60 まあ、道頓堀の水とかで、いいんじゃない?
(2)
目の前で繰り広げられる、ゆうに100箱を超える水のキューブの大展開に、
「「「「――!?」」」」
と、カン・ロウンたちが、声にならず驚愕した。
不可思議な事件に見慣れたカン・ロウンたちですら、こうである。
ゆえに、空中庭園を歩く一般人は、
「わっ――!?」
「な、何だありゃ!?」
「ま、まさか……!? あの、水の匣ってのか――!?」
と、大騒ぎし始める。
そこに、
「くくっ……、これだけの水のキューブに、対処できようか?」
と、ス・イジュンが不敵に嗤い、その横では、倉沢くららが“水の器”を通じて、力をこめる。
すると、
――グ、ォォン――
と、数百個以上の水のキューブ群は、整然と並んだ状態から動き始め、空中庭園の上空に広く展開する。
そして、各々が、まるで人工知能によって統制されるドローン部隊のように、
――ゴゴ、ゴゴゴ……!!
と、人びとに襲いかかる。
「う、うわぁぁ!!」
「きゃぁァァー!!」
「なっ、何だァァッー!?」
「に、逃げろォォ!! 水の匣に閉じ込められるぞォォッー!!」
などと、パニックが起き始める。
「なっ、なんと――」
カン・ロウンと、
「き、昨日以上に多くないかい?」
と、ドン・ヨンファのふたりも、動揺するも、どこか緊迫感が足りない中、
「ま、マズいぞ! 俺たちはいいかもしれんが、こいつらがパニックになったらマズいだろ! ロウン!」
「あ、ああ!!」
と、キム・テヤンの呼びかけに、カン・ロウンが意図を理解した答えた。
すなわち、もし、この場にいる多くの一般人が水の匣に閉じ込められてしまえば、救助が必要になったり、あるいは、通路が塞がれるなどして、倉沢くららとス・イジュンを追うのに支障が出るだろう。
それが、パニック状態でバラバラに起きてしまったら、お手上げで、犯人のふたりを追うのが困難になる。
まさに、雲の子を散らすように、収拾のつかない混乱が起ころうとする中、
――パ、チンッ――!!
と、ここで、カン・ロウンが指を鳴らした。
腕を手に伸ばし、まるで、マイケル・ジャクソン―MJのようにキメたポーズで。
すると、
――ギュイ、ギュイ、ギュイギュイ♪
と、音楽が鳴る流れるとともに、
「おっ、おっ、お、お、おっ♪」
と、カン・ロウンが、ステップを刻む。
すると、
「なッ!? 何だ、こりゃあ!?」
「え、何!? 何っ!?」
「こ、こんどは、身体が勝手に――!?」
と、逃げ惑ってごちゃごちゃになりそうだった通行人たちもダンスしはじめる。
そうすることで、
――ヒューン!!
と、襲い来る水のキューブ群から、皆が、ひらり――♪ と、ダンスに合わせて回避することを可能にする。
しかし、
「お、おいおいっ! まさか? これで、ずっと防げっというわけか? ひぃ、ひぃっ、」
と、カン・ロウンが、しばらくする間もなく、呼吸をみだしながら汗を垂らしはじめると、
「うん。まあ、そうでしょ。とりあえず、何とか、頑張って避け続けてよ、ロウン」
「そ、そんな! 運動不足なんだよ? 俺は!」
と、他人事のように言うパク・ソユンに、訴える。
確かに、小太りの中年という、客観的に運動不足の見た目には違いないが。
そうして、しばらく、水のキューブの襲撃を上手くかわし続ける。
だが、その数は、あまりにも多すぎるため、
「う、うわぁぁ――!?」
「だ、ダメだァァ――!?」
と、捕まってしまう者も出はじめる。
「け、結局、つかまっちゃうんじゃ、」
ケ・ジウォンが、「大丈夫なのか?」との顔をするも、
「いや、これでいい」
と、キム・テヤンが、「問題ない」と答えた。
ここで、
――スッ――
と、パク・ソユンが、例の“注射器”を取り出した。
「……」
ジトッとした目で見つめる先に、注射器に満ちる、すこしだけ淀んだ液体。
注射器の先端を、水の匣に向けるなり、
「ちゅーっ……、と」
と、擬音を口にしつつ、注入していく。
すると、清く澄んだ“水の匣”が、
――ばっ、しゃぁぁ――!!
と、音を立てるとともに崩れ、“その形”を失ってしまう。
すると、中に閉じ込められた人間たちも、水の中から解放され、
「げ、ゲホゲホ……!!」
「は、ハァ、ハァ……!!」
「た、助かったのか……?」
と、溺水する前の思わぬ救助に、水を吐いて呼吸を取り戻す者から、救助されたこと自体を、まだ信じられない者もいた。
同じように、残った水の匣にも、
「ああ、もう。ちゅーっ……、と」
と、パク・ソユンが手際よく注射器で注入し、破壊していく。
その様子に、
「や、やったか、」
「まさか、“こんなの”が、本当に効果があるなんて、」
と、キム・テヤンとドン・ヨンファが、ひと安心しながらも困惑の顔をする。
「ぽよ」
と、パク・ソユンは、注射器を構えて、気の抜けた顔で答える。
この、“水の匣”を破壊する種明かしをすると、こうである――
***
「――ん、って? 清水寺で、何か、思いついたのかい? ソユン?」
と、聞いたのは、ドン・ヨンファだった。
ふり返ること、京都駅に停まった新幹線の車内にて。
ケ・ジウォンが、ふと清水寺の話題を出したとき、パク・ソユンが、何か思いついたようで、
「うん。あとで、さ? 終わったあとに、清水寺にいっしょに行こうよ、アンタたち」
「へ?」
と、話題を出した当人の、ケ・ジウォンと、
「ぼ、僕も?」
と、ドン・ヨンファが、キョトンとすると、
「うん。清水の舞台から飛びおりるって、言うじゃない? だから、アンタたちも、飛びおりさせてあげよっかな――? って思って」
「「いや、それ聞いて、誰が、いっしょに行くんだよ」行くの」
と、ふたりあわせてつっこんだ。
本題にもどって、
「まあ、ってのは冗談で、さ? 清水寺ってよりも、“清い水”ってのが、ポイントじゃないかなって」
と、パク・ソユンが言った。
「ああ”?」
キム・テヤンが、顔をしかめ、
「清い、水、が?」
と、ドン・ヨンファが聞き返した。
「ぽよ」
パク・ソユンが、うなづいて、
「水の匣を作って、匣って形を保つために、綺麗な水が必要なら、さ? 汚しちゃえば、いいんじゃない?」
「汚しちゃえば、って言い方、」
ケ・ジウォンと、また、
「フン」
と、キム・テヤンが、胡散くさそうな顔をす。
「これは、どうなんですかね? 神楽坂、さん?」
カン・ロウンが聞くと、
「ふむ。まあ、確かに……、これまでの事件で作られた水の匣が、綺麗な水、もしくは、匣をつくる過程で水を浄化しているのだとすると……、あながち、そこまで、可能性も無くもない話だろうな」
と、妖狐は答えた。
とりあえず、その方向で対策をすることになるも、
「――で? 汚すはいいけど、よ? どうやって、汚すんだよ?」
と、キム・テヤンが、肝心の質問をした。
「ああ……? これでも、使えばいいんじゃない?」
パク・ソユンは言って、
――フ、ァァ……
と、異能力で以って、“あるもの”を具現化させた。
ガラスもしくはプラスチック製の、長い円筒の医療器具――
「注射器――?」
ケ・ジウォンが、聞くと、
「ん? 注射器じゃなくて、浣ち―「「おい、そこ、具体的に言わなくていいから」」
と、答えようとしたパク・ソユンの口を、キム・テヤンとドン・ヨンファがふさいだ。
それは横において、
「まあ、これで……、何らか、水の清浄性を壊すような液体を、水の匣に注入する――、というわけだな?」
妖狐が確認すると、
「ぽよ」
と、パク・ソユンが答えた。
「どんな、液体を使うつもりなんだい?」
ドン・ヨンファが聞くと、
「う~ん……? まあ、道頓堀の水とかで、いいんじゃない?」
「道頓堀かよ」




