43 バカ言ってんじゃねぇよ。シーシャなんて置いてある警察署なんて、この世にあるかよ
(5)
場面は変わって――
ふたたび、韓国でのことである。
夕暮れどき、マー・ドンゴンとチャク・シウのふたりであるが、警察署に戻っていた。
――ギ、ィッ……
と、ドアを開けるなり、
「あ、あぁ~っ……」
と、マー・ドンゴンは大きくため息しつつ、
「チカレタ……」
と、言いながら、部屋へと入った。
「きつかった、ですね」
チャク・シウが、静かに便乗した。
ふたりが入ったのは、休憩室。
それも、ひと世代ふた世代くらい前の、タバコのヤニや煙の漂っていそうな、すこし広めの部屋だった。
そこで、また一服しようとしていた。
まあ、さきほどは、滝の見えるカフェでコーヒーブレイクときていたので、また一服するのかよ? という話であるが、連日の捜査の疲れが溜まっているので仕方がない。
ちなみに、部屋には、“先客”がいた。
「――あっ? お疲れさまっす、マーさん、チャク」
と、ソファに座っていた男――、シルバーホワイトのセンター分けした髪にグラサンの美顔の男が、ふたりのほうを振り向き、ひょうきんな感じで挨拶してきた。
なお、男の手には、なぜかキンキンに冷えたショットグラスがあり、まるでテキーラのようにエナジードリンクが満たされていた。
「お~う」
マー・ドンゴンが、ダルそうに答え、
「ああ、イム」
と、チャク・シウが、反応してやった。
イムと呼ばれた男は、チャク・シウと同期の刑事イム・ジェユルだった。
そして、彼とともに、
「おっ、つぅ~」
と、こんどは女が振り向き、気だるそうな感じで声をかけてきた。
煙の漂う中、ウェーブのかかった髪に、赤い口紅が艶やかかつ妖艶な雰囲気の美魔女。
女は、マー・ドンゴンと同年代の刑事、イ・ヨンヒだった。
こちらは、ショットグラスではなく、ワイングラスに、恐らくはコーラを入れて飲んでいた。
「ねぇ? 何か、進展はあったの? マー」
イ・ヨンヒが聞いてきた。
「ああ”? 進展なんか、ねぇよ、うるせぇよ」
マー・ドンゴンが嫌そうな顔をすると、
「いや、うるさくはしてないでしょ。何? その、データなんかないときみたいな言い方」
「ったく……、てか、進展聞くくらいなら、何か手を貸せってんだ」
「嫌よ、忙しいし」
「ああ”? 忙しいヤツが、こんなとこでヤニカスしてっかよ」
「ヤニカスいうの、やめて」
と、イ・ヨンヒが言うと、
「まあでも、確かに、ヤニくさいのよりも、シーシャの甘い香りのほうがいいですよね」
と、イム・ジェユルが話にはいってきた。
「確かに、アンタは、顔に、『テキーラとシーシャとか好き』って、書いてあんよね」
イ・ヨンヒが、後輩につっこんでやりつつ、マー・ドンゴンのほうを向いて、
「てか、ねぇ? こんど、シーシャ置いていいか、署長に聞いてみてよ? マー」
「あぁ”? バカ言ってんじゃねぇよ。シーシャなんて置いてある警察署なんて、この世にあるかよ」
「あら? トルコとか、本場の現地の警察署とかなら、あるんじゃないかしら?」
「はぁ……、てか、何で、俺が署長に聞くんだよ? 大目玉食らうだろ」
「でしょうね」
「でしょうね、じゃねぇよ」
「いいじゃない、面白そうだし」
「フン、」
と、マー・ドンゴンは、「やれやれ」と呆れる。
こんどはシルバーホワイト・ヘアの、すこしチャラそうなイム・ジェユルのそばへと寄って、
「おめぇも、何だ? こんなもんで、ちょびちょび飲みやがって」
と、彼が手に持つ、ショットグラスを指して言った。
「いや、これが良いんですよ」
イム・ジェユルが答え、
「これは、エナドリか? イム?」
と、チャク・シウが聞いた。
「うん。エナドリだよ。けっこう、強めのエナジードリンクだから、缶でグイグイ飲むと、きつすぎるんだよね。だから、こう、ね? ショットグラスで、くいッと、テキーラのようにキメてくのが、俺のスタイルでね」
イム・ジェユルは、ドヤ顔で答える。
そのまま流れるようにして、冷蔵庫からキンキンに冷えたショットグラスを人数分取り出しつつ、
――シュ、ポンッ――!
と、新たにエナジードリンクの缶を開ける。
それを、
――トク、トク、
と、手際よく注ぎ、ショットグラスをテキーラ色した液体で満たしつつ、
「あっ? マーさんたち、イムさんも、一緒に、乾杯しません?」
と、テキーラスタイルのエナドリを、盆に載せた。
「あぁ”? 乾杯だと? そんなもんで」
顔をしかめるマー・ドンゴンに、
「いいじゃない? ほら」
と、イム・ジェユルも、いっしょに勧める。
そうして、
マー・ドンゴンとチャク・シウも、手に持つと、
「じゃあ? 行きますよぉ~♪」
ひょうきんそうな、シルバーホワイトにグラサンのイム・ジェユルが、
「乾杯――!」
と、掛け声をして、
「乾杯~♪」
イ・ヨンヒと、
「乾杯」
チャク・シウも、淡々とノリをあわせ、
――チ、ーン……!
と、グラスをあわせて、乾杯した。
なお、
「ったく、何に乾杯だよ」
と、マー・ドンゴンは、ボソッ……としていたが。
そうして、皆して、
――ぐいッ……
と、疑似テキーラを飲み、グラスを乾かした。
空になったグラスを
――コ、ン――
と、それぞれ置きながら、
「しかし……、まったく、分かんねぇもんだな……」
と、マー・ドンゴンも、ソファに腰を下ろしながら、話題を変える。
「分かんねぇって、何が?」
イ・ヨンヒが、聞き返すと、
「何がって、“水の匣”の件に、決まってんだろ」
「ああ、ね」
「ああね、じゃねぇよ。まったく」
と、マー・ドンゴンは、また「やれやれ」との態度で、
「それで、カン・ロウンのやつらが、いま、中国の、蘇州に行って調べてるらしいけどな」
「ああ……、そうみたいね」
と、その件については、イ・ヨンヒも耳に挟んでいるようで、
「ああ? そういえば、パク・ソユンが、水の匣に襲撃されたと……、チラッと、SNSで見ましたけど」
と、イム・ジェユルも同じように、知っていた。
続けて、
「大丈夫なんですか? パク・ソユンは?」
「まあ、このマーの反応を見る限りは、大丈夫そうじゃない」
「ああ、何ともねぇらしいってよ、本人が言うには。水の匣から救出されて、ケロッとしてるだと」
「は、ぁ? 何ともない、と……?」
「水の中で45分も溺れていても、何ともないって、どんな人間なのよ?」
「確か、“体質”とかだと。まったく、ふざけたヤツだぜ」
と、パク・ソユンの安否を確認しながらも、イ・ヨンヒとイム・ジェユルはおどろきながらも、ポカンとするよりほかなかった。
――そこから、マー・ドンゴンとチャク・シウは、さきほどのコーヒーブレイクでカン・ロウンと話した内容を説明した。
イベント会場での、水のディスプレイのこと。
そして、それを開発しているアクア・キューブリック社に、現地の中国警察が捜査に入り、カン・ロウンたちもちゃっかり加わったこと。
そのうえで、妖狐の力を借り、異能力や未知の力による可能性を考えながらも、いまのところどんな異能力による犯行なのか、ほとんど目星はついていないことなど、である。
「――それで? 中国の警察連中は、その、アクア・キューブリック社の技術によるものだと、考えているわけなの?」
イ・ヨンヒが、マー・ドンゴンに聞いた。
「まあ、イベント会場での件と、その、アクア・キューブリック社ってとこの研究所で、現地の警察連中が襲われちまったからな。まあ、警察としては、アクア・キューブリック社が怪しいとして捜査せざるを得ないだろう」
マー・ドンゴンが答える。
「それで、異能力の線も、微妙なんですよね?」
と、イム・ジェユル。
「ああ……、そいつも、微妙らしくてな。妖狐ってのが、いるだろ? 何か、よく分からんが、“あいつら”の協力をしている」
「妖、狐……? ああっ、」
「いたわね。そんなの」
妖狐とのワードに、イム・ジェユルとイ・ヨンヒも思い出した。
「その妖狐ってのが、おそらく、妖力ってのを使ってだろう、『現場の近くに、異能力を使っているものの気配らしきものはなかった――』と、言ってたみたいでな」
「はぁ、」
と、イ・ヨンヒが相づちし、
「“現場の近く”って言っても、すこし離れたところの可能性も、ありますよね?」
と、イム・ジェユルが付け加えた。
「まあ、その“近く”ってのが、どれくらいかじゃない?」
「妖狐だから、数キロか10キロくらい離れていても、分かるんじゃねぇか? とりあえず、そうして調べた結果、“怪しい者”は、いなかった、と――」
と、マー・ドンゴンがまとめようとすると、
「え~? 本当に、そうなの? その、妖狐の妖力ってのが、実はヘボいとかないの?」
「まあ、“そいつ”は分かんねぇけど、ロウンのやつらの話を聞く限り、チートクラスの力を持っているだろう、って」
「チートクラス、ねぇ」
「まあ、それでも、頻繁に使ったり、ギャンブルに負けたりすると、急速に弱体化してしまう力とかいう、“設定”らしいけどよ」
「設定、っすか」
イム・ジェユルと、
「ふ~ん」
と、イ・ヨンヒが、気だるそうに相づちした。
そこまで話したところで、
「……」
「……」
と、会話は、いったん止まる。
…………
沈黙が漂い、
「……」
と、イ・ヨンヒが、ワイングラスのコーラに、
――スッ……
と、手を伸ばした、その時、
「ああ……? そう言えば、」
と、唐突に、何かを思い出しかけた。
「う、ん?」
と、マー・ドンゴンと、
「……?」
と、チャク・シウが、反応する。
すると、
「マー? アンタ、最近、“黒魔術”を始めたらしいって、聞いたんだけど?」
と、何か、映画の誰かと勘違いしているのか、イ・ヨンヒが突拍子もなく聞いた。
「あぁ”? 黒魔術だとぉ……?」
マー・ドンゴンが、怪訝な顔をしつつ、
「ったく、どこの誰と、勘違いしてんだよ」
と、呆れるように言ってみせた。
おおかた、似ている俳優にかこつけた冗談だとでも思った。
しかし、その時、
「黒、魔術……?」
ふと、マー・ドンゴンが、“黒魔術”との単語に、
――ピ、タッ……
と、何かが降りてきたかのように、止まった。
気がつくと、三人にむかって聞いていた。
「なあ? お前たち――」
******
場面は変わって、
――ぽ、ちゃん――
と、波紋が生じた。
これが、正方形に囲われた水面――、いわゆる二次元であれば、反射し合いながら、やや複雑ながらも、幾何学的に規則だった波紋を描くだろう。
しかし、これは三次元、あるいは四次元の、立方体の“匣”だった。
二次元と同様、複雑にも幾何学的な波紋を描きながら、まるで量子テレポーテーションのように、時空間を超えて“共鳴”する。
そして、
「……」
と、まるで、“深淵を見る”が如く――
“匣”を“見る者”の姿があった。




