6 ――何で? 箱にする必要なんか、あるんですかね?
(1)
ふり返ること――
時間はすこし戻って、昼、事件のあった落水庭園のある別荘へ、警察たちは捜査にきていた。
コンクリートの水平床と、落水流水の織りなす現代美の庭園。
その水辺を中心として、点在するのは、五つの、【水の匣】。
また、そこから、別荘の入り口のほうへ向かう。
ガレージから、おそらく、車で逃げようとしたのだろう――、カップルと思しき男女が、ひとつの水の匣に閉じ込められていた。
そんな、水の匣の数々を目の当たりにして、
「うお、ぉ……」
思わず、捜査員の声を漏らし、
「不謹慎ですが……、これが、ガイシャ、本物の人間でなければ……、何かのアート作品にも見えますね」
と、捜査員の女が、言った。
まあ、“そのとおり”である。
それら、水の匣に閉じ込められた、ガイシャたち――
閉じ込められた時こそ、おそらく苦しんでいたものの、水の匣になった今となっては、その表情は穏やかに、かつ美しく、まるで美術作品のようでもあった。
明鏡止水という言葉があるが、そんな、鏡のような表面の水の匣。
その中で、
――ゆ、らぁ……
と、ガイシャたちは、わずかに揺れながら、美しくも佇んでいたのだ。
そうして、刑事、捜査員たちが水の匣をまじまじと見ているところへ、
――カツッ……、カツッ……
と、石畳、コンクリート床の足音ともに、“とある”、ふたりの刑事たちが近づいた。
某、戦う体育教師に似た、いかつくガタイのいい男こと、警部のマー・ドンゴン。
そして、その隣はというと、このマー・ドンゴンとのペアは、まるで野獣とイケメンとでもいうべきか――? パーマのかかったミドルヘアに、細いインテリメガネの、すこし韓流イケメン風のクールそうな相方、チャク・シウ。
このふたりも、若干でいど異能力を使うことができる人間である。
そのせいか、このような、奇妙な事件を調べさせられることが多い。
ただ、それでも、
「まったく……、何なんだ? この、【匣】は……」
と、マー・ドンゴンが、険しい顔をし、
「ええ……」
と、チャク・シウが、クールな表情を動かさずに答えたように、一般刑事たちにとってはもちろん、このふたりにとっても、“謎”な事件だった。
【水の匣】事件――
被害者たちは皆、謎の、水の匣に閉じ込められていた。
“そういった事件”が、ここ韓国と、いまのところ、お隣は日本と中国で、散発的に起きていたのだ。
ここ、韓国では、この落水庭園以外にも、ソウル市内の、滝の美しく見える人気スポットのデッキに“出現”したり、リゾート内のカジノの入り口に、現代アートのように飾れていたり、あるいは、釜山の、海の美しく眺めるスポットなどなど。
日本のケースでは、トロッコ列車で知られる黒部峡谷、その渓流の水辺にて、
幾つかの“匣”が、黒部の大自然と調和するかたちで――
またあるいは、東京は、池袋のサンシャインシティにて、空中庭園に、インスタレーション作品のように出現したり、あとは、古都、京都など。
それから、中国でも北京や、杭州……、そして、サイバーパンク感のある、高低差のえぐい、まさに山城と呼ぶにふさわしい中国のビッグアップルこと、重慶などでも、“匣”は出現していた。
なお、いずれの現場にしても、“匣”に、ガイシャが閉じ込められているのは共通であるが――
それは、さておいて、
「うーん……」
と、マー・ドンゴンが、水の匣を前にして唸っていると、
「あっ、マー警部」
「お疲れ様です」
と、刑事たちから挨拶される。
「ん? おう、」
と、マー・ドンゴンは、答える。
また、ある刑事が、
「最近は、黒魔術も勉強されているそうで?」
「ああ”? 何の、ことだ? 黒魔術なんか、俺は、使ってねぇぞ?」
と、マー・ドンゴンが、まさに「何だ、そりゃ?」の顔をし、
「誰か、人違いなのでは?」
と、チャク・シウが、添えた。
まあ、何かの人物と間違えているのかもしれない。
そのように、話しながらも、
「――こいつが、例の、【水の匣】ってのか?」
と、マー・ドンゴンが、改めて【水の匣】を、指さしてみせた。
「ええ……」
先に現場にいた、捜査員が答える。
目の前に、異様な存在感で佇む、水の匣。
鏡面のように、完全に静止した水の表面――
「これは、ほんとうに……、全部、“水”……、なんだよな?」
マー・ドンゴンが、聞いた。
捜査員が、薄いゴム手袋をしながら、
「ええ……。触れると、分かりますが……」
と、言いながら、その指先を
――ぽ、ちゃんっ……
と、関節ひとつ分だけ、水の中に入れる。
小さな波紋が、匣の表面に広がる。
「これは、何か、水槽のように、“入れもの”があるわけでもない……。ほんとうに、不思議なことに……、この表面も、純粋に、水なのです」
捜査員が、続けて言った。
「ほ、ぉ……」
マー・ドンゴンが、眉をよせたまま、
「……」
と、チャク・シウがインテリ眼鏡の奥ですこし目を細め、水の匣を、じっ……と見る。
まさに、水の【匣】――
匣によっては、直方体だったり、立方体だったりするが、その、“辺”というのは、まるでミクロン単位のズレもないほどに正確な、真の直線でできた辺。
そんな【匣】の中には、まるでブランドのディスプレイだったり、あるいはアート作品のように、“ガイシャ”の姿が……
これは、いったい、何なのか――?
そして、何かアクリルだったりなどのケースもなしに、どうやって? 直方体であれ立方体であれ、この、“匣という形”を保っているのか――?
そんな“謎”を、皆が抱く中で、
「しかし……」
と、マー・ドンゴンのそばにいるチャク・シウが、口をひらいた。
「あ、あ……?」
マー・ドンゴンと、
「う――?」
「ん……?」
と、ほかの刑事、捜査員たちが、
――ピ、クリ……
と、反応する。
そうして、注目のあつまる中、
「――何で? 箱にする必要なんか、あるんですかね?」
と、チャク・シウが、その続きを言った。
「「「「「……」」」」」
皆が、ゆるり……と向きながら、沈黙をした。
そして、
「「「おい? いま、何つった?」」」
マー・ドンゴンをはじめ、刑事たちが声をそろえた。
「……?」
チャク・シウは、一瞬、すこしキョトンとしながら、
「――と、言いますのは?」
と、その表情を変えずに、怪訝な様子で聞いたものの、
…………、…………
と、しーん……として、その答えは返ってこなかった。
ただ薄っすらと、日本の、とある合宿所をテーマにした映像作品が思い浮かびながら……
そんな、謎の空気が流れる中
――ジャン、ジャカ♪ ジャンジャカ♪
と、突然に――、現場に、“音楽”が流れ始めたのだ。
「あ、ん――?」
マー・ドンゴンが、目を細めて反応し、
「――?」
と、チャク・シウも、相変わらず、その表情を変えずに、音楽のほうに振り向く。
すると、
――タッタカ、タッタカ♪ タッタカ、タッタカ――♪
と、刑事、鑑識たちが、あろうことか――!?
「うっ――!?」
「うぉ!?」
「なっ、何してるんで――、へ――!? か、身体が勝手に!?」
と、女が叫んだように、身体が操られているかのように踊り出した!!
まるで、プロモーションの、映像作品のように踊る刑事たち!!
ある者は、水の匣を調べながらもポーズをきめたり――、また、ある者は、立ち入り禁止のテープを豪快に、パフォーマンスしたりするという!!
そんな、騒々しくも、不可思議なことが起きているのを前にして、
「……」
チャク・シウが、眼鏡を、クイッとあげなおし、
「ああ”……?」
と、マー・ドンゴンがすでにしかめっ面になった表情から、さらに露骨に眉をひそめる。
ふたりの様子は、「また、か……」と云わんかのように、どこか慣れた様子があった。
そして、
――タッタカ、タッタカ♪
と、ステップが聞こえると、
「おい!! ロウン!!」
と、マー・ドンゴンが、叫んで名前を呼んだ。
すると、
――タッタカ、タッタカ――♪
と、軽快な、乗馬のようなステップとともに、丸サングラスをしたSPY探偵団リーダーこと、カン・ロウンが姿を現した。
「ああ? マーさん、久しぶりだな」
カン・ロウンが、返事した。
こちらも、慣れた様子だった。
「ああ……、貴方、ですか」
チャク・シウと、
「ったく、また、てめぇか」
と、マー・ドンゴンが、呆れたように言った。
そこへ、さらに、
「――あっ? ロウンだけじゃ、ないんだけど」
「う、ん――?」
「あ、ん……?」
と、続いて聞こえた女の声に、チャク・シウと、マー・ドンゴンが順に反応した。
そうして、
――
と、こんどは、フラメンコのような情熱的なステップで、モデル美女が――、すなわち、パク・ソユンが現れた。
「あ、ら……?」
これには、チャク・シウも、すこし驚き、
「ああ”? 何だ? “お前も”、いんのかよ? ソユン」
と、マー・ドンゴンが聞いた。
「うん。いちゃ、悪い?」
「てか、お前も、日中は、暇なのかよ?」
「ああ、今日は、たまたま、よ。仕事が空いて、オフで」
と、パク・ソユンが答える。
「て言っても、明日から、中国の、蘇州のほうに行くんだけど」
「DJ、ですか?」
と、チャク・シウが聞くと、
「ぽよ」
「「だから、どっちの『ぽよ』だよ」ですか」
と、パク・ソユンの『ぽよ』に、ふたりの刑事がつっこんだ。
つっこみつつ、
「まあ、だいたいは、肯定の『ぽよ』でいいんだろうが……」
と、マー・ドンゴンが「やれやれ」と言いながらも、
「――というか、毎回、言ってっだろ! うちの人間、わざわざ、てめぇの変な術に巻き込むんじゃねぇって! ロウン」
と、ここで改めて、異能力を使って現場に乱入してきたカン・ロウンに文句を言った。
「まあ、そうじゃないと、入れてくれないじゃないか」
「けっ、」
と、あまり悪びれないカン・ロウンに、マー・ドンゴンが舌打ちした。




