41 筋斗雲のような雲でスタイリッシュに
(3)
妖狐の神楽坂文は、空を移動していた。
「……」
と、筋斗雲のような雲でスタイリッシュに飛びつつ、眼下の、高速で流れる中国の都市や山水を眺める
その体感――、ICBMの最高速度よりも速く、なおかつ、まあ妖力によるのだろう、“それ”によって爆音や衝撃波も発生させることはない。
そうして、
――スッ、トッ……
と、妖狐は、奇岩の山へと降り立った。
まるで、水墨画にでも出てきそうな、仙境のような場所。
その水脈から湧き出る銘水に、その山麓で栽培される茶葉も、銘茶として名高い。
そんな、ある意味で、“水”の霊気的な要素も高い場所にて
「……」
と、妖狐は“観察”してみる。
――ピ、ィンッ……!!
と、狐耳を立てながら、あらゆるものの気配や、あらゆる“情報”というものを感じようとするものの、
「いや……、ここではない、か……」
と、何も得られるものがなかった。
まあ、ただの雰囲気あるだけの、眺めのよい場所であった。
とりあえず、
――スッ……
と、どこかから急須を取り出した。
妖力で沸かした湯から、
――サッ――
と、茶を淹れた。
湯呑を手にし、
「……」
と、奇岩の頂からの眺めを観つつ、スタイリッシュにも、
――ズ、ズズ……
と、茶を飲んで一服する。
考えるに、今回の、“水の匣事件”とされるもの――
だたの、異能力程度の異能力によるものだけでは考えにくい。
水を司る古神や、邪神といった――、“何か超越した存在”が、手を下しているか、もしくは、手を貸している可能性がある。
そして、そういった存在を探すのを、カン・ロウンたち――、異能力者であるのものの只の人間に任せるのは、すこし酷ではある。
なので、億劫ではあるものの、自分が、その役を買ってでるわけである。
そうして、
――ズ、ズ……
と、茶を飲み終える。
また、妖狐は、
――ふ、わっ……
と、宙に浮くや、
――キ、ィィンッ……
と、どこかへやっていた筋斗雲のような雲がやってきて、それへと乗った。
そうして、ふたたび移動をした。
***
妖狐は移動して、
――ス、タッ……
と、こんどは、水郷の街へと降り立った。
水郷の街といっても、平坦な場所の多い蘇州だったり杭州の街並みとは違い、山に囲まれた中、街の中央を流れる川には、まるで城のような佇まいの建物がのっかった古い橋がかかる。
すなわち――
ここは、鳳凰古城の街である。
昔の建物が多く残った、古鎮であり、中国で最も美しい街のひとつとして知られ、また、国内外からの観光客からも人気であった。
妖狐は、観光客に紛れ、
「……」
と、街を眺めてみる。
この鳳凰古城でも、蘇州と同じく、水の匣事件が起きた場所である。
ゆえに、すこしの気配を感じたものの、
「いや、ここでもない、か……」
と、妖狐はひとり言を言った。
すなわち、気のせいであった。
それから、また移動して。
同じ湖南省にある、芙蓉鎮。
こちらも、高低差の大きく、滝の流れる水郷の街である。
古い街並みを背後に、街の中央に集まった滝が流れる様子と、夜ともなれば、それらがライトアップされる様が、世界一美しい夜景とも云われる。
まあ、残念ながら、まだ日は沈んではいない。
ただ、やや空が赤くなりかけており、夕闇の古鎮の陰翳が、何とも幻想的な光景をつくりだす。
妖狐は、それらを眺める高台にいたところ、
「いた、か――」
と、妖狐は、“何者か”を見た。
そして、
――ザザ、ザザザッ――!!
と、忍者のような身のこなし、そしてそれを倍加速したような動きで――!! 大胆にも接近する!!
速さにして、新幹線よりも速く、芙蓉鎮を駆け下り、
――シュ、タッ――!!
と、滝のほうへと跳んだ!!
そして、
――グ、ワシッ――!!
と、その“何者か”、捕まえてみせる!!
「――!?」
影の者は、
――ビ、クンッ――!!
と、驚いたように見えた。
近くにきて、明らかになる、“謎の者”の姿――
それはというと、蛙とカワウソを足して割ったような怪物であり、それを、古代中国の青銅器の装飾に描かれるような雰囲気にデフォルメした、いわば“異形の者”であった。
恐らくは、水の、“邪神”ではないものの、“いにしえ”の、古神なのかもしれない。
さて、その、カワズなのかカワウソなのか――、“異形の者”の頭を、人間の美女の形をした妖狐が鷲づかみにするという絵面であり、
「おい――」
「ひぃぃっ――!?」
と、古神は、妖狐の声に怯える。
――ゴゴ、ゴゴゴ……
と、妖狐から湧き出るような、空間を歪めるようなオーラ、気配。
古神という人智を超えた存在ですら、この、人の形をした妖狐が“只者”ではないことが分かる。
「うう”っ……」
古神が、表情をこわばらせる。
いったい、何をされるのかと、恐怖に怯えていると、
「――貴様? 水を、操る力を、使えるな?」
と、妖狐が、聞いてきた。
「は、はい……」
古神は、ここは素直に返事をしておく。
妖狐が、続けて、
「貴様が、例の、“水の匣事件”の犯人か――?」
「ちっ!? 違いますッ!!」
「わ、私の力は、あのように――!! 水を操り!! 人を閉じ込め!! さら、にッ!! 三日三晩以上も、“匣の形!にするなどといった芸当――!! とてもじゃないですが、できないですよ!!」
古神が、わざわざ、強調しながら弁解する。
「ほう……」
妖狐は、嫌なヤツの顔をしながら、
「――で、あれば? どのような力を使えるのだ、貴様は?」
と、聞いた。
「わ、私の力は……、こ、これですッ!! 見てください」
古神が答えるや、
――スッ――
と、“何か”を見せた。
「む……?」
妖狐の、見た先――
そこにあったのは、こちらも、それこそ古代の、恐らくは“水を注ぐ青銅器のようなもの”だった。
まあ、見た目こそは、ただの古代の青銅器――
だが、その内部はというと、現代の最新材料工学技術でも為せないような、緻密かつ異次元構造を持っていた。
それを以って、別の次元・空間を通じ、情報・エネルギーを媒介する。
そして、
――クイッ……
と、古神が、その青銅器を傾けるや、
――シ、ャァァ……
と、何とあろうことか――?
どこからともなく、その口から、水が出てきたのだ。
「ふむ。これは、どこでもドアのごとく――、どこでも水を出せる青銅器というわけだな?」
「さ、左様です」
確認するように聞く妖狐に、古神が答える。
また、妖狐が、
「この水差しを用いれば、水源が無い場所でも、“水の匣のもととなる水”を出すということが、可能になるな」
「そ、そうですけど……、そうすると、私か、もしくは、この水差しを持った犯人が、現場の近くに“いる”必要が、ありませんか?」
「ああ、そうだ」
と、そこは認めながらも、
「まあ、これまでのケースでは、近くに水源が無いといったケースは、無いが」
「あっ……、そうなん、ですか」
と、相づちをする古神に、
「――なので、水を出現させる力というよりも、“遠隔的に、水を操るような力”といったのが必要なのでは――? と考えているのだが、“そういったこと”を出来そうな、邪神や、貴様のような古神……、まあ、その他何でもいいが……、こころ辺りは、あるか?」
「そう、ですね……?」
と、古神は思い浮かべてみるものの、
「いやぁ、私の顔が狭いんでしょうか……、すみません、こころ当たりは、無いです」
と、目ぼしいものが思い浮かばず、詫びた。
それを聞いて、妖狐は
「……」
と、無表情で、沈黙していた。
古神も、
「……」
と、無言で、申し訳なさそうな顔をしようとしたところ
「ッ――!?」
と、まるで、ゴルゴ13に気づいたかのような顔をした。
そこには、
「……」
と、妖狐が無言のまま……、だがしかし、露骨に、『殺すぞ』の顔をしていた。




