35 もう、電子レンジは、いいっての
(2)
場面は変わって――
蘇州市内にある、アクア・キューブリック社の研究所。
蘇州の自然や伝統的な庭園を、現代的なセンスでアレンジしてデザインされた、水の美しい空間と建築。
そんな、研究所にて、如水イベントの会場とは別に、ここでも警察たちが調査に入っていた。
お洒落で未来的な、いわゆると働いていてもワクワクするような空間であるが、いまは物々しい空気が漂っていた。
白衣姿の、ラボの面々や研究所の職員が見守る中、警察たちは今回の件に関連しそうな様々なサンプルや、研究資料を調べていた。
「これが、今回のイベント会場にて使用された、水のディスプレイを構成するキューブですね?」
科学分析チームの、女が聞く。
ウェーブのかかった髪の、すこし現代のギャルのような装いにインテリメガネの若手のようにみえる。
「え、え……」
研究所の、チームリーダーの、坊主にメガネの中年男が答える。
その助手の女が、
「これを構成するゲルのコアと、触手によって……、この水のキューブは動き、多少、変形をすることが可能になります」
と、サンプルと、研究資料を見せながら説明した。
10センチ四方の、ブロックのような水のキューブ――
このひとつひとつが、“ドット”として、大きなディスプレイを形成していたわけである。
「コアに、触手とは……、クラゲみたいなものか?」
「ですが……、触った感じとしては、ほんとうに、ほぼ、水に近いですね」
と、警察たちは、確認してみた。
クラゲみたいに、“何か弾力的な触感”が返ってくると思ったが、違った。
また、そのほかの関連しそうなサンプルや資料を、より調べていく。
その中で、“とあるサンプル”と資料が見つかる。
「これは、“ポリウォータ”――?」
警察の、ひとりが聞いた。
「え、ええ……、特殊な、まるで“プラスチックのような構造をもった水”――、とでもいうべき物質を可能にする技術です」
チームリーダーの中年男が答え、
「例えば、あるナノチューブ構造をもった物質に、水分子の集合体が入ると、一本の、“一次元構造”をもった特殊な水となることが知られています」
と、助手の女が補足する。
「ちなみに、その、ナノチューブから出したらどうなるんだ?」
ベテラン刑事らしき男が、浮かんだ疑問を質問する。
「ああ、その場合は、また普通の水に戻っちゃうんです」
「――ですので、常時……、“そのような特殊な構造をもった水分子の集合体を安定して存在させる物質”というのを、私どもは研究しているのです」
と、アクア・キューブリック社がわの二人が答えた。
「ほう、」
「それでは……、“これら”の材料や技術の一部が、一連の水の匣事件において使用された――、と考えることも、できないですか?」
警察がわが、アクア・キューブリックの研究者たちに突きつける。
「それ、は……」
と、助手の女と、
「……」
と、チームリーダーの男の顔が、すこし強張る。
うしろにいる他の研究者、スタッフたちも不安そうになる。
そんな中、チームリーダーの男は、
「ただ、我々も、水に関する研究者です。貴方がた警察の調べている“水の匣の水”について、我々も、いくつかデータを見ていますが……、ドローンのように浮遊し、標的を囲んで水の匣に閉じこめ……、長時間、何の入れものや力を加えることなしに、立方体の、匣の形を保つ……、なおかつ、化学分析においては怪しい成分など検出されず、『ただの水道水と同じ――』といった結果しかでない。そのようなもの、とうてい、まだ、我々の技術でできるシロモノではないのです」
と、腹をくくるかのように、警察に主張した。
「……」
ベテラン刑事らしき男と、
「……」
と、警察がわの、科学分析チームのリーダーの男が、ジッ……と、相手がたのリーダーの男を見る。
アクア・キューブリック社がわのふたりも、
「……」
「……」
と、やはり強張りながらも、ジッ……として、その主張を崩すようには見えなかった。
警察としても、確かに、アクア・キューブリック社がわのいうように、報告される水の匣の特徴を実現できる物質や技術というのは、いまのところ、はっきり可能であるということはできなかったが、
「“それ”が可能かどうかは、“我々のほう”でも、調べますが」
「我々もスパコンを持ってますから、計算し、シミュレーションしてみますから」
と、よりアクア・キューブリック社が関与しているという方向で調査を進めようとする。
ここで、アクア・キューブリック社がわから、別の、インテリそうな男が出てきて、
「すみませんが……、ここで、ひとつ、疑問があるのですが」
「あ、ん?」
と、強面の刑事が、威圧感をもって反応しようとしたところ、
「何、でしょうか?」
と、女刑事が間に入るかたちで、まずは、冷静に話を聞いてみる。
アクア・キューブリック社の、恐らくはチームリーダーの優秀な部下の、インテリそうな男が、
「世の中、何をするにもエネルギーというものが必要ですが、それは、この奇妙な水の匣についても例外ではなく、何らかの形で、エネルギーを供給しなければならないと思われますが……、それに関して、貴方がたは、どのように考えてますか?」
と、逆に、警察たちに質問をした。
「エネルギーの供給、だと――?」
刑事のひとりが怪訝な顔をするも、
「まあ、確かに……、ドローンのように水のキューブが浮遊して動き、ターゲットにした人間を襲って匣に閉じ込め、なおかつ、匣の形を維持し続ける――」
「これらには、ある程度のエネルギーというものが必要なのは間違いないですし……、“それ”をどう供給するかというのは、当然の疑問でしょう」
と、警察がわの科学分析チームのふたりは、その質問を妥当なものだと言った。
また、アクア・キューブリック社がわの女が、
「音楽イベント会場では、電力が供給されているのは説明できますが……、他の水の匣事件のケースでは、そのように、簡単にエネルギーが供給されているわけではなさそうですし」
「ええ……、それに、仮に、私どもが水の匣を実現し得るような材料を、水のキューブを開発できたとしても……、その中に、“電池のように自立してエネルギーを供給するようなもの”というのは、いまの技術では、とうてい不可能と思われます」
と、チームリーダーの男が、補足した。
そこへ、
「それなら、ワイヤレス送電で、というのが考えられないでしょうか?」
と、警察がわの、科学分析チームが返した。
刑事の中には、
「ワイヤレス、送電……?」
「ああ、あの、スマホの充電とかの――」
と、ピンと来ない者から、ピンと来る者までいて、
「電磁波によって、送電線なしにエネルギーを伝える方法です」
「恐らくは、もし、水の匣を構成するキューブ群が、“それ”を使用している場合……、水に混和している材料の中に、特定の電磁波をエネルギーに変換する部分があるのでしょう」
「まあ、水分子全体が、マイクロ波のエネルギーを受けちゃうのが、電子レンジなんですけど」
と、科学分析チームたちが補足した。
「そんな、電磁波って、」
刑事のひとりが言って、
「まあ、半分オカルトみたいな感じがしますが、現に、電磁波を用いた兵器というのはありますし……、まあ、その走りのレーダーから派生してできちゃったのが、電子レンジなんですけど」
「もう、電子レンジは、いいっての」
と、つっこみが入った。




