11 ずっとあなたを待っていた【ドロシー視点】
「公爵に、会います」
はっきりとそう自分の意思を告げたニーナの言葉。
「あは。 長年の引きこもり、乙」なんて茶化しながら。
本当は、涙が出そうなほど嬉しかった。
ま、わたしには『泣く』なんて機能は備わってないんだけどね。
でも本当にそれは、生まれてから一番嬉しかった言葉かもしれない。
だって。
ニーナがこの部屋に。
こんな淋しい部屋に閉じこもる原因になったのは。
きっと…わたし、だから。
わたしが最初に目にしたのは、今よりも少し幼い、そして明るい表情をしたニーナの間抜けな顔で。
交わした言葉なんてもう覚えちゃいないけど。
多分今と同じように、可愛くない口を叩いたんだと思う。
それでもニーナの嬉しそうな顔しか思い出せないから。
きっとニーナは、最初からわたしのことを『大事な友人』として見ていてくれたんだと思う。
ニーナと二人、くだらない話をしながら過ごす日々は本当に楽しかった。
ヘラリと気の抜けたようなニーナの笑顔。
やっぱり少し間抜けだけど、でも嫌いじゃない。
こんな穏やかな日がずっと続けばいいと思ってた。
でも。
……普通の魔道具は、状況に応じた言葉を選んで返すことも、確たる自分、なんてものも持ってない。
そう気がついたのはいつだったかしら。
多分、ニーナと一緒に行った、あの茶会の場だったように思う。
ニーナと同じくらいの年の子供が集められた交流会。
数日前から、「新しい友人を作りたい」。
「ドロシーちゃんのことも紹介したい」、と張り切っていたニーナ。
恥ずかしいから絶対に口にはしないけど。
ニーナは天才、だと思う。
人とは違う感受性、発想力、そしてそれらを形にするための、ずば抜けた応用力。
確かに、世間とは少しズレているところもある。
表現や、着眼点がちょっと独特だから、初対面だと驚くかもしれないけど。
それでも根はとても優しい。
ちゃんと話をすれば、その人柄の良さがちゃんと伝わると思う。
だからわたしは「大丈夫よ」と答えた。
なんの疑いも持たず。
「あんたなら友人ぐらいすぐできんじゃないの?」と。
でも。
結果として、ニーナは誰一人として友人を作れなかった。
………わたしが側にいたから。
本当の猫と同じように、滑らかな動き。
人間のように自分で考えて喋る。
世にも奇妙な、生物であって生物でないわたしを連れていたから。
そして、そんなわたしを設計し作り出した制作者だから。
ニーナは「気持ちが悪い」と陰口を叩かれた。
表向きは「すごいすごい」と褒め称えておいて。
裏では、平気で貶めるような事をいう。
それもきっとあの子らは、ニーナがそこで聞いているのを知っていながら。
聞こえるようにわざと大きな声で話していたように思う。
痛みをこらえるように歪むニーナの顔。
衝撃を受け止めきれない、とでもいうように揺れる体。
その目からは、ボロボロと大粒の涙がみるみる流れ落ちて。
そしてニーナは。
楽しそうに悪口をいい続けるその子らに、怒るでもなく。
悲しいと、叫ぶわけでもなく。
───謝った。
魔道具であるわたしに、だ。
ただ「ごめんなさい」と。
「嫌な思いをさせてごめんなさい、ドロシーちゃん」と。
泣きながら何度も頭を下げた。
何を言っているのよ、ニーナ。
謝る必要なんてない。
友達がほしいのなら、向こうに行ってきなさい。
わたしは先に家に帰っているから、気にしなくていい。
いつもの憎まれ口の中に、そんなような意味を込めて。
必死でニーナを慰めたのを覚えてる。
あの場でニーナに手を差し伸べてくれた大人は、たった一人だけだった。
その人は、ニーナの話をとても興味深そうに聞いてくれていたのに。
なのにそれでもニーナは。
それ以来、人との交流を絶った。
大事な友人を詰り、見下すような人とは仲良くなりたくない、とそういって笑っていたけれど。
本当はそうじゃない。
きっとニーナはわたしのために、この部屋に閉じこもった。
誰もいないこんな淋しい部屋に。
わたしが奇異の目にさらされないように。
わたしが一人にならないように。
わたしを守るために。
この部屋で過ごすようになった。
何度も「外に出なさい」と言った。
「あなたには友人が必要だ」「人の世界で過ごし、人と一緒に生きるべきだ」、と。
なのにニーナは、いつも困ったように笑い、同じ事をいう。
「いいんです。 わたしにはドロシーちゃんがいますから」
じゃあ、外に出たら話さない。
普通の猫のように振る舞うから。
そう、言っても結果は同じだった。
本当に⋯⋯バカで優しい子。
以来ずっとニーナはわたしの側にいてくれる。
この小さな淋しい部屋の中で。
三年も。
時々ニーナは、ぼんやりと窓の外を眺めている。
大規模な祭りが市井で開かれている時。
花火が上がった時。
いつもは暗く陰ったその瞳に、かすかな光を乗せて。
ねえ、ニーナ。
わたしはね、あんたのあの気の抜けたような笑顔がわりと好きだったのよ。
友達が沢山欲しい、って言ってたのも覚えてる。
それにあんたのその才能、こんなとこで眠らせておくのはもったいないのよ。
だから。
あんたには外の世界に出てほしい。
こんな狭くて淋しくて。
そして汚い部屋の中だけじゃなくて。
そして、友人を作って。
沢山の人に、あんたの作ったものを評価してもらって。
そして、またわたしにあの気の抜けた笑顔を見せてほしい。
わたしはずっと待っていた。
三年間ずっと。
ニーナをこの部屋から連れ出してくれる誰かを。
「おし、頑張れ、ニーナ!」
それをこんな変態パンツが担ってくれるなんて、どんな冗談なのよ、と正直思うけど。
それでもあんたはニーナを外に連れ出してくれた。
感謝するわよ、ペン吉。
ほんの、ちょっとだけ、ね。




