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【水の匣】  作者: 石田善二郎
第四章 蘇州にて

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17/26

17 ああ”? 誰が、野獣だってんだよ?




          (1)




 ここで、また場面は、韓国のソウルへと変わる。

 マー・ドンゴンとチャク・シウの刑事コンビは、午前のコーヒーブレイク中だった。

 先日の、現場周辺を調査・捜査していたものの、目ぼしいものは得られなかった。

 そこから、車を走らせ、滝を眺めることのできるデッキがあり、なおかつカフェでもあるデートスポットにて、一服というわけである。

 なお、この場所も、幾らか前に水の匣が出現した場所――、すなわち、数人が、水の匣に閉じ込められて犠牲になった場所ではある。

 まあ、よくも、“そんな場所”でコーヒーを飲むな、というところではあるが。


「ふぅ……」


 と、“いかつい”絵面をしたマー・ドンゴンが、滝のほうを、ボーッ……と、ひとり眺めていた。

 ちなみに、相方のチャク・シウは、レジのほうで注文の品を待っているところである。

 あくまで、“殺人”――、なのか――? “事件”のあった場所。

 ただ、その、“ガイシャ”というべきか――、彼らは“水の匣”という、どこか非現実的なアート作品のようになっていたわけである。

 ゆえに、血なまぐささや、あるいは“凄惨さ”といったものはなかった。

 まあ、そこは、せめてもの救いなのかもしれない。

 なので、殺人事件としての実感というのは、すこし薄い。

 そうであるからか、事件ののちも、こうしてカフェは問題なく営業をしており、事件前と同じくらい客で賑わっていた。


 ――サ、ァァッ……


 と、滝の、爽やかにも柔らかい水の音が聞こえる。

 その、滝の落水、流水を、

「……」

 と、マー・ドンゴンが、ぼぉっー……としたまま、半ば無意識になって眺める。

 形なく流れる、水――

 その形の無いさまが、『世の無常』の象徴のように謳われたり、あるいは、その形を器に対して柔軟に変えるところが、『上善水が如し――』などと、人の在り方や処世術にも例えられたりする。

「そんな、“形の無い水なんてもん”が、何の器も無しに……、あんな、“匣の形”に変わるとは、な……」

 マー・ドンゴンは滝を眺めながら、ふと、ひとり言を口にした。

 ワンチャン、超生命体のように――、もしかすると、宇宙から“こっそり落ちてきた隕石”とか、何か、ケイ素生命体のような、“水でできた超生命体のようなもの”がいて……、それが、この韓国、日本、中国と、潜みながら広がっているのか――?

 そして、“感染”するようにして、“ただの水”をも……、“超生命体水”みたいなものへと、変化させているのだろうか――?

 そんな、SFの妄想のようなものが思い浮かんでいたところ、


「――警部、お待たせしました」


 と声がして、チャク・シウが、テーブルのほうに戻ってきた。

 ふたりして、甘党なのか、新作のチャイナブルー・フラペチーノを頼んでいた。

 スカイブルーをベースに、クリームの白や、爽やかな黄色が調和する、何とも夏らしいフラペチーノである。

「おう、あんがと、」

 マー・ドンゴンは礼を言った。

 チャク・シウも、スッ……と、椅子へと座った。

 そんな、ふたりを見てか、すこし離れたテーブルのほうから、

「わぁ……、あの人、すごいイケメン」

「切れ長の目に、あの眼鏡が、めっちゃクールそう……」

「でも……、隣の人? ちょっと“いかつ”くない?」

「いや、でも、なんか、美男と野獣のカップリングみたいで、逆に萌えるんだけど」

 などと、聞こえてきたので、

「ああ”? 誰が、野獣だってんだよ?」

 と、マー・ドンゴンが、面白くなさそうに顔をしかめて、

「野獣ってのは、こっちか? おいっ――?」

 と、チャク・シウを指しつつ、声のしたほうに鋭い視線を返した。

 そんな、いかついマー・ドンゴンに睨まれたた、え。

「……」

「……」

「……」

 と、彼らは黙りながら、

「い、いやぁ……」

「そのぉ……」

 と、弁解しながら視線を逸らす者から、

「ま、まあ、“そんなカップリング”も、ないことはないけど……」

「いや、だから、私は、“そっちのカップリング”のほうが、萌えるんだって』

 などと開き直り、すこし目線を“腐らせる”者もいた。


 そんなふうに、思わぬ外野からの視線を追い払って、

「まったく、よぅ……」

 と、マー・ドンゴンは、ようやく、夏限定、チャイナブルー・フラペチーノに手をつける。

 ただ、せっかくのスイーツを味わいながらの一服タイムであるものの、

「しかし……、何も、目ぼしい情報は得られなかったな」

「です、ね……」

 と、ひとくち口にするなり、ふたりは事件の話題へと入る。

 まあ、これも、調査・捜査を生業にするもののさがなのだろう。

 そうして、先の現場周辺について話そうと思ったところ、

「――ん? そういえば、“あいつら”……、“あの水”、どうしたんだろうな?」

 ふと、マー・ドンゴンが、先日の、カン・ロウンとパク・ソユンのことを思い出した。

「あの、水……? ああ、」

 チャク・シウも、すぐにピンときて、

「まあ、どこかで、調べてもらっているんですかね? それでしたら、何か、結果が分かれば、こちらにも共有してほしいですね」

「フン、あんな、ヤツラのデータなんかいるかよ」

 と、マー・ドンゴンが、面白くなさそうな顔をし、

「まあ、でも……、あの水も、我々からの、借りパクみたいなものですし」

「まあ、確かに……。だけど、調べてもらったとしても、どうせ、『ただの水でした――』って結果が、出てくるだけなんじゃねぇか」

 と、あまり期待してなさそうに言い、青いフラペチーノに口をつける。

 ただ、

「しかし……、もし、“何か特殊なものが含まれている水”――、だとしましたら……? どう、します?」

 と、そこで、この話題は終わらせずに、チャク・シウがさらに質問をした。

「う~ん……? 何か、“特殊なもの”、とな……?」

 マー・ドンゴンが、すこし唸りながら考え、

「“それ”が、水に溶けていることで……、あんな、何の容器もなしに“水の匣”の“形”を保てたり……、あるいは……」

 と、その続きを、

「水――、水の塊が、何かドローンのように操縦されるか……、あるいは、人工知能のように自律して動き、ガイシャたちに襲いかかって、水の匣に閉じ込めた――」

 と、チャク・シウが、言葉にした。

 それを聞いて、

「そんな……、バカな……」

 と、マー・ドンゴンが、思わず“そんな顔”をした。

「まあ、想像……、ですが」

 チャク・シウが、いちおうの断りを入れつつ。

 そのチャク・シウが、続けて、

「ちなみ、ですが……、仮に、もし、“何か特殊な水”を、犯行のための“ガジェット”とすることが可能だとしましても……、ちょっと、私は、何か“ひっかかるもの”がありましてね」

「ああ”? 何か、“ひっかかるもの”だと?」

 とここで、何か見解があるようで、

「ええ……。それを、すこしは話させてください。まず、仮にですが、この一連の“水の匣事件”というのが、単独犯だとしますと……、例えば、このケース――」

「お、ん……?」

 と、タブレットで資料を見せながら、

「中国の、鳳凰と……、日本の黒部での、犯行というか、“出現した”水の匣ですけど……、この二つケースの間の時間というのは、たった、二日しかありませんよよね?」

「――だな。短時間で、国をまたいで匣が出現したケース、か……」

 と、マー・ドンゴンが相づちして、

「そうすると、単独犯じゃなくて……、複数、犯人がいるのか? あるいは、もっと、組織的な事件なのか?」

 と、天を仰ぎながら、疑問を口にするも、

「――だとしても、この水の匣に関連しうる、あらゆる通信記録を追っているみてえだが……、いまのところ、目ぼしい結果は無いようだしな」

「ええ……」

 と、頭の中で振り返って捜査状況を考えるに、複数犯や組織犯を裏づけるものは、確かに、いまのところは無かった。

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