39 ブルーハワイのような青いゼリーのスイーツ
(1)
時間は前後して――
場面は変わって、ソウル市内。
マー・ドンゴンとチャク・シウの刑事コンビのふたりは、また、外回りの捜査に出ていた。
ただ、現場や周辺を調べてみたり、また、科学分析の担当者らに話を聞いたりしたものの、案の定、目ぼしい進展はなかった。
そのようにして、時間だけがタダ過ぎていき、午後15時、丁度いいコーヒー・ブレイクの時間になる。
なので、先日と同じように、また滝と水辺の見えるカフェに来ていた。
「……」
と、マー・ドンゴンは無言で、渋くも、すこしアンニュイな表情で水辺を眺めていた。
なお、相方のチャク・シウであるが、いま、注文したアイスコーヒーとスイーツが出来上がるのを、カウンターで待っているところである。
「ふ、ぅ~……」
マー・ドンゴンは、ゆっくりと、息を吐いた。
このまましばらく、ぼぉーっ……と、したかった。
“水の匣”事件――
いったいどのようにして、“水の匣”がガイシャを襲ったのか――?
さらに、その分析結果は、普通の水道水やミネラルウォーターのそれと変わらないという。
そして、それ以上の情報が明らかになる気配は無い。
あれこれ考えても進展のない状況に、しばし、何も考えたくない時間がほしいのは無理もな。
そのようにして、
「……」
と、いわゆる無心というか無我の状態というべきか、マー・ドンゴンは、ぼぉーっ……と、し続けようとした。
だが、そこに、何か手持ち無沙汰を感じるのが現代人の性というべきだろう、
――スッ――
と、スマホを取り出し、
――ス、チャッ――
と、スマホケースを折って、テーブルにセットした。
そうして、
――スッ、スッ――
と、SNSを、指で適当にスクロールしていく。
そうして、惰性でSNSを眺めている中、
「……ん、ん?」
と、マー・ドンゴンは、“あるもの”に気がついた。
そこにあったのは、一見すると、何の変哲もないネットニュースだった。
普段なら、チラッと見て、そのままスルーしていくのだが、何やら、大型プールに設けられた音楽ステージの画像――、そして、そこに『水の匣』との文字があり、否応なしにマー・ドンゴンの目にとまった。
「あぁ”――!?」
マー・ドンゴンは、顔をしかめる。
そうして、ニュースを詳しく見ていくうちに、
「おい、おい……、おい――!?」
と、思わず、声がだんだんと大きくなってしまう。
周囲の客たち――、カップルだったり、なかばSNS映え目的の女子たちのような若い客たちが多くいたが、
「え――?」
「はぁ? 何? 何?」
などと、カフェの雰囲気と違ってむさ苦しいマー・ドンゴンのほうを見て、顔をしかめた。
その視線に気がつき、
「あぁ”……?」
と、マー・ドンゴンも、不機嫌な表情になる。
そこへ、
――カッツ、カッツ……
と、カフェのデッキの床に、靴音をさせつつ、
「マーさん、お待たせしました」
と、相方のチャク・シウが、アイスコーヒーと、ブルーハワイのような青いゼリーのスイーツを二人分、盆にのせて戻ってきた。
クールかつ、整ったイケメン顔のチャク・シウの登場に、周りに視線が集まるや、
「わぁ……」
「すっご、イケメン」
「相方の男と、正反対だな」
「まるで、美男と野獣よ」
などと、ヒソヒソと話す声がすると、
「ああ”!? 誰が野獣だってんだ!!」
と、さすがにそろそろイライラがいい加減なとこまできたのか、マー・ドンゴンが声を大きくして怒鳴った。
そんな、いかつくも強面なマー・ドンゴンに
「……」
「……」
と、カップルのテーブルも、
「……」
「……」
と、女子どうしのテーブルも、気まずそうにチーン……と沈黙するか、シレッ……と、目を逸らすより他なかった。
静まったのを見て、
「やれやれ……、鬱陶しいヤツラだぜ」
と、マー・ドンゴンが言うと、
「ん……? どうか、しましたか?」
と、チャク・シウが、不思議そうな顔をした。
「ああ”? 何も、ねぇよ」
マー・ドンゴンは、面白くなさそうな顔をしながらも、
「しかし、水の匣事件を調べてるってときに、このスイーツかよ……」
と、目の前の、アイスコーヒーのおともの青いゼリー・スイーツを見て言った。
ソリッド感のある、青いゼリーであり、否応なしに、水の匣を連想してしまうのは仕方がない。
「まあ、たまたま……、ですよ」
「あ、ぁ”……?」
「たまには、清涼感の漂うスイーツなんかも、良いかなとおもいまして」
と、チャク・シウが言った。
「はぁ、」
マー・ドンゴンが、「何だ? そりゃ?」の顔で、相づちしながらも、
「おお、そうだ……! さっきの、ガキどもの鬱陶しい声で忘れちまいそうになるとこだったけどよ、それどころじゃねぇことが、あってよ……!」
と、思い出した。
「それどころじゃない、こと……、ですか?」
チャク・シウが、聞き返すと、
「ああ。これを見ろよ」
と、マー・ドンゴンが、スマホの画面を広げて、テーブルの、チャク・シウから見えやすいように置いた。
「う、ん……?」
チャク・シウは、目を凝らした、すぐ次の瞬間、
「これ、は――」
と、やや鬼気迫る顔で、目を見開いた。
ふたりが視るスマホの画面には、ニュース番組らしき動画。
中国の蘇州と、【如水】音楽イベント会場を背景、そして、DJ・SAWことパク・ソユンの画像が映る。
テロップとともに、アナウンサーの女が、『国内外でモデル兼DJとして活動するパク・ソユンさんが、DJパフォーマンス中に、“水の匣”に襲われ――』などと解説する。
そこまで視て、
「ああ……。パク・ソユンのヤツが、いま行っている音楽イベントでよぉ、水の匣に襲われちまったみてぇだ」
と、間を置いて、マー・ドンゴンが言った。
「何――、ですと……?」
これには、少々のことに動揺しないチャク・シウも、その表情が動く。
その間も、ニュースは流れ続ける。
会場には水を用いた特殊なディスプレイの演出がされており、そこから突如として水のキューブが、大量のドローンのようにパク・ソユンへと襲いかかり、水の匣に閉じ込めた。
40分後に、何とか救出されたものの、病院に搬送され、意識不明などと報じられていた。
「40分後に、救出された――、ですか?」
チャク・シウが、険しい表情で聞いた。
水の匣から救出されたパターンというのは初めてかもしれないが、40分も水の中にいたという事実と、意識不明とのワードに、そのような表情になるのは無理もないだろう。
その横で、
「……」
と、マー・ドンゴンも同じく険しい表情をしながら、スマホをかけていた。
――プルルルル……、プルルルル……
と、すでに呼び出しており、
「おいおい! 早く出ろってんだよ!」
と、苛立つ声をあげた。
まだ10秒も経っていないものの、せっかちに焦っているのがわかる。
そうして、しばらく出ないと思いきや、
『――はい』
と、意外なことに、すんなりとつながった。
電話の向こうの相手が、『はい、もしもし、○○です』と続けようとするよりも前に、
「おいッ!! ロウン!!」
と、マー・ドンゴンが、やはりせっかちに電話の向こうの相手に――、カン・ロウンに叫んだ。
『マー、さん……?』
カン・ロウンの、拍子抜けしたような声が返ってくる。
ひと呼吸おいて、
『どうしたん、です?』
「あぁ”!? どうしたもこうしたも、ソユンのヤツは無事なのか!?」
と、マー・ドンゴンが声を荒げた。
『ソユンが、どうしたか――? ですか?』
「どうしたかって、意識不明なんだろ!? いま、ニュースで見たぞ!!」
慌てる自分とは対照的に、のほほんとしているカン・ロウンに、マー・ドンゴンは混乱気味に聞いた。
すると、
『あ、あ……。ソユンのヤツは、無事ですよ』
「無事、だと……?」
と、返ってきた思わぬ答えに、マー・ドンゴンが、ポカンとなる。
また、マー・ドンゴンだけでなく、
「は、い……?」
と、対面のチャク・シウも、同じような顔をしていた。
そんなふたりの様子を察したか、
『ええ……。まあ、現場の混乱から、情報が錯綜して報道されているんだと思いますが……、ソユンは、無事ですよ』
と、カン・ロウンは安心させるように言うも、
「無事、たって……、40分も、その、水の中にいたわけだろ?」
『ええ……。まあ、普通は……、異能力者であっても、多くの場合は、40分も水の中にいれば溺水してしまうだろうけど……、彼女の能力なのか、体質なのか。はたまた、呼吸法だとか言っててね。それで、大丈夫だった、と』
「呼吸法ってレベルじゃねぇだろ!? てか、何だよ? 体質って」
と、マー・ドンゴンは、つっこんだ。
そこから、しばらくマー・ドンゴンはカン・ロウンと話をした。
如水イベントの会場でのこと、いま、アクア・キューブリック社に現地の警察が捜査に入っている状況などについて、情報をかわした。
「なるほど、な……。現地警察は、その、水のディスプレイだったか――? そいつを研究・開発している、アクア・キューブリック社ってとこを怪しんでいるわけだな」
『ああ……』
カン・ロウンが、電話の向こうでうなづいた。
また、マー・ドンゴンが、
「――で? お前たち的には、どういう可能性を考えているんだ? あと、その、妖狐とやらの見解は?」
と、聞いてみた。
『まあ、現地警察は、このアクア・キューブリック社の線で捜査をすすめていくみたいだが……、私たちは、この線は、薄いとは思う』
「ほう」
『そんな、わざわざ、自分たちが疑われるようなイベントで“コト”を起こして見たり、警察を襲撃してみたりと……、インテリな人間がすることにしては、すこし雑な気がしましてな』
「まあ、な」
と、マー・ドンゴンは相づちしながら、
「じゃあ? お前たちお得意の、異能力とか、不可思議な力と考えるのか?」
『そう、ですなぁ……』
と、カン・ロウンは、少し考えるように間をおいて、
『ただ、その……、異能力の可能性についても、すこし微妙で、』
「あぁ”? 微妙、だと――?」
『ああ……。その、タヌ――、妖狐が言うには、会場の周辺や、すこし離れたところにも、異能力者や魔人、邪神といった使い手の気配はなかったとのことでね? いくら、異能力といっても、ある程度、現場のちかくで力を使う必要があると思われるじゃないですか?』
「ま、あ……」
と、マー・ドンゴンは、こんどは曖昧に相づちした。
そこまで話して、
「まあ、いい……。とりあえず、ソユンのヤツが水の匣に襲われて、意識不明だって聞いたからな、気になって電話しただけだ。じゃあな」
『ええ……、それはどうも、ご心配、ありがとうございます』
と、会話は終わり、電話は切れた。
…………
と、席に静けさが戻りつつ、
――ザ、ァァッ……
と、滝の、水辺の音が聞こえてくる。
そんな間をおいて、
「何か、目ぼしい情報は、得られましたか? 彼から」
と、アイスコーヒーを手にしたチャク・シウが、聞いてきた。
「フン……、たいして、分かんねえ、何も進んでねぇ、ってよ。妖狐って、ワケわかんねぇのまで、いるクセしてよ」
やれやれと答えながら、マー・ドンゴンもアイスコーヒーを手にする。
ひと呼吸おいて、
「とりあえず……、まあ、無事なら、良かったですね」
「まあ、な……」
と、仲良くはないものの、パク・ソユンの無事が確認できたことに安堵した。
そうして、アイスコーヒーにスイーツと、
「まあ、せっかくの、コーヒーブレイクだ。いまくらい、何も考えず、ボーッとしようぜ」
「ええ……」
と、ふたりは、束の間の休息を味わうことにした。
店内は相変わらずの、SNS映え目当てだけではないものの、若者たちで賑やかしい。
そんな中だからこそ、
「……」
と、マー・ドンゴンはボーッとして、滝を、水辺を眺めてみる。
澄んだ水が、まさに絶えずして、流れ落ちる。
水辺には、波紋が立つ。
そうして、滝をずっと見ていたからか、まるで幻覚のように、まさに視界が滝の落水のように動きながら、すこし催眠状態に入るときのような状態の中、
「ん、ん……?」
と、マー・ドンゴンは、ある“ナニカ”を感ていた。




