44 松ぼっくりがエクスプロージョンするかのように
(1)
日は沈んで、
カン・ロウンたち三人は、水郷の街にある古民家を改装した宿に戻っていた
まるで、日本の旅館のような雰囲気で、くつろげる宿
水辺を眺めながら、三人は茶を飲んでいた
まあ、ついさっきも茶を飲んでいたので、またかというところだが。
「ふぅ……」
カン・ロウンが、ゆっくり息をはいた。
ゆらゆら揺れる水面は、古民家に吊るされた赤提灯の明かりが、揺らめきながら映る。
何とも、幻想的な光景だ。
すると、
「はぁ~……」
と、ドン・ヨンファが、すこし重く溜め息した。
そこへ、
「けっ、何で、てめぇが溜め息すんだよ」
と、キム・テヤンが、舌打ちしてきた。
「何だよ、溜め息くらいしたっていいじゃないか? 僕も、疲れたんだし……」
ドン・ヨンファが、イラっとしてすこし言いかえす。
「……」
キム・テヤンは、言い返さない。
昼は、音楽イベント会場でパク・ソユンが襲われ、その後は、アクア・キューブリック社にて中国警察とともに捜査・調査に加わり、その最中でも水の匣が襲ってきたわけだが、それを撃退もした。
なので、疲れていないわけはなかった。
「さて、これからの調査は、どうするか?」
カン・ロウンが、二人に聞いた。
「あん? ちょっと、疲れちまったから、またあとで考えねぇか」
キム・テヤンがそう言って、
「それも、そうだな」
と、カン・ロウンも同調し、
「夕飯のあと、ゆっくり考えてもいいんじゃないかい」
「ああ」
と、ドン・ヨンファの言葉にも、うなづいた。
「何か、この辺で、美味しいものはないか」
「調べてみるか」
カン・ロウンとキム・テヤンは、ともにスマホで、蘇州料理について調べはじめる。
調べてみると、
「湖が多いせいか、川魚、淡水魚、料理が多いみたいだな」
「この、松ぼっくりみたいになった、何かトマトっぽい餡をかけたのが、蘇州の高級料理か」
と、キム・テヤンが、確かに松ぼっくりがエクスプロージョンするかのように、飾り包丁を入れて揚げた様が特徴的な魚料理を指して言った。
「ああ、これかぁ」
と、ドン・ヨンファは知っているようだ。
「松鼠桂魚(リス、ケイギョ)……?」
カン・ロウンが、料理名を読む。
「けっ、何が、『これかぁ』だ。お金持ち様は、違うってか、」
「いや、別に、」
キム・テヤンが、ドン・ヨンファに嫌味を言う。
桂魚という名物の魚をスタイリッシュに揚げて餡をかけた、蘇州を代表する高級料理。
なお、松鼠とは、あの動物のリスのことで、揚げた様がリスがのけ反っている姿に似ているだの、噛んだ時にリスの鳴き声のような音がするなど、由来について所説ある。
「あとは、この蟹は、上海ガニに似てるな」
「まあ、上海ガニが、淡水の蟹だし……、確か、上海で採れたものじゃないからね」
と、上海ガニや、上海で食べた記憶のありそうな料理を確認した。
「まあ、シンプルなものでも食いに行くか」
「ああ、それが、良さそうだな」
キム・テヤンとカン・ロウンは、そう言葉をかわした。
いちおうは、殺人事件を調査している最中というのに、飲みにいく話とは緊張感がない三人である。
まあ、有閑クラブのように、暇を持て余した暇人による探偵サークルみたいなものだから仕方がない。
そのように、ダラダラと三人は過ごす。
ここ古鎮も、明々と街の灯りがともっており、観光客や地元の人間で賑やかしくなっているのが分かる。
自然と、夜の街にくり出したくなる。
すると、
――ピリリン♪ ピリリン……♪
と、スマホの音が鳴った。
「ん――?」
ドン・ヨンファが反応するも、彼のではなく、
「ロウンの、か?」
と、キム・テヤンは確認した。
「ああ……」
カン・ロウンが、スマホを手に取る
「ん――? マーさん、からか?」
と、マーの名を聞いて、
「へ――?」
と、ドン・ヨンファが、キョトンとし、
「何だ? また、マーからか?」
と、キム・テヤンが、しかめっ面気味になる。
「ああ、みたいだ」
カン・ロウンが、ふたりにうなづく。
確かに、先ほどのカフェでも、この、仲良くない刑事のマー・ドンゴンから電話がかかってきたのだ。
それが、あまり間も開けずに2回目となるとは、三人にとって意外だった。
スピーカーモードにして、電話に出てみる。
『おい、ロウン!』
「マーさん、」
と、出た瞬間、せっかちにも名を呼んだマー・ドンゴンに、
『いま、電話、大丈夫か?』
「あ、ああ……、どうしたん、です?」
と、カン・ロウンは、やや困惑ぎみに要件を聞く。
なお、そばで聞いているふたりも、
「何でい、せっかちに」
「だ、ね」
と、せっかちな様子のマー・ドンゴンが、すこし意外だった。
マー・ドンゴンが、続けて、
『お前たちは、この水の匣事件……、何か異能力か、不可思議な力によるものと、考えてんだろ?』
「ま、あ……、どちらかというと、その可能性を考えているが」
『おう。それで、その異能力てのは、だ――』
「はい」
と、ひと呼吸おいて、
『――おそらく、遠隔的なものじゃ、ないか?』
と、出てきたマー・ドンゴンの言葉に、
「遠隔的、ですと……?」
カン・ロウンの表情が、すこし変わった。
また、
「「遠隔的――?」――だと」
と、きょとんとするドン・ヨンファと、眉をひそめるキム・テヤンの声が重なる。
『ああ……。その、タヌキだったか、妖狐ってのによると、現場の付近や、もっと遠くにも、犯人らしき異能力の使い手は、いなかったんだろ?』
「ああ……。あ、万が一の、妖狐の、神楽坂さんの異能力が弱体化していて、感知できなかった可能性も、あるが……。それでも、遠くには……、それも、スナイパーが狙うような、数キロから10キロ圏内にも、そんな気配はなかったというからには……、異能力にしても、もっと別の形の、何か、“予め仕込んで発動されるようなもの”や、第三者を仲介して発動されるようなものなどを、考えたほうがいいかな、とも思ってますが」
『まあ、その可能性もあるだろうが……、遠隔的な異能力ってのは、どれくらいの――、そうだな? 例えば、ミサイルでいうところの、射程距離のようなものを、お前たちは、想定してんだ?』
「射程距離……、ですか?」
例えられた“射程距離”と単語に、カン・ロウンの、サングラスの奥の目が変わった。




