55 せっかくだから、豫園を、チョイスしたいね
(2)
場面は変わって、日本は大阪の、タワマンにて。
倉沢くららとス・イジュンのふたりも、“備えて”いた。
それは、ふり返って、昨夜のことだった。
皆が寝静まる深夜のころの、落ち着いた夜景を眺めながら、倉沢くららとス・イジュンのふたりは、アルコールもすこし交えながら、どうするか考えていた。
「ほな? 彼らは、来るのね? あの、モデル兼DJの、パク・ソユンをふくめて」
と、倉沢くららが、聞くと、
「ああ……。彼らは、来るだろうね」
と、静かな表情で、ス・イジュンは答える。
――サァァ……
と、バーコードヘアを爽やかに、かつ清らかな水のように流しながら。
そして、
「くらら……」
「イジュン……」
と、ふたりは、見つめ合った。
その中で、ふたりは、馴れ初めのころを思い出していた――
――ともに、水に関する研究を行っている科学者であり、互いの名前や研究内容ていどは知っていた。
そのうちに、以前からやっていたオンラインゲーム上で、会話をしたことをきっかけに、交流を深めていく。
ス・イジュンは、“クラリティ・イジュン”というハンドルネームで、倉沢くららのほうは、“クラリティ・くらら”と、互いに『クラリティ』という語を冠していたことも、きっかけのひとつだった。
なお、彼のアイコンはというと、流れるような水色の長髪のイケメン・キャラクタで、紳士的で、時にお茶目だった。
そして、ふたりは実際に会うことになる。
ス・イジュンの写真は、ゲーム・アイコンほどに長くはないものの、水色の、変わった七三ヘアになっていた。
だが、「実は……」と、ス・イジュンはカツラをとり、バーコードヘアを打ち明けた。
それを、倉沢くららは、「クスッ、」と、笑った。
「嫌、だったかい?」
おそるおそる、申し訳なさそうに、ス・イジュンが聞くと、
「いや……、こっちのほうが、ええよ、イジュン」
「え――?」
と、意外な答えを、偽りのない笑みとともに言った倉沢くららに、拍子抜けした。
そこから、より、互いに惹かれ合うことになる。
そして、付き合ってしばらくして、ス・イジュンは倉沢くららから、謎の“水の器”とその力について打ち明けられる。
その力に、ス・イジュンも、どこか取り憑かれるようなところがあったのだろう。はたまた、何かそうした、“純粋な心ながら狂気のようなもの”を、持っていたのかもしれない。
“清らかで純粋な”放火魔のように、“水の匣”事件を起こす倉沢くらら――
彼女の犯行と、その隠蔽のため、ス・イジュンは協力し、影で支えるようになる。
そうして、水の匣をつくり続けるのは、順当にいっていた。
誰しもが、まさか、こんな魔法のような力で――遠隔的な力で水を操っているなど思うまい。
だが、その矢先に、今回のことである――
「――ちっ! ヨンファのヤツめ……!」
とここで、淡くも幸せに満ちた回想から、ス・イジュンは現実に戻された。
「ほんま、まさかの、想定外やったね」
倉沢くららも、同様だった。
ふたりの、水の匣事件は、ドン・ヨンファたちSPY探偵団が興味を持ち、調べはじめた時点から調子が狂う。
最初、現場のサンプルの水を調べてくれと頼まれ、のらりくらりとしながら、同時に、パク・ソユンを音楽イベントで手にかけようとした。
併せて、アクア・キューブリック社でも事件を起こすことで、疑惑の目を、そちらに向けようとしたのだが……、“妖狐という存在”が手を貸していることもあり、思いのほか、彼らは調査を進めてきた。
「この事件に関わらなければ……、お前たちに対しては、とくに、何もする予定は……、俺も、くららも、なかったのだが」
「どない、しよか? このままじゃ、イジュンの友人たちと、その、妖狐ってのが、来るんよね?」
ス・イジュンと、倉沢くららは考える。
すると、
「そうだ、なぁ……? あっ? そうだ! そのまま、蘇州で、攪乱したらどうかな? くらら」
「攪乱――?」
倉沢くららは、一瞬、ハテナマークが浮かんだが、
「ああ……」
と、すぐに、その意図を察した。
同時に、ス・イジュンが、
「やつらは、おそらく、日本へ――、こちらへ移動してくるだろう。そこで、蘇州や、近辺の上海……、他の中国内で、立て続けに匣を作れば――」
「……」
「妖狐や彼らも、その対処をせざるを得ないし……、攪乱することも、できるんじゃないか?」
「そういうこと、ね」
と、倉沢くららが、うなづく。
倉沢くららは、水の器を準備し、ス・イジュンはノートパソコンで、どこをターゲットにするか考え、
「そしたら……、また、蘇州で、水の匣を作ろうよ? くらら」
「ええ……」
倉沢くららは、水の器に手をかざし、遠隔の異能力を発動しようとした。
そこへ、
「でも……? また、蘇州かぁ……? どうせなら、上海のほうがいいかな? くらら」
「上海かぁ? ええ、ね♪ せっかくだから、豫園を、チョイスしたいね」
「ああ……♪ 上海といえば、豫園観光は、定番だからね」
と、ふたりはまるで、デート場所でも考えるかのように、ターゲットとする場所を決める。




