53 いわば、清らかながら、どこか、生まれながらにして悪の放火魔の放火“癖”に似たような“ナニカ”
それはさておき、話を戻して、
「これは、いったい――? 何か、昔の、古代中国の、青銅器みたいですけど……?」
倉沢くららは、“水の器”を見ながら尋ねた。
「ああ……、まあ、大まかな成分は、銅だが……、この、超微細で緻密かつ、多次元構造は、あと何十年先の、人間の技術でも凡そ実現できないかもしれぬ――」
と、異形の美青年は、前置きする。
確かに、古代の青銅器のようでありながら、最新の半導体のように、なおかつ、ゆらめく構造色をおびていた。
この者のいうとおり、何か、超微細な構造を持っていることが分かる。
異形の美青年は続けて、
「“これ”に、清浄な水を湛えると、だ――」
と、言いながら、これまた青銅器の水差しで水を入れる。
そうして、張られた水面からは、
――ぐ、ぐっ……
と、水のキューブが生じて、
「こちらの世界の、物理法則の制約を超えて……、遠く離れた水と、共鳴し、操ることができる」
と、異形の美青年は、“実演”してみせる。
まず、
――ぽ、ちゃん……
と、張られた水と、水のキューブに、軽く波紋が立つ。
すると、すこし離れた滝の水辺から、
――ビ、ィィン……
と、例の水のキューブが、いくつか生じる。
それらは、操る力で、こちらのほうに浮遊してくる。
異形の美青年は、ひょいと空中に向かって、何か、赤い美しい花を投げると、
――ぐぐ、ぐっ……
と、水のキューブの数々は、花を閉じこめるようにして融合し、件の“水の匣”になったのだ。
「あっ――」
倉沢くららは、思わず声をあげた。
目の前に生じた、美しくも清純な“水の匣”の中に佇む、赤い花――
まさに、それは“作品”だった。
「……」
倉沢くららは、目を見開いた、
そのとき、彼女の中で、“何か”が芽生えたのか、いや、元からあった“スイッチ”が入ったのか――? 半ば深層意識のように、人やものを、この“水の匣”に“閉じ込めたい衝動”というのが、生じていた。
いわば、清らかながら、どこか、生まれながらにして悪の放火魔の放火“癖”に似たような“ナニカ”が――
また、倉沢くららは聞く。
「“これ”を、どうして? 私に?」
「う、む……。お主が、“この力”を、使いこなせると思ってな」
「私、が……?」
「ああ……、“それ”によって、面白いことになる――と、思ってな」
と、異形の美青年は、意味深な顔で答える。
「……」
倉沢くららは、ジッ……と、異形の美青年の目を見た。
沈黙をはさみながら、
「目的、は……? そして、貴方たちは、何者なの?」
と、聞いた。
「う、む……、そうだな……?」
異形の美青年は、少し考えるようにして、
「我々は、この確率じかけの世界で、“神遊び”――、賭けごとをしていると、言うべきか」
「賭け、ごと……?」
と、倉沢くららが聞くと、
「ああ……。ワンチャン、世界を作った神連中を、殺せる者が出てくるか――? それを、賭けていてね――♪」
と、答えて微笑してみせた――
――――
――と、ここまでが、回想になる。
倉沢くららは、
「……」
と、ジッ……と、“水の器”を見つめる。
そうして、自分の中にある、どこか清らかながらも放火魔にも似た衝動で、これまでに、“水の匣”に多くの人間を閉じ込め、作品としてきたのだ。
だが、
「……」
と、倉沢くららは、表情が硬くなる。
問題が起きたのだ。
まず、一つは、如水イベントでは、モデル兼DJとして有名なパク・ソユンを“水の匣”に閉じこめてみたのだが、パク・ソユンの仲間たちの、恐らくは異能力によって、水の匣が破られてしまったのだ。
これは、まったく、予期せぬことだった。
なお、40分も水の匣に閉じこめたにもかかわらず、パク・ソユンはケロッとしているというが、彼女の異能力、もしくは体質によるものだという。「体質とは……」と、つっこみたくなるところだが。
もうひとつは、アクア・キューブリックで騒動を起こしてみたのだが、先の異能力をもつ者たちに加え、まさかの、“妖狐”というものが現れ、阻止されてしまった。
さらには、そのような特殊な能力をもっている、彼らと妖狐のことだ。
何らかの手段で、“水の匣事件”の犯人である“自分”のことを、探っている可能性がある。
いや、もしかすると、もう、犯行を行った“やり方”も、自分の居場所なども、分かっているのかもしれない。
「異界の、妖狐、ね……」
倉沢くららは、呟いてみた。
以前、この水の器をくれた異形の者が、“神遊び”というものについて話したのを、ふと思い出す。
「もしかすると……、“お遊び”が過ぎちゃったから、妖狐が、出てきはったんやろか? まいったわぁ」
倉沢くららは、言った。
ただ、深刻そうな表情ではなく、どちらかというと、「あちゃ~、やっちゃったか」のような顔で、どこか、トラブルを愉しんでいるようにも見えた。
とは言え、もし、いまは中国の蘇州にいる妖狐たちが調査のために、あるいは、自分を逮捕などするために、こちらにやって来るのであれば、何かしらの手を打つ必要がある。
すると、
――ピィィン、ポーン……
と、部屋の、インターホンが鳴った。
倉沢くららは、玄関に行って、モニターを見ると、
『くらら……!』
と、すこし心配したような声とともに、流水をイメージしたバーコードヘアの男の姿が――、すなわち、ス・イジュンの姿が映し出された。
倉沢くららは、すぐにドアを開け、
「イジュン!! 来てくれはったんやね! おおきに!」
「ああ……、君のことが、心配でね」
と、ふたりは、抱き合った。
再開の喜びはそこそこに、中へと入って、お茶をいれる。
「恐らく、くららも、把握していると思うが……、俺の、友人がね? まあ、趣味で、探偵サークルのようなことをやっているアイツが、妖狐とともに、君のことを、僕たちのことを、つきとめた可能性がある」
すこし重い表情で話す、ス・イジュンに、
「せ、やね」
と、倉沢くららは、うなづいた。




