17 ああ”? 誰が、野獣だってんだよ?
(1)
ここで、また場面は、韓国のソウルへと変わる。
マー・ドンゴンとチャク・シウの刑事コンビは、午前のコーヒーブレイク中だった。
先日の、現場周辺を調査・捜査していたものの、目ぼしいものは得られなかった。
そこから、車を走らせ、滝を眺めることのできるデッキがあり、なおかつカフェでもあるデートスポットにて、一服というわけである。
なお、この場所も、幾らか前に水の匣が出現した場所――、すなわち、数人が、水の匣に閉じ込められて犠牲になった場所ではある。
まあ、よくも、“そんな場所”でコーヒーを飲むな、というところではあるが。
「ふぅ……」
と、“いかつい”絵面をしたマー・ドンゴンが、滝のほうを、ボーッ……と、ひとり眺めていた。
ちなみに、相方のチャク・シウは、レジのほうで注文の品を待っているところである。
あくまで、“殺人”――、なのか――? “事件”のあった場所。
ただ、その、“ガイシャ”というべきか――、彼らは“水の匣”という、どこか非現実的なアート作品のようになっていたわけである。
ゆえに、血なまぐささや、あるいは“凄惨さ”といったものはなかった。
まあ、そこは、せめてもの救いなのかもしれない。
なので、殺人事件としての実感というのは、すこし薄い。
そうであるからか、事件ののちも、こうしてカフェは問題なく営業をしており、事件前と同じくらい客で賑わっていた。
――サ、ァァッ……
と、滝の、爽やかにも柔らかい水の音が聞こえる。
その、滝の落水、流水を、
「……」
と、マー・ドンゴンが、ぼぉっー……としたまま、半ば無意識になって眺める。
形なく流れる、水――
その形の無いさまが、『世の無常』の象徴のように謳われたり、あるいは、その形を器に対して柔軟に変えるところが、『上善水が如し――』などと、人の在り方や処世術にも例えられたりする。
「そんな、“形の無い水なんてもん”が、何の器も無しに……、あんな、“匣の形”に変わるとは、な……」
マー・ドンゴンは滝を眺めながら、ふと、ひとり言を口にした。
ワンチャン、超生命体のように――、もしかすると、宇宙から“こっそり落ちてきた隕石”とか、何か、ケイ素生命体のような、“水でできた超生命体のようなもの”がいて……、それが、この韓国、日本、中国と、潜みながら広がっているのか――?
そして、“感染”するようにして、“ただの水”をも……、“超生命体水”みたいなものへと、変化させているのだろうか――?
そんな、SFの妄想のようなものが思い浮かんでいたところ、
「――警部、お待たせしました」
と声がして、チャク・シウが、テーブルのほうに戻ってきた。
ふたりして、甘党なのか、新作のチャイナブルー・フラペチーノを頼んでいた。
スカイブルーをベースに、クリームの白や、爽やかな黄色が調和する、何とも夏らしいフラペチーノである。
「おう、あんがと、」
マー・ドンゴンは礼を言った。
チャク・シウも、スッ……と、椅子へと座った。
そんな、ふたりを見てか、すこし離れたテーブルのほうから、
「わぁ……、あの人、すごいイケメン」
「切れ長の目に、あの眼鏡が、めっちゃクールそう……」
「でも……、隣の人? ちょっと“いかつ”くない?」
「いや、でも、なんか、美男と野獣のカップリングみたいで、逆に萌えるんだけど」
などと、聞こえてきたので、
「ああ”? 誰が、野獣だってんだよ?」
と、マー・ドンゴンが、面白くなさそうに顔をしかめて、
「野獣ってのは、こっちか? おいっ――?」
と、チャク・シウを指しつつ、声のしたほうに鋭い視線を返した。
そんな、いかついマー・ドンゴンに睨まれたた、え。
「……」
「……」
「……」
と、彼らは黙りながら、
「い、いやぁ……」
「そのぉ……」
と、弁解しながら視線を逸らす者から、
「ま、まあ、“そんなカップリング”も、ないことはないけど……」
「いや、だから、私は、“そっちのカップリング”のほうが、萌えるんだって』
などと開き直り、すこし目線を“腐らせる”者もいた。
そんなふうに、思わぬ外野からの視線を追い払って、
「まったく、よぅ……」
と、マー・ドンゴンは、ようやく、夏限定、チャイナブルー・フラペチーノに手をつける。
ただ、せっかくのスイーツを味わいながらの一服タイムであるものの、
「しかし……、何も、目ぼしい情報は得られなかったな」
「です、ね……」
と、ひとくち口にするなり、ふたりは事件の話題へと入る。
まあ、これも、調査・捜査を生業にするものの性なのだろう。
そうして、先の現場周辺について話そうと思ったところ、
「――ん? そういえば、“あいつら”……、“あの水”、どうしたんだろうな?」
ふと、マー・ドンゴンが、先日の、カン・ロウンとパク・ソユンのことを思い出した。
「あの、水……? ああ、」
チャク・シウも、すぐにピンときて、
「まあ、どこかで、調べてもらっているんですかね? それでしたら、何か、結果が分かれば、こちらにも共有してほしいですね」
「フン、あんな、ヤツラのデータなんかいるかよ」
と、マー・ドンゴンが、面白くなさそうな顔をし、
「まあ、でも……、あの水も、我々からの、借りパクみたいなものですし」
「まあ、確かに……。だけど、調べてもらったとしても、どうせ、『ただの水でした――』って結果が、出てくるだけなんじゃねぇか」
と、あまり期待してなさそうに言い、青いフラペチーノに口をつける。
ただ、
「しかし……、もし、“何か特殊なものが含まれている水”――、だとしましたら……? どう、します?」
と、そこで、この話題は終わらせずに、チャク・シウがさらに質問をした。
「う~ん……? 何か、“特殊なもの”、とな……?」
マー・ドンゴンが、すこし唸りながら考え、
「“それ”が、水に溶けていることで……、あんな、何の容器もなしに“水の匣”の“形”を保てたり……、あるいは……」
と、その続きを、
「水――、水の塊が、何かドローンのように操縦されるか……、あるいは、人工知能のように自律して動き、ガイシャたちに襲いかかって、水の匣に閉じ込めた――」
と、チャク・シウが、言葉にした。
それを聞いて、
「そんな……、バカな……」
と、マー・ドンゴンが、思わず“そんな顔”をした。
「まあ、想像……、ですが」
チャク・シウが、いちおうの断りを入れつつ。
そのチャク・シウが、続けて、
「ちなみ、ですが……、仮に、もし、“何か特殊な水”を、犯行のための“ガジェット”とすることが可能だとしましても……、ちょっと、私は、何か“ひっかかるもの”がありましてね」
「ああ”? 何か、“ひっかかるもの”だと?」
とここで、何か見解があるようで、
「ええ……。それを、すこしは話させてください。まず、仮にですが、この一連の“水の匣事件”というのが、単独犯だとしますと……、例えば、このケース――」
「お、ん……?」
と、タブレットで資料を見せながら、
「中国の、鳳凰と……、日本の黒部での、犯行というか、“出現した”水の匣ですけど……、この二つケースの間の時間というのは、たった、二日しかありませんよよね?」
「――だな。短時間で、国をまたいで匣が出現したケース、か……」
と、マー・ドンゴンが相づちして、
「そうすると、単独犯じゃなくて……、複数、犯人がいるのか? あるいは、もっと、組織的な事件なのか?」
と、天を仰ぎながら、疑問を口にするも、
「――だとしても、この水の匣に関連しうる、あらゆる通信記録を追っているみてえだが……、いまのところ、目ぼしい結果は無いようだしな」
「ええ……」
と、頭の中で振り返って捜査状況を考えるに、複数犯や組織犯を裏づけるものは、確かに、いまのところは無かった。




