19 マンガのように横転しにかかる
(2)
場面は変わって――
中国は、その、蘇州にて。
上海のお隣の、東洋のベニスと呼ばれる、水郷の街として知られる。
水路に沿って連なる、濃いグレーの煉瓦だったり、白い漆喰壁に“うだつ”を設けた古い中華建築群。
それら落ち着いた無機色に、屋根や壁に飾られる赤い提灯、しだれ柳などの水辺の樹々の色彩が協奏し、水郷の街としての趣ある光景。
いっぽう、それらの古い街並みの背後には、現代的な高層建築群も広がる。
そんな、悠久の歴史の流れを感じさせる、落ちついた蘇州の街を背景として、
――ドッ!! ドッ!! ドッ、ドッ――!!
と、落ちつきのなく喧しく!! ドラムの音が鳴り響く!!
さらに、空を見るに、
――ブッ、シャァァッ――!!
と、ウォーターキャノンの豪快な水しぶき!!
飛び交うビーチボールに、浮き輪!!
そう、である――!!
水の滴る、水遊びにもハードコアな音楽イベント!! 【如水】ミュージックフェス――!!
そして、
「――何? アンタたちも、来たわけ?」
と、舞台裏にて、パク・ソユンが開口一番、言った先――
そこには、
「ああ……、来ちゃったよ、ソユン」
と、呑気そうに答えるカン・ロウンを筆頭に、キム・テヤン、それからドン・ヨンファの、SPY探偵団メンバー三人の姿があった。
彼らはイベント当日に、この舞台裏に、顔パスで入ってきた。
まあ、それというのは、いちおうは財閥のボンボンの実業家として顔の広いドン・ヨンファが、イベントのプロデューサーや出資者たちと仲がいいこと、それから、パク・ソユンとの仲も知られていることもあるからだった。
「いや、何で? 来たわけ?」
パク・ソユンが、その理由を聞く。
なお、顔は不機嫌そうとも、何とも読み取れない表情であるが、
「いや、ここ蘇州に、“水の匣”に、何らか係わりのありそうな企業がある――、って情報が、あって、さ?」
と、ドン・ヨンファが、すこし恐る恐るとしながら答える。
「何らかの、係わり?」
パク・ソユンが、聞き返す。
「ああ……、先日、僕の、研究者の友人に……、ス・イジュンに、ソユンが現場でパクってきた水を調べてもらいに行くって、話をしてただろ? そこで、イジュンと話す中で、“ポリウォータ説”ってのが、出てきてね」
と、ドン・ヨンファはそこまで答えると、
「ポリ、ウォータ――?」
と、パク・ソユンが【ポリウォータ】とのワードに引っかかり、ふたたび聞き返した。
「ああ、重合した水……。簡単にいうと、“プラスチックのようになった水分子の集合体”――、ってところ、かな? もし、“そのような水”であれば、“水の匣”という形も実現可能だと思われるし……、分析しても、ただの水道水と変わらないような、成分分析結果が出るだろうからね」
ドン・ヨンファは答える。
「はぁ、」
パク・ソユンは、気の抜けた相づちをしながら、
「だからって、わざわざ、皆して……、ヒマなの?」
「まあ、ヒマなのは、否定できないな」
と、カン・ロウンが答え、
「けっ、俺は、別に来たくなかったんだけどよぅ」
と、キム・テヤンが舌打ちした。
「はぁ、」
パク・ソユンは、相変わらずの、気の抜けた相づちをする。
そうしつつも、
「まっ、いいや……。とりま、もうちょいで、私の番だから、さ? ここにいるなら、適当に、愉しんでてよ」
「ああ、お言葉に、甘えて」
と、パク・ソユンとカン・ロウンは、そう言葉をかわした。
なお、
「……」
と、ドン・ヨンファは、チラリ……と、会場内を見渡した。
まさに、水しぶきの舞い、水の滴るプール。
そこから上のほうをフォーカスすること、壇上では、イケメン韓流DJのオイスターの姿があった。
ノースリーブの、夏スタイルのモダンチャイナ服を身にまといながらも、麗しくも水を艶やかに滴らせ、クールかつセクシーにDJプレイをしていた。
「やっぱ、イケメンだよね? オイスター」
ドン・ヨンファは、パク・ソユンにそう話しをふるも、
「ん? そう?」
「そう――? って、まあ、世間一般には、イケメンに見えるけど」
「はぁ、」
と、気の抜けた返事しか、返ってこなかった。
まあ、このパク・ソユン――、こちらも、誰もが美女だというであろう、DJ兼モデル美女であるものの、いわゆるイケメンというものには、まったく興味がなさそうではあった。
まあ、グロ動画を永延と、表情を変えずに視聴するのが趣味であることから、そうした顔の良し悪しなど、どうでもよいのかもしれない。
そうしている横から、
「ん……? アレ、は?」
と、カン・ロウンが、“何か”に気がついたように、
――スッ……
と、指をさした。
その、軽く伸びた指のさす先――
そこには、
――ゆ、らぁぁ……
と、“水のディスプレイ”が、壇上背後の、空中でうごめいていた。
「ああ、“これ”?」
パク・ソユンも、指をさしながら、
「なんか、新しい技術を用いた、ディスプレイというか映像アートらしいんだけど……、何でも、“自己組織化”、だっけ――? そんな感じで、小っちゃい球体ドローンが、水をくっつけて動くみたい」
「そこに、映像を投影しているって感じかい?」
「ぽよ」
と、カン・ロウンに答える。
なお、その小さいドローンとやらの周囲に、どんな素材や力を用いているのか――? パク・ソユンがいうように、水がくっついている形である。
そして、その形というのは、球体であったりキューブ状であり、それらがドット絵のドットのように振舞っていた。
こうしている間にも、
――ゆ、らぁ……、シャキンッ――!! シャ、キンッ――!!
と、水のキューブでできたドットが動き、ディスプレイを曲に合わせて変化させる。
それを見ながら、
「もしかして……? これに、その、友人の云う“アクア・キューブリック社”が、関わっているってことだな? ヨンファ」
カン・ロウンが聞いた。
「う、ん……。イジュンの言うことが、うs――、間違って、なければ」
「アンタ、いま、嘘って言いかけたでしょ」
「うっ、う……」
とここは、パク・ソユンがつっこみ、ドン・ヨンファはすこしたじろいだ。
また、パク・ソユンが、
「それで? アンタの友だちに調べてもらったら、この、“水のディスプレイ”っていうのかな――? の、ドローンってのが、何か、“水の匣”に関係ありそうって話になったわけ?」
「まあ、これを開発している企業の名前が、彼と話している中で出てきてね。さっきの、“ポリウォータ”ってのと、いっしょに」
「はぁ、」
と、パク・ソユンが、相づちした。
また続けて、
「それで? これは、どんな技術なわけ?」
と、そのまま、パク・ソユンが質問する。
ちなみに、話に入ってこないキム・テヤンであるが、
「……」
と、無言ながら、「ちっ、」と、相変わらず舌打ちしてきそうな嫌そうな顔をしていたが。
それはさておき、ドン・ヨンファが答える。
「う~ん……、何やら、資料を見るに……、球体ドローンに、その周りに、ゲル状の混和物なのかな……? ごく小さな、触手みたいなのが、ついているみたいでね……。それを、電波や電流でコントロールすることで、あんなふうに動かしているみたい」
「へぇ、」
と、パク・ソユンが、軽くうなづいた。
そのように話していると、
――スタ、スタ……
と、タイムテーブルを確認しながら、ゴーグルサングラスのホン・ドヒョンとキム・ユナのふたりが、こちらへやってきた。
「おっ? そろそろ、かな」
と、ホン・ドヒョンが、ゴーグルサングラスを眩しい太陽で光らせながら、腕時計を確認しながら言った。
「あ、あ?」
パク・ソユンが、ゆるり……と反応する。
また、そこへ、
「ソウちゃ~ん? 出番ですよぉ~?」
などと、キム・ユナがすこしふざけた様子で、まるで、「ルビィちゃぁ~ん、何が好きぃ~」のところのように呼びかけたところ、
「はぁ~”~”い――!!」
と、パク・ソユンが唐突に、低くも高くビブラートの聞いた声――、すなわち、かのミッキーマウスのような声でそれに答えてきた。
そんなのを聞いたものだから、
「「「「――!?」」」」
と、カン・ロウンをのぞいた四人が、
――ガ、クッ――!!
と、マンガのように横転しにかかる。
「ん? どうした、ぽよ?」
と、パク・ソユンがキョトンとするも、
「「「「どうしたぽよって、お前が急に、ミッキーみたいな声するからに決まってんだろう!! いい加減にしろ!!」」」」




