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妖狐、神楽坂文のコンサル譚09 【水の匣】  作者: 非常口どん八
第八章 調査と停滞

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39 ブルーハワイのような青いゼリーのスイーツ




          (1)




 時間は前後して――

 場面は変わって、ソウル市内。

 マー・ドンゴンとチャク・シウの刑事コンビのふたりは、また、外回りの捜査に出ていた。

 ただ、現場や周辺を調べてみたり、また、科学分析の担当者らに話を聞いたりしたものの、案の定、目ぼしい進展はなかった。

 そのようにして、時間だけがタダ過ぎていき、午後15時、丁度いいコーヒー・ブレイクの時間になる。

 なので、先日と同じように、また滝と水辺の見えるカフェに来ていた。

 

「……」


 と、マー・ドンゴンは無言で、渋くも、すこしアンニュイな表情で水辺を眺めていた。

 なお、相方のチャク・シウであるが、いま、注文したアイスコーヒーとスイーツが出来上がるのを、カウンターで待っているところである。

「ふ、ぅ~……」

 マー・ドンゴンは、ゆっくりと、息を吐いた。

 このまましばらく、ぼぉーっ……と、したかった。

“水の匣”事件――

 いったいどのようにして、“水の匣”がガイシャを襲ったのか――?

 さらに、その分析結果は、普通の水道水やミネラルウォーターのそれと変わらないという。

 そして、それ以上の情報が明らかになる気配は無い。

 あれこれ考えても進展のない状況に、しばし、何も考えたくない時間がほしいのは無理もな。

 そのようにして、

「……」

 と、いわゆる無心というか無我の状態というべきか、マー・ドンゴンは、ぼぉーっ……と、し続けようとした。

 だが、そこに、何か手持ち無沙汰を感じるのが現代人の性(さが)というべきだろう、


 ――スッ――


 と、スマホを取り出し、

 ――ス、チャッ――

 と、スマホケースを折って、テーブルにセットした。

 そうして、

 ――スッ、スッ――

 と、SNSを、指で適当にスクロールしていく。

 そうして、惰性でSNSを眺めている中、


「……ん、ん?」


 と、マー・ドンゴンは、“あるもの”に気がついた。

 そこにあったのは、一見すると、何の変哲もないネットニュースだった。

 普段なら、チラッと見て、そのままスルーしていくのだが、何やら、大型プールに設けられた音楽ステージの画像――、そして、そこに『水の匣』との文字があり、否応なしにマー・ドンゴンの目にとまった。

「あぁ”――!?」

 マー・ドンゴンは、顔をしかめる。

 そうして、ニュースを詳しく見ていくうちに、

「おい、おい……、おい――!?」

 と、思わず、声がだんだんと大きくなってしまう。

 周囲の客たち――、カップルだったり、なかばSNS映え目的の女子たちのような若い客たちが多くいたが、

「え――?」

「はぁ? 何? 何?」

 などと、カフェの雰囲気と違ってむさ苦しいマー・ドンゴンのほうを見て、顔をしかめた。

 その視線に気がつき、

「あぁ”……?」

 と、マー・ドンゴンも、不機嫌な表情になる。

 そこへ、


 ――カッツ、カッツ……


 と、カフェのデッキの床に、靴音をさせつつ、

「マーさん、お待たせしました」

 と、相方のチャク・シウが、アイスコーヒーと、ブルーハワイのような青いゼリーのスイーツを二人分、盆にのせて戻ってきた。

 クールかつ、整ったイケメン顔のチャク・シウの登場に、周りに視線が集まるや、

「わぁ……」

「すっご、イケメン」

「相方の男と、正反対だな」

「まるで、美男と野獣よ」

 などと、ヒソヒソと話す声がすると、

「ああ”!? 誰が野獣だってんだ!!」

 と、さすがにそろそろイライラがいい加減なとこまできたのか、マー・ドンゴンが声を大きくして怒鳴った。

 そんな、いかつくも強面なマー・ドンゴンに

「……」

「……」

 と、カップルのテーブルも、

「……」

「……」

 と、女子どうしのテーブルも、気まずそうにチーン……と沈黙するか、シレッ……と、目を逸らすより他なかった。

 静まったのを見て、

「やれやれ……、鬱陶しいヤツラだぜ」

 と、マー・ドンゴンが言うと、

「ん……? どうか、しましたか?」

 と、チャク・シウが、不思議そうな顔をした。

「ああ”? 何も、ねぇよ」

 マー・ドンゴンは、面白くなさそうな顔をしながらも、

「しかし、水の匣事件を調べてるってときに、このスイーツかよ……」

 と、目の前の、アイスコーヒーのおともの青いゼリー・スイーツを見て言った。

 ソリッド感のある、青いゼリーであり、否応なしに、水の匣を連想してしまうのは仕方がない。

「まあ、たまたま……、ですよ」

「あ、ぁ”……?」

「たまには、清涼感の漂うスイーツなんかも、良いかなとおもいまして」

 と、チャク・シウが言った。

「はぁ、」

 マー・ドンゴンが、「何だ? そりゃ?」の顔で、相づちしながらも、

「おお、そうだ……! さっきの、ガキどもの鬱陶しい声で忘れちまいそうになるとこだったけどよ、それどころじゃねぇことが、あってよ……!」

 と、思い出した。

「それどころじゃない、こと……、ですか?」

 チャク・シウが、聞き返すと、

「ああ。これを見ろよ」

 と、マー・ドンゴンが、スマホの画面を広げて、テーブルの、チャク・シウから見えやすいように置いた。

「う、ん……?」

 チャク・シウは、目を凝らした、すぐ次の瞬間、


「これ、は――」


 と、やや鬼気迫る顔で、目を見開いた。

 ふたりが視るスマホの画面には、ニュース番組らしき動画。

 中国の蘇州と、【如水】音楽イベント会場を背景、そして、DJ・SAWことパク・ソユンの画像が映る。

 テロップとともに、アナウンサーの女が、『国内外でモデル兼DJとして活動するパク・ソユンさんが、DJパフォーマンス中に、“水の匣”に襲われ――』などと解説する。

 そこまで視て、

「ああ……。パク・ソユンのヤツが、いま行っている音楽イベントでよぉ、水の匣に襲われちまったみてぇだ」

 と、間を置いて、マー・ドンゴンが言った。

「何――、ですと……?」

 これには、少々のことに動揺しないチャク・シウも、その表情が動く。

 その間も、ニュースは流れ続ける。

 会場には水を用いた特殊なディスプレイの演出がされており、そこから突如として水のキューブが、大量のドローンのようにパク・ソユンへと襲いかかり、水の匣に閉じ込めた。

 40分後に、何とか救出されたものの、病院に搬送され、意識不明などと報じられていた。

「40分後に、救出された――、ですか?」

 チャク・シウが、険しい表情で聞いた。

 水の匣から救出されたパターンというのは初めてかもしれないが、40分も水の中にいたという事実と、意識不明とのワードに、そのような表情になるのは無理もないだろう。

 その横で、

「……」

 と、マー・ドンゴンも同じく険しい表情をしながら、スマホをかけていた。


 ――プルルルル……、プルルルル……


 と、すでに呼び出しており、

「おいおい! 早く出ろってんだよ!」

 と、苛立つ声をあげた。

 まだ10秒も経っていないものの、せっかちに焦っているのがわかる。

 そうして、しばらく出ないと思いきや、


『――はい』


 と、意外なことに、すんなりとつながった。

 電話の向こうの相手が、『はい、もしもし、○○です』と続けようとするよりも前に、

「おいッ!! ロウン!!」

 と、マー・ドンゴンが、やはりせっかちに電話の向こうの相手に――、カン・ロウンに叫んだ。

『マー、さん……?』

 カン・ロウンの、拍子抜けしたような声が返ってくる。

 ひと呼吸おいて、

『どうしたん、です?』

「あぁ”!? どうしたもこうしたも、ソユンのヤツは無事なのか!?」 

 と、マー・ドンゴンが声を荒げた。

『ソユンが、どうしたか――? ですか?』

「どうしたかって、意識不明なんだろ!? いま、ニュースで見たぞ!!」

 慌てる自分とは対照的に、のほほんとしているカン・ロウンに、マー・ドンゴンは混乱気味に聞いた。

 すると、


『あ、あ……。ソユンのヤツは、無事ですよ』


「無事、だと……?」

 と、返ってきた思わぬ答えに、マー・ドンゴンが、ポカンとなる。

 また、マー・ドンゴンだけでなく、

「は、い……?」

 と、対面のチャク・シウも、同じような顔をしていた。

 そんなふたりの様子を察したか、

『ええ……。まあ、現場の混乱から、情報が錯綜して報道されているんだと思いますが……、ソユンは、無事ですよ』

 と、カン・ロウンは安心させるように言うも、

「無事、たって……、40分も、その、水の中にいたわけだろ?」

『ええ……。まあ、普通は……、異能力者であっても、多くの場合は、40分も水の中にいれば溺水してしまうだろうけど……、彼女の能力なのか、体質なのか。はたまた、呼吸法だとか言っててね。それで、大丈夫だった、と』

「呼吸法ってレベルじゃねぇだろ!? てか、何だよ? 体質って」

 と、マー・ドンゴンは、つっこんだ。


 そこから、しばらくマー・ドンゴンはカン・ロウンと話をした。

 如水イベントの会場でのこと、いま、アクア・キューブリック社に現地の警察が捜査に入っている状況などについて、情報をかわした。

「なるほど、な……。現地警察は、その、水のディスプレイだったか――? そいつを研究・開発している、アクア・キューブリック社ってとこを怪しんでいるわけだな」

『ああ……』

 カン・ロウンが、電話の向こうでうなづいた。

 また、マー・ドンゴンが、

「――で? お前たち的には、どういう可能性を考えているんだ? あと、その、妖狐とやらの見解は?」

 と、聞いてみた。

『まあ、現地警察は、このアクア・キューブリック社の線で捜査をすすめていくみたいだが……、私たちは、この線は、薄いとは思う』

「ほう」

『そんな、わざわざ、自分たちが疑われるようなイベントで“コト”を起こして見たり、警察を襲撃してみたりと……、インテリな人間がすることにしては、すこし雑な気がしましてな』

「まあ、な」

 と、マー・ドンゴンは相づちしながら、

「じゃあ? お前たちお得意の、異能力とか、不可思議な力と考えるのか?」

『そう、ですなぁ……』

 と、カン・ロウンは、少し考えるように間をおいて、

『ただ、その……、異能力の可能性についても、すこし微妙で、』

「あぁ”? 微妙、だと――?」

『ああ……。その、タヌ――、妖狐が言うには、会場の周辺や、すこし離れたところにも、異能力者や魔人、邪神といった使い手の気配はなかったとのことでね? いくら、異能力といっても、ある程度、現場のちかくで力を使う必要があると思われるじゃないですか?』

「ま、あ……」

 と、マー・ドンゴンは、こんどは曖昧に相づちした。

 そこまで話して、

「まあ、いい……。とりあえず、ソユンのヤツが水の匣に襲われて、意識不明だって聞いたからな、気になって電話しただけだ。じゃあな」

『ええ……、それはどうも、ご心配、ありがとうございます』

 と、会話は終わり、電話は切れた。

 

 …………


 と、席に静けさが戻りつつ、


 ――ザ、ァァッ……


 と、滝の、水辺の音が聞こえてくる。

 そんな間をおいて、

「何か、目ぼしい情報は、得られましたか? 彼から」

 と、アイスコーヒーを手にしたチャク・シウが、聞いてきた。

「フン……、たいして、分かんねえ、何も進んでねぇ、ってよ。妖狐って、ワケわかんねぇのまで、いるクセしてよ」

 やれやれと答えながら、マー・ドンゴンもアイスコーヒーを手にする。

 ひと呼吸おいて、

「とりあえず……、まあ、無事なら、良かったですね」

「まあ、な……」

 と、仲良くはないものの、パク・ソユンの無事が確認できたことに安堵した。

 そうして、アイスコーヒーにスイーツと、

「まあ、せっかくの、コーヒーブレイクだ。いまくらい、何も考えず、ボーッとしようぜ」

「ええ……」

 と、ふたりは、束の間の休息を味わうことにした。

 店内は相変わらずの、SNS映え目当てだけではないものの、若者たちで賑やかしい。

 そんな中だからこそ、

「……」

 と、マー・ドンゴンはボーッとして、滝を、水辺を眺めてみる。

 澄んだ水が、まさに絶えずして、流れ落ちる。

 水辺には、波紋が立つ。

 そうして、滝をずっと見ていたからか、まるで幻覚のように、まさに視界が滝の落水のように動きながら、すこし催眠状態に入るときのような状態の中、


「ん、ん……?」


 と、マー・ドンゴンは、ある“ナニカ”を感ていた。

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