42 スタイリッシュに紅茶を淹れるが如く――
(4)
場面はかわって、蘇州の街にて。
夕暮れの陰翳――、蘇州の家々や柳の陰影が、水面に浮かび、幻想的な光景となる。
美しい光景に、また夕時となって涼しくなってきたことから、街を歩く人々も増えてくる。
そんな中、カン・ロウンたち三人は、アクア・キューブリック社から戻って来ており、水辺の茶館のテラス席で茶を飲んでいた。
蘇州の、銘茶――
一口味わうと、
「ふぅ……」
と、カン・ロウンが、ゆっくりとため息をついた。
それに便乗するように、
「まったく……、疲れたな」
と、キム・テヤンが言うと、
「ああ……」
と、カン・ロウンと
「だよね」
と、ドン・ヨンファが、軽く相づちした。
すると、
「あぁ”? 『だよね』って、てめぇが、どうして疲れんだよ! タコ!」
と、キム・テヤンが、キレツッコミしてきた。
「い、いや、僕だって疲れるさ? それに、主に能力使ってたの、僕じゃないか!」
ドン・ヨンファが、キム・テヤン言い返す。
まあ、確かに、主に異能力を発動し、なおかつ、それなりに水の匣を無力化するのに貢献していたのは、この三人の中でいえばドン・ヨンファであるのは間違いない。
ゆえに、理不尽であり、ドン・ヨンファが言い返すのも当然である。
話に戻って、
「でも、よぅ? それも、結局、あんのタヌキの助けがあってだろうが?」
「それを言ったら、テヤンも、そうだろ?」
と、まだ、キム・テヤンとドン・ヨンファが軽く言い合っていると、
「まあまあ、よせよ、ふたりとも」
と、カン・ロウンが間に入って、仲裁してきた。
「けっ、」
キム・テヤンが舌打ちし、
「フン……」
と、ドン・ヨンファも、すこし苛立つ。
まあ、ここ蘇州に来てからというものの、イベント会場でのパク・ソユンへの襲撃、そして先ほどのアクア・キューブリック社での警察の捜査への参加するなど、慌ただしかった。
ただ、それらに労力を使ったわりには、“水の匣”についての調査は、思うように進まない。
疲労と、フラストレーションが、溜まっているのかもしれない。
「しっかし……」
どちらかというとコーヒー派のキム・テヤンだが、茶に手をつけつつ、
「はぁ……、結局、何も進展ねぇな」
と、ため息した。
「まあ、な」
カン・ロウンが、相づちしながら続けて、
「仮に、異能力によるものだとしても……、神楽坂さんが、“それらしき犯人”は、周辺に“いなかった”というからね」
「いなかった、ねぇ……。本当に、そうなのか? アイツの、妖力ってのが鈍いだけなんじゃねぇか?」
「いや、そんなことないだろ。まあ、これまでに、私たちSPY探偵団の調査において、妖狐の力を目の当たりにしてきたじゃないか。その、どれもが、本物だと言わざるを得ないものだろう。なので、例えば、仮に数キロ先に異能力の使い手がいても、本来であれば、察知できるだろう」
と、妖狐の力について、擁護してやり、
「アレじゃない? 妖力が、弱ってる、とか――? ほら? よく、『ギャンブルで負けて、妖力が減った――』とか、言ってるじゃないか?」
と、ドン・ヨンファも、そう付け加えた。
「まあ、確かに……、本来はチートクラスの妖力を使えるとはいえ、けっこう、それで消耗して弱体化するみたいだからな」
カン・ロウンが、まとめ、
「けっ……、まったく、ふざけた存在だぜ。あのタヌキも」
と、キム・テヤンが舌打ちしてみせた。
会話に間が空いて
…………
と、蘇州の水辺の、静寂が漂った。
束の間の静寂なひと時を、茶とともに、すこし味わいながらも、
「まあ、もしかすると、異能力の使い手――、犯人というのが、気配を隠すのが上手いのか……?」
カン・ロウンが、自答するように言い、
「そう、だなぁ……? それに、タヌキのヤツの妖力が減った状態が重なっちまえば、犯人の気配を探知するってのは、より難しくなるだろうしな」
と、キム・テヤンが受け答える。
また、カン・ロウンが、
「それ、とも……? あるいは、異能力っていうのが、“何か特殊な形”で発動されているのか……?」
「特殊な形――?」
と、ドン・ヨンファが、その言葉が気になって聞きなおす。
「ほら? “使い手の手から離れて発動される異能力”――、っていうのは、色んなマンガで描かれるじゃないか。未来に発動する力というのが、プログラムのように、あらかじめ仕掛けられている、とか」
「まあ、何となく、イメージできるけど……」
と、いくつか、漫画のキャラクターが思い浮かぶ。
「使い手の手から離れて発動される異能力、か……」
キム・テヤンも言葉にして、何かイメージしようとする。
「ああ……。“巧妙なもの”だと、それを“仕込んだ異能力者”を追跡、特定することも、難しくなるだろうな」
カン・ロウンが、言った。
そのように、ああでもない、こうでもないと話していると、
――ゆ、らり……
と、枝垂れる柳のように、黒髪が垂れてきた。
そんな、突然の出来事に、
「む――!?」
と、カン・ロウンが、眉をピクリ――と、動かし、
「おうわ!?」
キム・テヤンと、
「わわッ!?」
と、ドン・ヨンファも驚き、のけ反りそうになる。
そうして、上下逆さになっていた麗しい黒髪の持ち主はというと、
――くる、り――
と、宙で舞って、向きを変えつつ、
――ス、タッ――
と、地面に降り立った。
まあ、すなわち、妖狐の神楽坂文が、三人のまえに戻ってきたのだ。
すると、
「おいッ!! 何やってんだ!! このタヌキッ!!」
「お、おいおい!! 驚かせないでくれよ!! 僕ら、お茶をこぼしちゃうとこだったじゃないか!!」
と、キム・テヤンとドン・ヨンファが、そろって先ほどの登場に抗議しそうになるも、
「けっ、それで、茶をぶちまけそうなのは、てめぇだけだってんだ!! タコ」
「ああ、もうっ!! いちいち、うるさいなぁ!!」
「おいおい、そんな、子供みたいに喧嘩をするなよ。ふたりとも」
と、カン・ロウンが、ふたりをなだめた。
そんな三人を前にして、宙から降り立った妖狐であるが、湯呑を持っていた。
その、湯呑より3、40センチくらいうえのほうの空中では、お茶がキューブ状になりつつ、まるで、宇宙ステーション内に漂うかのように浮いていた。
そうして、御茶のキューブであるが、
――スッ……
と、ゆっくりと湯呑へと入っていき、その、器の形に収まった。
続けて、
「ふむ……。やっぱり、サボりおって、貴様たち」
と、妖狐が、三人に向かって言った。
「い、いや、すみません、神楽坂さん」
カン・ロウンが詫びるも、その横から、
「ああ”? いいだろ、一服ぐらいしてよ? ロウンも、こんなタヌキに、いちいち謝るなっての」
と、キム・テヤンが、妖狐に苛立って見せつつ、
「というか、お前も、何か分かったのかよ?」
「いや、あまり」
と、ケロッとして答える妖狐に、
「はぁ? 何も、収穫が無かったのかよ?」
「フハハ」
「けっ、フハハじゃないっての、」
と、やれやれと呆れてみせた。
妖狐は、続けて、
「まあ、先ほどは……、邪神というわけではないが、似たような力を使えるヤツと合ってきてな」
「な、何と――!?」
「何だって――!?」
と、カン・ロウンとドン・ヨンファの驚く声が、ほぼ重なり、
「まあ、一連の水の匣事件だが……、何者か、邪神か、それに類する者が手を貸している可能性があってな……、話を聞いてきたのだ」
「邪神か、それに類する存在が、手を貸しているって――?」
ドン・ヨンファが聞く。
「ふむ。例えば、だ――」
妖狐は言いながら、
――スッ――
と、“何か”を、取り出してみせた。
「あぁ”?」
「これ、は――?」
キム・テヤンと、カン・ロウンに続いて、
「青銅、器……?」
と、ドン・ヨンファが聞いた。
すなわち、先ほどの芙蓉鎮で、異形の古神が見せた、青銅器の水差しである。
「ふむ。“これ”は、“どこでもドア”のように、水が、湧き出る青銅器――、水差しといったところか」
妖狐は答えながら、デモンストレーションをしはじめる。
まず、
――グッ――
と、妖狐は、水差しを高く持ち上げた。
反対の手には、湯呑から変わって、青銅器のティーカップ。
そして、
――サッ――
と、妖狐は頭上の水差しから、腰ほどの高さに持ったティーカップに向かって、スタイリッシュに紅茶を淹れるが如く――、水を注ぎ始めた。
「「なッ――!?」」
「――!?」
三人が、同時に驚く。
水差しから、絶え間なく湧き出るように出てくる水もそうであるが、驚くべきは、それだけではなかった。
すぐにでも水でいっぱいになり、ドバドバに溢れてしまいそうなティーカップからは、いつまで経っても水が満たされ、溢れることもなかった。
「この、水差しからは無限に水が出る、ということは……」
恐る恐る、カン・ロウンが聞くと、
「ああ……。この、ティーカップのほうは逆に、無限に水を注げるティーカップとでもいうべき、か――」
妖狐が、ドヤ顔で答えた。
「こ、これは……、いったい?」
ドン・ヨンファが、聞いた。
「ふむ。先ほど合ったヤツから、仮パk――、いや、ちょっと、拝借してきてな」
「借りパクって言おうとしただろ、お前」
と、キム・テヤンのつっこみが入りつつも、
「それで、“これ”が、事件で使われた可能性があるというわけですか?」
と、こんどは、カン・ロウンが聞いた。
「いや、こいつの持ち主とは、このような道具ではないだろうなとの、話になってな。例えば、この道具で、水を出現させ……、それが、昼のイベント会場の事件のように、“操ることのできる水”であったとしても、だ……、どうしても、ある程度は犯行現場の近くで、それを行う必要があるだろ?」
「ま、あ……」
「え、ええ」
ドン・ヨンファと、カン・ロウンがうなづいた。
「もし、そのように現場に近くで何かをすれのであれば、先ほどは、私は犯人を捕捉できてもおかしくなかっただろう」
「まあ、それは、」
と、ドン・ヨンファが相づちしつつ、
「だが、まったくと言っていいほど、犯人の気配がなかったわけなのだ」
と、妖狐が言った。
そこへ、
「――なので、どうなんだ?」
と、キム・テヤンが、ざっくりと問うた。
「そう、だな……?」
妖狐は、天を仰ぎながら、
「この青銅器と同じように、何か、“遠隔的に水を操る”力だったり、道具というのが必要なのでは――? と、私は、考えるな」
「でも、遠隔って言っても……、犯行現場の周辺にも、怪しい気配は、無かったんだよね?」
と、ドン・ヨンファ。
「ああ……。ゴルゴ13が狙撃をするのよりも、はるかに距離を広げて察知しようとしたがな……、それでも、犯人らしきものの気配は、引っかからなかったのだ」




