12 ラスボス(仮)とご対面です
トットットッ。
軽い足音を立てて、ドロシーちゃんがわたしのすぐ隣を歩いている。
付いてきてほしいと頼んだわけじゃない。
ついて行ってあげるわと言われたわけでもない。
なのに当たり前のように隣を歩いてくれる。
その存在を、泣きたいほど頼もしく感じた。
そして。
『いいか、ニーナ。 相手の言葉をよく聞いて。 わかる事だけ答えればいい。 大丈夫だ、お前結構肝すわってるとこあるからな。 やれる』
わたしの頭の中で響く、若い男性の声。
うう、なんですか、これ。
相変わらず気持ち悪い感覚ですね。
『気持ち悪い言うな!』
ペン吉君の中の人も、わたしの中に入りサポートしてくれている。
名前は確か……えっと、何だったでしょうか?
『うぉい! レオだよ、レオ! たった二文字くらい覚えれんだろ! どんだけ俺に興味なかったんだよ!』
いえ、興味がなかったわけではなく。
ペン吉君の完成度があまりに良すぎて、あなた自身の印象があまりに薄かったと言いますか…。
『なお悪ぃわ!』
ふふ、っと笑みがこぼれる。
こんな状況なのに、まだ笑うことが出来る自分に少しだけ戸惑った。
そして。
数歩先を歩いていた父の足が、不意に止まる。
「フィ、フィガロ公爵閣下!? 申し訳ありません、出迎えることもせず!」
父が、転がるような勢いで階段を降り、そのまま玄関ホールへと走っていく。
「ははは。 大丈夫だよ、伯爵。 むしろわたしが時間よりも早く来すぎたんだ。 ニーナ嬢に会えるのが、どうにも待ちきれなくてね。 不躾な行いを、広い心で許してくれるとありがたい」
父が、家令に案内されて入ってきた男性と話をしている。
父の反応を見るに、あの男性が?
ダークブラウンの少し長めの髪。
緑がかったヘーゼルの瞳。
ペン吉君が教えてくれた情報では、確か年は28歳だったはず。
でも見た目はもっとずっと若く見える。
父と話している姿はとても気さくで、悪い人には見えない。
『あの公爵は、いつもニコニコと穏やかに笑ってる。 孤児院に多額の寄付をし、見どころのある孤児を引き取っては、教育まで受けさせている』
とてもいい人、ですね。
『それだけ聞くと、な』
名前は確か。
ジュリアン=ローデン公爵、でしたよね。
『……そいつの名前は一発で覚えんのかよ』
えっと……。
『ちっ! 何だよ…面白くねぇ。 あいつより絶対俺のほうがいい男なのに!』
謎の対抗心を燃やすペン吉君をなだめようとした時。
ふとジュリアンさんがこちらを見た。
そしてわたしを。
三年ぶりに部屋の外に出たわたしを見て。
とても嬉しそうに。
───笑った。
「やあ、こんにちは、ニーナ嬢。 突然訪ねてきた非礼を、どうか許してほしい」
ローテーブルを挟んだ向かいの席に座る公爵さんが、わたしを見て目を細める。
ペン吉君の情報通り、ニコニコと穏やかに笑っている。
「改めて、フィガロ領領主、ジュリアン=ローデンと申します」
「あ、はい、知ってますが」
そう返事をしたわたしに、父が焦ったような視線を向ける。
どうしたのでしょう?
トイレ、でしょうか?
あ、それとも頭が痛い、とか?
先ほど部屋から出たわたしを見て、号泣してましたからね。
『いや、痛いのは腹でも頭でもねぇ! お前のマナー違反が痛すぎなんだよ! 名乗れ、お前もちゃんと!』
え?
けれど公爵さんは、わたしの名前などとっくに知っていると思いますが。
そうは思いつつも、確かに父の視線が何かを促しているようにも見えたので。
「初めまして……ニーナ=グローリア…です」
と名乗っておく。
『0点だな』
え、どうしてですか?
『お前、こういう場合は立ち上がるまではしなくても、しっかりと頭を下げて、だな』
くどくどと(脳内で)続くペン吉君の講義?を一生懸命聞いていると。
向かいの席から、ふふっと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、『初めまして』ではないんだけどね。 少しだけ淋しいな」
淋しい、といいながら、笑ってる?
「でもそんなことより、あなたにもう一度会えた喜びのほうが何倍も上、かな」
そうしてまた公爵さんは、嬉しそうに目を細めて笑う。
…本当に、終始笑ってますね、この人。
『笑顔が標準装備、か。 やべぇな。 っていうかお前、公爵に会ったことあんのか?』
……? さあ? 覚えがありませんが。
『……だろうな。 ニーナだもんな』
「それからニーナ嬢。 まず、謝罪をさせてほしい。 カエサルが、貴女に随分と失礼な態度を取ったと報告を受けている。 部下の躾がなっておらず、大変申し訳なかった」
カエサル?
どなたでしたっけ、と内心首をかしげれば。
『あのハゲのことじゃねぇのか?』
ああ、あの。
「あのハゲさんのことですか?」
「あ」と、口を手で抑えたけれど。
多分もう遅いですね。
「ハゲ? ……ふふ、そう、そのハ……いや、失礼。 その無礼な男のことだよ」
『おい、あいつ今、ハゲって言いかけたよな? でさ、お前の親父の頭見て、堪えたぞ! 笑える!』
ペン吉君、父はハゲではありません。
少し毛量が薄くなってきただけです。
『それを世間ではハゲっていうんだよ!」
「カエサルには、相応の処罰を与えておいたから、どうか許してほしい」
「あ、はい」
何もそこまでしなくても。
『部下をちゃんと管理してます、アピールだな。 いけすかねぇ』
「ありがとう、ニーナ嬢。 あとこれは、お近づきの印に」
バサァっと。
擬音がつくほど大きな花束が、わたしの眼の前に差し出される。
薄紫色の、中心に行くほど白くなる花びら。
六枚の花弁。
そして甘さの少ない爽やかな香り。
「こ、この花は……」
フィオレナの花、ですね。
認識した瞬間、ぱぁっと自分の目が輝いたのを自覚する。
『は? 嘘だろ? 花もらって喜ぶ、なんてまともな感受性がニーナにあるわけが…』
こ、この花の蜜を精製してオイルに混ぜると、酸化、劣化が抑えられるんです。
『………あ、やっぱ、そっち?』
花弁は乾燥させて細かく砕くと、研磨剤にもなります!
『……ああ、そう』
茎は熱に強く、細い魔力線の被覆材として非常に優秀です。ただし、これは加工が面倒なのが問題ですね。
それから樹液は燃えやすいので、火種にも使えるんですよ
『……うん。 ニーナがちゃんとニーナで、むしろなんか安心したわ』
すごいです。
こんな素敵なものを贈ってくださるだなんて。
『いや、そういう意味で贈ったんじゃねえだろ、どう考えても…』
「フィオレナの花は、どこをとっても魔道具づくりに重宝するからね」
『嘘だろ!? まさかのそういう意味だった!』
「……三年前、君に教えてもらったんだよ、ニーナ嬢」
公爵さんの声が少しだけ変わったのを感じて、顔を上げる。
目があった。
緑がかったヘーゼルの瞳が、また嬉しそうに細まった。
その情景に、ふと既視感を覚えた。




