52 どうだ? お主も、イケメンのほうが好きだろう?
(5)
場面は変わって――
遠隔から、“見ていた者”は、“見ていた”。
まあ、同義語反復のようだが、これまでの、すべての水の匣事件の現場を見ていた者――、事件の犯人こと、倉沢くららだが、
「……」
と、その眺めるパソコン画面の先には、蘇州の、ライブカメラの様子が映し出されていた。
すなわち、ここは、日本は大阪のタワマンの一室。
シックかつエレガントで、なおかつ、水をイメージしたインテリアデザインの、倉沢くららの部屋だった。
「ああ……。やっぱ、綺麗やわ……」
と、倉沢くららは、画面に映る蘇州を見て、感嘆の声をあげた。
想像してたとおり、夜の蘇州はというと、ライトアップされた水郷の古鎮や、庭園、それから近代的な都市も、とても美しいものだった。
ただ、それらを眺めながらも、
(もし、ここに、水の匣を作ったら――、あるいは、“ここを、水の匣としたら”、どうやろか?)
と、倉沢くららは、“アーティスティック”な発想が浮かんでしまう。
仮に、その“水の匣”の中に何者もいなければ、まあ、邪魔だったり建物の利用者や所有者には損害や迷惑をかけてしまうものの、もしかすると美しいアート作品として評価されるのかもしれない。
水――
澄み切ったそれは、清純の象徴でもある。
そんな、清純な“水の匣”に閉じ込める――、という作品を思いついたのだ。
そして、“それ”をもたらしたのが、
――ポツ、ン……
と、倉沢くららの前にある、水を湛えて佇む、とある“水の器”だった。
古代中国の青銅器のようで、底面が手のひらより少し大きいサイズの、盆のような、不思議な水の器――
張られた水からは、小さな水のキューブが、斜めになって静止していた。
“これ”によって、異空間を経由し、この世の物理法則の制約などをパスしながら、離れたところにある水と“共鳴”することで、水を操ることができるわけだ。
操られた水の塊は、自己浄化されながらも水のキューブを形成し、“水の匣”をつくる。
「……」
倉沢くららは、ジッ……と、水の器を見つめながら思い出す。
これを手に入れたのは、それこそ、いま眺めている画面の場所と同じく、中国だった。
すこし、回想する――
――――
――それは、ふとした、旅行でのことだった。
黄山や華山など、仙境のような山々の多い中国、
人気のすくない、水の澄んだ場所へと、何気なく足を踏み入れたときだった。
すると、
――ゆらり……
と、背後に、何か“異形の者”が現れたのだ。
「――!?」
倉沢くららは、ふり向く。
何故か、すこしは驚いたものの、それほど驚きはしなかった。まあ、どっちやねんって、ところだが。
それはさておき、“異形の者”はというと、妖狐が出会った古神とが、似ているようですこし違う、古代中国神話に出てきそうな、歪な頭をした、カワズと人を合わせたような、異形の者だった。
何か、渦を巻きながらも、ポタポタと滴る水をまとっているという、まあ、いわゆる、水系の属性の謎の者という風体だった。
妖怪もしくは精霊、邪神あるいは、古神なのかもしれない。
そんな、恐らく“水の使いと思しき異形の者”は、
「……」
と、ジッ……と、倉沢くららのほうを見て、
「お主の、心は……、澄んでおるな」
などと、唐突に言った。
「――?」
倉沢くららは、「どゆこと?」の顔をしながらも、確かに、すこし心の内を見透かされたような気がした。
そして、
「澄んだ、クラリティな、お主だからこそ……、この、水の器を差しあげてやろう」
「は、ぁ」
と、ポカンとする倉沢くららに、異形の者は、
――スッ――
と、古代の青銅器と思しき、小さな“水の器”を差し出したのだ。
「これ、は……?」
倉沢くららは、まだキョトンとしたまま、不思議そうな顔して聞く。
「うむ。説明してやろうか」
異形の者は言うなり、
――ぐにゃっ……
と、身体を歪めながら、その姿形を変える。
まずは、水をまとった風神とカエルを足して割ったような、太鼓腹の男のような風体になりながらも、
「う~ん……、いや、現代の人間的には、お主も、こっちの姿に変えたほうが、いいだろう」
と言いながら、
――ぐぐ、ぐっ……
と、また、すこし姿を変える。
そうして、異形の者は、まさに中国のドラマにでも出てきそうな、スタイリッシュな着物をまとった、美男子の姿になってやった。
「どうだ? お主も、イケメンのほうが好きだろう?」
異形の者――、かつ、いまはイケメンの美青年は聞くと、
「いえ、別に、」
と、倉沢くららは、答えた。
「何だ……、そう、かい」
と、異形の美青年は、ちょっと残念そうな顔をした。
まあ、「ブサ面好き? さっきのほうが、良かったか?」と、聞こうと思ったが、やめておきながら。




