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【水の匣】  作者: 石田善二郎
第四章 蘇州にて

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18 “いかつく”も野獣みのある先輩

 ふたりは、さらに話す。

「それに、もし、特殊な水だとしても……、それを、現場近くの水源だったりに、何らかの形で投入、混和させる必要があると考えられますからね……」

「つまり……、現場か、少なくともその付近に、犯人、もしくはその代理人が、一度は足を運ばなければならないということだからな」

「ええ……」

 と、チャク・シウがうなづき、

「確かに、あまり離れた水源だと、いくら特殊な混和物だとしても……、希釈されちまって、その効果が弱まるか、無くなっちまうだろうからな」

 と、マー・ドンゴンが補足した。

 また、チャク・シウが、

「ただ、そのようなことをした――、すなわち、現場や付近の水源などに“ナニカをした”と思しき怪しい人物というのは……、これまでの匣事件のケースでも、報告されていませんからね」

「“それ”、なんだよな。たまたま、近くにいた人間が疑われたりしたものの、すこし調べたら、皆、シロだったみてえだからな」

「それに、先の現場の……、あの地域は、監視カメラが多いですからね」

「ああ……。金持ち連中の、別荘や豪邸が多いからな。変なことしてたら、俺たち警察か、連中お抱えの警備会社にでも、すぐに通報されちまうからな」

「なので……、もし、何らかの手段で、特殊な水を、あの庭園の水……、あるいは給水設備に仕込もうとしても、なかなか難しいでしょうね」

「まあ、業者に紛れ込んで、設備の点検の時に入れることができる可能性ってのも、ゼロじゃないけど……」

 と、マー・ドンゴンが言いつつ、

「それで、あの別荘近辺の、事件前後の記録を調べたら……、いたのは、デリバリーのあんちゃんだけだったてんだろ?」

「みたい、ですね」

 と、そこまで、現場別荘の情報について確認して、

「そうすると……、もし、“特殊な水を実現できるナニカ”を持っていたとしても、“犯行を成功させる”ってのは……、“素人が果物ナイフか使い捨てカッターナイフで、複数人の暗殺を成功させるレベル”で、可能性は低いのか?」

「あっ? いまの、いい例えですね、警部」

「おう、当たりまえよ」

 クールな表情でヨイショしたチャク・シウに、マー・ドンゴンが渋くもドヤ顔をしてみせた。


 ここまで話して、『特殊なナニカという仮説であったとしても、犯行を成功させる可能性は低いのでは?』と、ふたりは見解を一致させた。

「そう、すると……? “異能力”――、ってことに、なっちまうのか? まさかよぉ?」

「異能力、ですか……」

 と、ふたりは、こんどは異能力説についても、半信半疑ながら検討していく。

「ただ、異能力にしてもよ……? さっきの、単独犯か複数犯かって問題もそうだが……、おそらく、“ある程度近い距離”で、能力を発動する必要がねぇかな?」

「まあ、そうですね……、“常識的な範囲内”の、異能力でしたら」

 と、チャク・シウは少し考えるような仕草をして、記憶にある、異能力や異能力と思しきものの出てくる様々な創作、エンタメ作品を思い出してみる。

「だいたい、その異能力を発動できる距離……、まあ、“射程距離”みてぇなもんか――? ってのは、だいたい目視できるほどの距離か、遠くても、狙撃用ライフルのスコープで狙う程度の距離じゃねぇか? 知らねぇけど」

 マー・ドンゴンが話しつつ、大阪人の『知らんけど』のように断わりをいれる。

「つまり……、世にある銃火器と、それほど大差はない――、って距離感、ですね?」

「おうよ。間違っても、長距離空対空ミサイルや弾道ミサイルみてえな、百キロ千キロメートル単位の遠隔的な異能力のは、あまり、出てこねえんじゃねぇか? まあ、俺のエンタメ作品の見聞ってのが、狭いだけかもしれねぇけど」

「まあ、私も、そこまでアニメ観たり、ゲームはしないですけど……、警部と同じイメージですね」

 と、ここまでも、ふたりの意見は、おおむね一致する。


 そうして、フラペチーノの、青いゼリーやらタピオカをつつきながら、

「そうすると……、残るは、“超生命体説”ってのに、なんのか? あ、ぁ”ん?」

 と、マー・ドンゴンが、渋い顔をして言うと、

「超、生命体……って、のは? 何か、SFで出てきそうな、ケイ素生命体といった感じの――?」

「おうよ。そんな、感じよ」

 と、“ケイ素生命体”とのワードを出した部下に相づちしながら、

「一見すると、H2Oの分子からなる水だがな……、何か、“異常な構造”があって……、まるで生命体や機械のように、情報を処理し、動き、器を無しに形を保つ能力をもつ、“超生命体水”――」

「……」

 と、チャク・シウは、クイッ……とインテリメガネを直しつつ、“いかつく”も野獣みのある先輩に続いて、

「それで、さらに……、他の水と混ざることで、あの、何でしたか――? プリオン病みたいに……、他の、“普通の水”をも、異常な構造をもった生命体水に変換してしまう――」

「おうよ! それで、世の中は、“水の匣”だらけになったりしちまって、な!」

「そんな、まるで、B級SFみたいですね」

「まあ、これは、最悪の……、バカくさい想像だ!」

 と、マー・ドンゴンが、「やれやれ、だぜ!」の仕草をしてみせ、

「もし……、“そう”なった時は……、“彼ら”に、任せますかね?」

「そうだ。んな、バカくさいもん、ロウンとソユンのヤツラ、胡散くせえ連中に任せときゃいいんだよ」

 と、カン・ロウンとパク・ソユンの名をあげた。

 すると、

「ああ……? 警部、頬に、クリームが――」

 と、チャク・シウは、マー・ドンゴンの頬にクリームがついてしまったのに気がついた。

「おっ? ほんとだ」

 気づいたマー・ドンゴンに、

「よろしければ、取りましょうか? “それ”を、“期待している視線”も感じますし」

「ああ”? やめれってんだよ。まったく、俺は、ヤツラの趣味に答えるサービス精神はねぇってんだよ」

 と、冗談なのか本気なのか、表情変えずに言うチャク・シウに、マー・ドンゴンが、「勘弁してくれよ」の仕草をした。

 そうしながらも、

「やれやれ、だぜ……」

 と、クリームを拭ったマー・ドンゴンの横、

 ――スッ……

 と、チャク・シウが、スマホを取り出した。

 すこし触るなり、

「おっ? これは……、警部、」

「おっ? どうした?」

 と、何か気になるものがあったのか、その画面を見せた。

「“これ”、彼らの、パク・ソユンのSNSですが……、どうやら、すくなくともソユンは、蘇州に行ってるみたいですね」

「ああ”? 蘇州、だぁ?」

 と、チャク・シウのスマホの画面――

 そこには、上海や蘇州の街で撮影したパク・ソユンの画像が、イベントのフライヤーとともに映し出されていた。

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