18 “いかつく”も野獣みのある先輩
ふたりは、さらに話す。
「それに、もし、特殊な水だとしても……、それを、現場近くの水源だったりに、何らかの形で投入、混和させる必要があると考えられますからね……」
「つまり……、現場か、少なくともその付近に、犯人、もしくはその代理人が、一度は足を運ばなければならないということだからな」
「ええ……」
と、チャク・シウがうなづき、
「確かに、あまり離れた水源だと、いくら特殊な混和物だとしても……、希釈されちまって、その効果が弱まるか、無くなっちまうだろうからな」
と、マー・ドンゴンが補足した。
また、チャク・シウが、
「ただ、そのようなことをした――、すなわち、現場や付近の水源などに“ナニカをした”と思しき怪しい人物というのは……、これまでの匣事件のケースでも、報告されていませんからね」
「“それ”、なんだよな。たまたま、近くにいた人間が疑われたりしたものの、すこし調べたら、皆、シロだったみてえだからな」
「それに、先の現場の……、あの地域は、監視カメラが多いですからね」
「ああ……。金持ち連中の、別荘や豪邸が多いからな。変なことしてたら、俺たち警察か、連中お抱えの警備会社にでも、すぐに通報されちまうからな」
「なので……、もし、何らかの手段で、特殊な水を、あの庭園の水……、あるいは給水設備に仕込もうとしても、なかなか難しいでしょうね」
「まあ、業者に紛れ込んで、設備の点検の時に入れることができる可能性ってのも、ゼロじゃないけど……」
と、マー・ドンゴンが言いつつ、
「それで、あの別荘近辺の、事件前後の記録を調べたら……、いたのは、デリバリーのあんちゃんだけだったてんだろ?」
「みたい、ですね」
と、そこまで、現場別荘の情報について確認して、
「そうすると……、もし、“特殊な水を実現できるナニカ”を持っていたとしても、“犯行を成功させる”ってのは……、“素人が果物ナイフか使い捨てカッターナイフで、複数人の暗殺を成功させるレベル”で、可能性は低いのか?」
「あっ? いまの、いい例えですね、警部」
「おう、当たりまえよ」
クールな表情でヨイショしたチャク・シウに、マー・ドンゴンが渋くもドヤ顔をしてみせた。
ここまで話して、『特殊なナニカという仮説であったとしても、犯行を成功させる可能性は低いのでは?』と、ふたりは見解を一致させた。
「そう、すると……? “異能力”――、ってことに、なっちまうのか? まさかよぉ?」
「異能力、ですか……」
と、ふたりは、こんどは異能力説についても、半信半疑ながら検討していく。
「ただ、異能力にしてもよ……? さっきの、単独犯か複数犯かって問題もそうだが……、おそらく、“ある程度近い距離”で、能力を発動する必要がねぇかな?」
「まあ、そうですね……、“常識的な範囲内”の、異能力でしたら」
と、チャク・シウは少し考えるような仕草をして、記憶にある、異能力や異能力と思しきものの出てくる様々な創作、エンタメ作品を思い出してみる。
「だいたい、その異能力を発動できる距離……、まあ、“射程距離”みてぇなもんか――? ってのは、だいたい目視できるほどの距離か、遠くても、狙撃用ライフルのスコープで狙う程度の距離じゃねぇか? 知らねぇけど」
マー・ドンゴンが話しつつ、大阪人の『知らんけど』のように断わりをいれる。
「つまり……、世にある銃火器と、それほど大差はない――、って距離感、ですね?」
「おうよ。間違っても、長距離空対空ミサイルや弾道ミサイルみてえな、百キロ千キロメートル単位の遠隔的な異能力のは、あまり、出てこねえんじゃねぇか? まあ、俺のエンタメ作品の見聞ってのが、狭いだけかもしれねぇけど」
「まあ、私も、そこまでアニメ観たり、ゲームはしないですけど……、警部と同じイメージですね」
と、ここまでも、ふたりの意見は、おおむね一致する。
そうして、フラペチーノの、青いゼリーやらタピオカをつつきながら、
「そうすると……、残るは、“超生命体説”ってのに、なんのか? あ、ぁ”ん?」
と、マー・ドンゴンが、渋い顔をして言うと、
「超、生命体……って、のは? 何か、SFで出てきそうな、ケイ素生命体といった感じの――?」
「おうよ。そんな、感じよ」
と、“ケイ素生命体”とのワードを出した部下に相づちしながら、
「一見すると、H2Oの分子からなる水だがな……、何か、“異常な構造”があって……、まるで生命体や機械のように、情報を処理し、動き、器を無しに形を保つ能力をもつ、“超生命体水”――」
「……」
と、チャク・シウは、クイッ……とインテリメガネを直しつつ、“いかつく”も野獣みのある先輩に続いて、
「それで、さらに……、他の水と混ざることで、あの、何でしたか――? プリオン病みたいに……、他の、“普通の水”をも、異常な構造をもった生命体水に変換してしまう――」
「おうよ! それで、世の中は、“水の匣”だらけになったりしちまって、な!」
「そんな、まるで、B級SFみたいですね」
「まあ、これは、最悪の……、バカくさい想像だ!」
と、マー・ドンゴンが、「やれやれ、だぜ!」の仕草をしてみせ、
「もし……、“そう”なった時は……、“彼ら”に、任せますかね?」
「そうだ。んな、バカくさいもん、ロウンとソユンのヤツラ、胡散くせえ連中に任せときゃいいんだよ」
と、カン・ロウンとパク・ソユンの名をあげた。
すると、
「ああ……? 警部、頬に、クリームが――」
と、チャク・シウは、マー・ドンゴンの頬にクリームがついてしまったのに気がついた。
「おっ? ほんとだ」
気づいたマー・ドンゴンに、
「よろしければ、取りましょうか? “それ”を、“期待している視線”も感じますし」
「ああ”? やめれってんだよ。まったく、俺は、ヤツラの趣味に答えるサービス精神はねぇってんだよ」
と、冗談なのか本気なのか、表情変えずに言うチャク・シウに、マー・ドンゴンが、「勘弁してくれよ」の仕草をした。
そうしながらも、
「やれやれ、だぜ……」
と、クリームを拭ったマー・ドンゴンの横、
――スッ……
と、チャク・シウが、スマホを取り出した。
すこし触るなり、
「おっ? これは……、警部、」
「おっ? どうした?」
と、何か気になるものがあったのか、その画面を見せた。
「“これ”、彼らの、パク・ソユンのSNSですが……、どうやら、すくなくともソユンは、蘇州に行ってるみたいですね」
「ああ”? 蘇州、だぁ?」
と、チャク・シウのスマホの画面――
そこには、上海や蘇州の街で撮影したパク・ソユンの画像が、イベントのフライヤーとともに映し出されていた。




