13 キザオな公爵さま
【どうしてそんなに泣いているんだい?】
頭に蘇る少し低めの声。
【………そうなんだね。 完全自立型の魔道具…】
ドロシーちゃんを見て。
そしてまたわたしに帰ってくる視線。
そして。
【なるほど。 君と話をするのはとても楽しいよ】
楽しそうに細まる、緑がかったヘーゼル色の瞳。
「あ」と思わず声が漏れた。
三年たった今でも覚えている名前。
あの茶会の日、わたしの話を唯一楽しそうに聞いてくれた人。
「…ジル…さん?」
『………は? ジル、さん、だと?』
脳内に響く、ペン吉君の不機嫌な声。
『お前、俺の名前は未だに覚えねぇくせに、そいつの名前は覚えてんのかよ』
あ、あの、でもそれは。
ジルさんは、三年前に、唯一わたしの話を聞いてくれた恩人と言いますか。
『……俺だって、お前の話はいつだって真面目に聞いてた』
「ふふ。 ありがとう、思い出してくれて。 ジルは、ミドルネームでね。 特別な人にしか名乗らないようにしてるんだ」
『は? なんっだこいつ! とんだキザ男だな!』
「フィオレナの花は、摘んだ直後から劣化していくからね。 早く貴女に渡したくて……いや、ごめん。 そんなのは建前で。 少しでも早く貴女に会いたかっただけ、かな」
ふふ、っとまた楽しそうに公爵さんが笑う。
本当に、とても楽しんでいるように見える。
いえ、そんなことよりも。
わたしにはもっと差し迫った問題があります。
「あの日、あの茶会で、一人泣いていた貴女のこと……実はずっと気になっていた」
『まじかよ、こいつ……息吸うように、自然に女を口説きやがる……ニーナ! 騙されんなよ、こいつは……』
花。
早く加工したいです。
これは摘んでどれくらい時間が経っているのでしょうか?
一時間? 二時間?
半日くらいは持つはずですが。
『はん! 見たか、公爵! そんな乙女が喜ぶようなセリフでも、このニーナには通用しねぇんだよ!』
「ふふ。 早くフィオレナの花を加工したくてウズウズしてるね。 ……かわいい」
『…………なんっだよそれ。 くそっ、イライラする』
ペン吉君、どうしたんですか?
言葉通り、ペン吉君の心が随分と苛立っているのが伝わってくる。
『……ペン吉君、ね…。 ……別に。 なんでもねぇよ』
でも伝わってくる苛立ちは、収まるどころか更に増した気がする。
ねえ、ペン吉君、と。
再度問いかけようとしたところで。
「ところで」
と公爵さんが切り出した。
「貴女の大事なお友だちは、今でもお元気にしていますか?」
ゆるりとヘーゼルの瞳が室内を探すように動く。
大事なお友達、ですか?
残念ながらわたしには、お友達と呼べる人はドロシーちゃんしか……。
「ドロシーさん、と言ったかな? あの素敵な猫ちゃんは」
ひゅっと喉の奥で言葉が詰まる。
「ああ、あそこにいるのがそうかな? こんにちは、ドロシーさん?」
窓枠で丸まっていたドロシーちゃんは、返事をするように尻尾だけ動かしている。
「ふふ。 元気そうだね。 よかった」
ドロシーちゃんのことを、当たり前のように友人と言った。
しかも名前を覚えていてくれた。
心のなかにぽっと灯りが灯ったような気がした。
『…………おい、ニーナ。 お楽しみのところわりぃが…そろそろ探りを入れてみてくれねぇか?』
なんだかいつになく元気のないペン吉君の声に、はっと我に返る。
そうでした。
わたしは公爵さんの正体を探りに来たのでした。
なぜ公爵さんがわたしの魔道具。
それもクレアさんに盗まれたと思われる魔道具を、持っていたのか、ですね。
「あの公爵さん、クレアさんってご存知ですか?」
『………いや、直球すぎんだろ…』
「クレア?」
流石上流階級。
わたしでも分かるほど、紅茶を飲む仕草が優雅です。
ゆっくりとカップをソーサーに置いた公爵さんが、不思議そうに首を傾げる。
一秒、二秒、と沈黙が続いて。
そして。
「もしかしてメイドのクレアの事かな? 勿論知っているよ。 綺麗好きのとても優秀な子だよ。 ……ああ、そういえば、前はこの屋敷でお世話になっていたと、言っていたね」
「よかったら今度うちの屋敷に来てもらった時に、顔を見せるように言っておくよ」と公爵さんは笑う。
認めた。
それもあっさりと。
もし公爵さんの指示でクレアさんが盗難をしていたのなら。
こんなにあっさりと関係を認めるだろうか?
それとも公爵さんは何も知らない?
「あの、公爵さんは……」
『やめろ、ニーナ。 これ以上突っ込めば、俺達が公爵邸に忍び込んだことがばれる』
わたしの魔道具を盗んで解体したのですか?
そう続く言葉を、ペン吉君が止める。
確かに、公爵邸に無断で侵入し、中の物を持ち帰ってくる。
それは重罪だとわたしでも分かる。
例え持ち帰ったものが、もともとはわたしの作ったものだとしても。
「わたしが? 何かな、ニーナ嬢?」
「あの…公爵さんは……とても、話しやすい、です」
不自然に途切れてしまった言葉の続きを促され。
つい、そんな言葉が出てしまう。
自然とその言葉を選んでしまうくらい、わたしは多分楽しかったんだと思う。
『…………ニーナの馬鹿野郎……』
「ふふ、嬉しいな。 わたしもとても楽しくて、とても有意義な時間だったよ」
「でもそろそろ御暇しようかな。 お姫様の関心はフィオレナの花に持っていかれてしまったからね」、と。
そう言って公爵さんは、胸元から小さな封筒を取り出した。
「1ヶ月後に我が家で茶会を開くんだ。 貴女にも来てもらえれば嬉しい」
差し出された封筒からは、同じようにフィオレナの花の香りがした。




