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【水の匣】※書き直し  作者: 石田善二郎
第一章 落水庭園

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3 碧く澄んだ、水の匣

 いっぽう、残されたふたり、別荘の持ち主の男と相方の女は、そこから離れたところにいたのが幸いしたのだろう。

 まだ、水のキューブ群の標的とは、されていなかった。

「み、みんなッ!!」

 女が叫び、

「くっ――!!」

 男が、悲痛そうに顔を歪める。

 眼前の惨劇を見ながらも、


(こ、これは、助けることはできない――)


 と、持ち主の男が、そう悟った。

 逃げるしかないとの判断を、言葉にするより先に、

「に、逃げようよ!!」

 と、女のほうが言って、腕を掴んできた。

「あっ、ああ……!!」

 男が、すこしタイミングが遅れながらも、返事をする。

 そして、


 ――タ、タッ!!


 と、その場から離れるべく、敷地の門へと向かって駆けだした。

 走りながら、

「逃げて、警察を呼ぼ!!」

 と、女が言って、

「あ、ああ!!」

 と、男が答えた。

 まあ、警察を呼んで、どうにかなるのか――? という話であるが。

 そうしながらも


 ――ギュ、ィィン……!!


 と、水のキューブたちが、ふたりに気がついたのか、追ってきた!!

「ま、マズいッ!!」

 男が、後ろをチラっと見ながら叫んだ。

 ふたりは逃げ続ける。

 中庭を抜けて、敷地の門が見えてくる。

 高さのあり、装飾が豪華かつ、重厚な門。

 ただ、それは閉まっていた。

 男は、

 ――ポチッ……

 と、スイッチを押す。

 すると、


 ――ゴ、ゴ、ゴォ……


 と、重たい門は、ゆっくりと開き始めた。

 ただ、その動きは、“ゆっくり寄りのゆっくり”であり、

「は、早くぅっ!!」

「く、くそッ!!開いてくれ!!」

 ふたりは叫ぶ。

 その間に、

 ――ピッ、ピッ――

 と、駐車場の車を解錠した。

 停まっていたのは、高貴な赤色のスポーツ・カー、フェラーリ。

 ふたりは、車のほうへと駆け寄り、乗ろうとした。

 だが、車で逃げようとした選択は、不味かった――

 ふたりは車に乗り、男が、

「くっ、は、早く、動いてくれ!!」

 と、エンジンをかけようとした。

 そのとき、

「あっ――!? きゃぁぁッー!!」

 と、女が声をあげた。

 すなわち――!!

 こちらに追いついたのか、現れた水のキューブ群に襲われ、続けざま

「うっ――!? うわぁぁん!!」

 と、男も捕まってしまった。

 ふたりを取りこんだ、水のキューブが融合し、まだ匣ではない“塊”になる。

 それは、


 ――ぐ、にゃぁ……


 と動き、そのまま、ふたりを車から出した。

 そうして、ふたつの水の塊は、赤いフェラーリを横にして、

 ――シュ、ピーン……!!

 と、融合し、こんどは完璧な四角形から構成される。碧く澄んだ、水の匣へと形を変えていく。

 まあ、これは、すこし“幸い”だったのかもしれない。

 夕暮れの、落水の調べとのテーマの如く――、彼ら、カップルは別れることなく一緒に、まるでアート作品のような、ひとつの匣に収められたわけである。



          ***



 そして、数十分後のことである。

 ――ブーン……!

 と、バイクの音ともに、ふたりが頼んでいたのだろう、デリバリーが来たのだ。

「はぁ……、くっそ、疲れた」

 運転手の男は、ため息しながらボヤいた。

 暑い中、ずっと働きづめていた。

 そうして、注文のあった、この別荘地。

 自分は汗だくでクタクタないっぽう、この地の住人たちは、優雅に、涼しいひとときを過ごしているのだろうと考えると、面白くもなかった。

 そうして、男は注文先の、大きな屋敷の門についた。

 バイクを停め、注文の品を確認しつつ、

「オードブル、か……」

 と、男が言った。

 この量は、5、6人で、パーティでもしているのだろう。

 まったく、良い身分なもんだぜ。

 そう、男は内心、嫌味を言いたくなった。

 ただ、そうしながらも

「ん――?」

 と、男は、“あること”に気がついた。

 屋敷の大きな門の、おそらくは自動扉が、


 ――ガラッ……


 と、無防備にも開いていたのだ。

「あ、開いてんじゃねぇか? 無防備だなぁ」

 男は、ポカンとしつつも、すこし呆れる。

 ただ、そのまま入るのもどうかと思い、

 ――ピン、ポーン……、ピン、ポーン……

 と、呼び鈴を鳴らした。

 そうして、数秒、10秒ほど待つこと、


 …………、…………


 と、しーん……として、応答することはなかった。

「あ、あ”?」

 男は、汗の垂れる顔を歪めながらも、

 ――ピン、ポーン……、ピン、ポーン、ピンポーン……!

 と、こんどは、すこし急かすように鳴らしてみた。

 それでも


 …………、…………


 と、静まり返るばかりで、何も、応答がなかった。

「は、ぁ!?」

 男が、思わず大きな声を出した。

 中で、どんちゃん騒いでいて気がつかないのか――? それとも、何か、イタズラでもされたのだろうか?

「くっそ! ふざけてんのか?」

 男が、怒りに吐き捨てる。

 イライラをぶつけながらも、

「てか……、そもそも、開いてるしな」

 と、門から敷地のほうへと、近づく。

 このまま、乗り込んで、文句のひとつでも言ってやろうか――?

 そうすると向こうは、不法侵入とでも、文句を言ってくるのだろうか?

 そのように考えながらも、

「う、ん……?」

 と、男は、目を凝らして確認する。

 どこか、人の気配がするようで、しないような……

 そんな、妙な感じがした。

 そうして、


 ――スタ、スタ……


 と、いちおう申し訳なさそうに、やむを得ず感を出しながら門から敷地へと入っていき、

「デリバリー、でーす! 届けに、来たんですけどー!」

 と、気づいてもらえるよう、声をあげながら歩んでいった。

 そのとき、


「えっ――?」


 と、男は目を見開き、


 ――ド、サッ……


 と、続けざまに、オードブルの入ったデリバリー用のバッグを落としてしまった。

 その、男の見た先――

 そこには、高貴な、赤い跳ね馬のごとき、フェラーリ。

 それを横にして佇む、碧く澄んだ、“水の匣”――

 そして、中には、美術作品のように、美しく最後を迎えた男女の姿があった。

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