51 来る、ぽよ
(4)
「「「そ、ソユンッ――!!」」」
と、三人の驚く声が、古民家の部屋に響いた。
「ぽよ」
相変わらず、「ぽよ」と、パク・ソユンは締まりのない返事をする。
「えっ――? た、退院したの? もう」
ドン・ヨンファが、おそるおそる聞くと、
「ぽよ」
と、パク・ソユンはダルそうな様子で相づちしながらも、
「いや、脱出、してさ?」
「「だっ、脱出……?」」
怪訝な顔する、カン・ロウンとドン・ヨンファのふたりに、
「うん。脱出した」
と、パク・ソユンが答える。
その、ふりかえるところは、こうである――
――すこし前、蘇州市内の病院。
五階にある病室にて、
「――は? 出ちゃダメ、ぽよ?」
と、パク・ソユンは、すこし不服そうな様子できいた。
目の前には、威厳ありそうなドクターと、自分と同じ年代くらいの女医、それから研修医らしき若い医者やナースたちと――、およそ10人くらいが、白い巨塔のように鎮座していた。
「ダメです」
と、女医が、動じること無さそうな冷たい目で答える。
「いや、何とも無いから、さ? 退院、したいんだけど? ぽよ」
パク・ソユンは言うも、
「いや、念のために、入院してください」
「検査も、ありますから」
「てか、『ぽよ』って、何です?」
などと、医療チームの面々は説得してくる。
ただ、パク・ソユンに直接は言わなかったものの、医者たちとしては、1時間近くも溺水状態にあったにもかかわらず、命に何の別状もなかったパク・ソユンに、医学的な興味があったのだ。
それゆえに、このまま入院してもらい、色々と検査を受けさせたかったのだろう。
そして、パク・ソユンに入院するよう説得し、
「じゃあ、このまま安静にして、出歩かないでくださいね」
「ぽよ」
と、パク・ソユンはうなづく。
そして、医療チームは病室から出終えようとした時、冷たい目の女医が、
「くれぐれも……、脱走なんて、考えないでくださいね。パク・ソユン、さん」
と、念を押してきたので、
「うん。分かったー」
と、パク・ソユンは、絶対に分かってない「分かった」で返事した。
そうして、
…………
と、医療チームは去って、病室は、しーん……となった。
しばらくして、
「……」
と、パク・ソユンは期をうかがった。
窓をあけ、
――ガ、シッ……!!
と、足をかけて、構えるなり、
「ぱぁぁっー!!」
と、パク・ソユンは叫びながら、何とあろうことか――!? 斜め前に、勢いよく飛び降りたのだ!!
そうして、
――スッ、タッ――!!
と、着地し!! 勢いのまま、
――ゴロ、ゴロッ……!!
と、芝生を転がって、衝撃を逃がす!!
それで、何事もなかったかのように、
「……」
と、パク・ソユンはケロッとした顔で、
――むくっ……
と、立ち上がった――
「――てな感じで、5階から飛んで、脱走したわけ」
と、ここまでが、パク・ソユンの話した経緯である。
それを聞いて、
「お、おう……」
と、カン・ロウンと、
「は、ぁ……」
と、ドン・ヨンファも、困惑気味に相づちした。
キム・テヤンだけは、
「ったく……、ほんと、ふざけた身体してんな」
「何、ぽよ? ふざけた身体って」
「けっ、水に1時間いても死なない、5階から飛び降りてもケロッとしてるって人間離れしたヤツが、ふざけてないわけねぇだろ」
と、呆れてみせた。
異能力補正があるとしても、まあ、確かに、いろいろとおかしいと思うのは無理もない。
本題にもどって、
「――で? 話をちょろっと聞いてたけど、日本に、行くわけ?」
「ああ」
と、カン・ロウンが、パク・ソユンにうなづいた。
そして、かいつまんで説明する。
遠隔の異能力――
それも、数百キロから千キロほど遠くからの力によって、水のキューブが操られ、“水の匣”がつくられるという仮説。
そして、いままでの全ての現場は、カメラによって、リアルタイムで映像をみることができた。
ゆえに、犯人はそれらを見ながら犯行を行ったはずだと仮定し、“葛葉”で調べてみたところ、日本人の容疑者、倉沢くららが浮上したのだ。
そこまで、ざっくりと説明して、
「はぁ、数十メートルとか数百メートルとかじゃなくて……、もっと、数百、千キロ離れたところからの、遠隔ってわけね、ぽよ」
と、パク・ソユンは、理解した。
「まあ、そうだと仮定すれば……、タヌ、キツネさんが、犯人の気配を掴めなかったというのも、説明できるからな」
カン・ロウンが、受け答えると、
「それで? そんな異能力をもった人間を、タイーホしにいくわけ?」
「ああ……」
と、うなづいた。
また、パク・ソユンは聞く。
「いや、私は、水の匣に閉じ込められても、何とも無かったから、いいけどさ? アンタたちは、大丈夫なわけ?」
「まあ、もちろん……、我々だけじゃなくて、神楽坂さんの力も、すこし頼る前提ではいるが、」
「う、ん……? 力を貸すとは、まだ言ってないぞ? 他力本願か? まったく、このゴミ芥ども」
と、妖狐が、ブンブンと拒否の手を振ると、
「い、いや、すみません」
「まあ、協力してやらんこともないが……」
と、申し訳なさそうに詫びるカン・ロウンに、そうつけ加えてくれた。
また、カン・ロウンが、
「まあ、確かに……、ソユンが心配するように、あいにく、私とテヤンの異能力というのは、直接、“水の匣の水”を倒したり、対処するには、すこし力不足かもしれないな」
「まあ、な」
と、キム・テヤンも、うなづく。
「そう、すると……? 何か、別の能力が必要になるか? あるいは、そうした分を捕捉するような、タヌ――キツネさんの妖具が必要になるのかい?」
ドン・ヨンファが、問いを投げるように言う。
すると、
「あっ――?」
と、パク・ソユンが、何かに気がついた様子で、
「――“いる”、じゃん」
と、言った。
「“いる”――、って?」
ドン・ヨンファが、キョトンとして聞き返すと、パク・ソユンが、
「ぽよ。その、そこそこ“それっぽい能力”を持ったのが――」
******
場面は変わって――
昼間、如水イベントに出演していたDJ仲間、アクティブ・クラブことケ・ジウォンは、夜の蘇州ライフを愉しんでいた。
イベントこそ事件によって中止になったものの、パク・ソユンも無事であることが分かったので、せっかくなので蘇州のナイトライフを楽しんでいたわけである。
テラスから、夜の、水郷の街を眺める。
すこし先には、太湖が見え、星々や都市の灯りが映って美しかった。
「ああ……、綺麗……」
思わず、アクティブ・クラブ――、ケ・ジウォンは感嘆の声をもらす。
そのとき、
「――来る、ぽよ」
と、突然、背後からした声に、
「ぽよ――!?」
と、慌てて反応し、振り向こうとするも、
――グワ、シッ――!!
と、背後からロックをキメられてしまう!!
「ふぐっ――!?」
ケ・ジウォンは、変な声が出ながらも、チラッと斜め後ろを見て、
「ちょっ!? そっ、ソユンッ――!?」
と、パク・ソユンの姿を確認した。
パク・ソユンは、ケ・ジウォンを拘束しつつ、
「ぽよ。来るぽよー」
と、言う。
「いやっ!? 来るぽよって、何なの!? ねぇねぇ!?」
ケ・ジウォンは、困惑しながらもがくと、
「すまねぇな、姉ちゃん。ちょっと、アンタに、手伝ってほしいことがあってな」
と、現れたキム・テヤンが、訳アリのように言う。
「へ? て、手伝ってほしいこと――、って?」
「ぽよ。ちょっと、この水の匣事件の件で、日本に行くから、さ? アンタも、来るぽよ」
「は、ぁ――? に、日本……!?」
と、ケ・ジウォンは、たまげる。
そうして、パク・ソユンは半ば強引に、アクティブ・クラブことケ・ジウォンを連れてきて、調査に協力させることにした。




