウキする。
こんな感情はいつぶりでしょうか。
「わ、わたしもペン吉君の幸せを願ってます!」
早口にそう伝えれば。
「……それも知ってる。 お前なんだかんだ言ってお人好しだからな」
当たり前のように、そんな言葉が返ってきた。
またぽっと、胸の奥が温かくなった気がした。
「はは、じゃあさぁ。 友情成立を祝して、ぱぁーっと街に繰り出してみない?」
ゆらゆらと尻尾を揺らすドロシーちゃんの言葉に、心臓が一瞬で凍りつく。
「街に、ですか?」
「忘れてるようだけど、ニーナ? あんた一ヶ月後、公爵に茶会に招待されてるんだから。 今のうちに、外と人に慣れないとねぇ?」
そうでした。
公爵さんの茶会に招待されているのでした。
難しいですが、断ることも出来なくはないはず。
ですが。
怪しまれずに内部を調査できる、絶好の機会なのは間違いないです。
それに今もわたしの魔道具たちが、助けを求めているかもしれない。
なにより。
ちらりとペン吉君に視線を向ける。
ペン吉君の、記憶と体を探すヒントが見つかるかもしれない。
魂だけの不安定な状態が、これ以上長引くのは避けたい。
だったら。
「………そう、ですね」
街に行く。
つまり、部屋どころか、屋敷からでる?
考えただけでどっと汗が出た。
心臓がバクバクと嫌な音を立てては、恐怖を伝えてくる。
体が震える。
でもそれでも。
「行きましょう」
真っ直ぐに顔を上げて告げる。
「うん」と小さく頷くドロシーちゃん。
対して。
ペン吉君は随分と神妙な顔つきで黙り込んでいる。
どうしたのでしょうか?
何か問題があるのでしょうか。
ペン吉君が顔を上げる。
随分と青白い顔が、事の深刻さを伝えてくる。
「ニーナ、大事な頼みがある」
「はい。 なんですか?」
「頼むから……」
「はい」
そうしてペン吉君は苦しみを吐き出すように告げた。
「頼むから、服を作ってくれ!」
「⋯⋯⋯⋯これは何かな、ニーナさん?」
「なにって⋯マントですが? まだ朝晩は冷えますからね」
「いや⋯そうなんだが⋯その前にもっと気にするところあったよな? ⋯なあ、あったよな? あった、と言ってくれ!」
「? あ、パンツに合わせた色のほうがよかったですか?」
「⋯⋯⋯そこなのか。 しかも留め具だけやたらと豪華なんだが⋯」
「はい、そこは頑張りました!」
「⋯⋯頑張ってほしいところはそこじゃないんだよなぁ」
「⋯⋯いりませんか?」
「⋯⋯⋯いる。 ⋯ってかその顔やめろ⋯⋯。 ずりぃぞ」




