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【水の匣】  作者: 石田善二郎
第三章 水の匣の水、について

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13/14

13 舌打ちしたいだけの、デフォルトのような舌打ち




          (3)




 15時くらいのこと。

 カン・ロウンは、昨夜、キム・テヤンの屋台で飲んでいたにも関わらず、仲がいいのか、ただの腐れ縁なのか、その次の昼間も合っていた。

 ここは、江南にある、カン・ロウンの事務所――

“如何にも”な、古い探偵ものにでも出てきそうな雰囲気の、洒落た内装の書斎。

 アンティーク・カフェとしても良さそうな空間で、キム・テヤンはアイスコーヒを飲んでいた。

 ただ、その表情はというと、

「……」

 と、すこし、ムスッとした顔とはいうわけではないものの、どこか面白くなさそうな顔をしていた。

 まあ、今回の“水の匣”の調査に関しては、あまり乗り気がないのか、それとも、何かを調べようとしているものの進展しそうな感じがせず、そのような顔をしているのか――?

 そこへ、


「お前は、調べないのか? テヤン」


 と、彼の死角のほうから、カン・ロウンが声をかけてきた。

 その手には、茶菓子を持ちながら。

「けっ、」

 キム・テヤンが、舌打ちしつつ、

「もうちょい……、情報が集まってからで、いいだろ」

 との、答えを返した。

 まあ、その情報を「集めろ」、という話をしているのだが。

 また、

「それに……、俺のツテにしてる連中は、ヒマじゃねぇんだよ」

 と、キム・テヤンが、補足した。

 そう、である――

 まあ、何が「そうである」なのか、このキム・テヤンであるが、もと情報部所属の人間である。ゆえに、その時代に培った情報網というか人脈は、“裏のもの”も表のものもふくめ、幅広いものを持っていた。

 だが、

「わざわざ……、こんな、“水の匣事件”なんていう、ワケの分らんもん」

「まあ、優先度は、低いだろうな」

 と、今回の【水の匣の事件】というのものに関しては、その“謎”としては大きなものの、あくまで、“ただの不可思議な事件”である。

 よって、情報機関や治安に関する人間としては、社会の脅威としては低すぎるものであり、あるいは、裏社会の人間としても利害関係が無く、この事件を解決することによって何か金につながる――とかでなければ、わざわざ調べようとする者など、いないだろうということである。

 それこそ、“わざわざ首をつっこんでいる”自分たちのほうが、珍しいのだ。

 まあ、あとは、単純にキム・テヤンがめんどくさがっているだけなのだろうが。

「まあ、屋台の、食材の準備でもすっか……」

 キム・テヤンが、コーヒーを飲みながら言った。

 夜の、作戦会議というか、たまり場のようにもなっている屋台。

 まあ、いちおう、このSPY探偵団の三人以外の客も、来ることには来るのだが。

「ふぅ……」

 キム・テヤンは、息を、ゆっくり吐いた。

 屋台の、その日の段取りを考えるに、すこし億劫になるのだろう。

 まあ、このSPY探偵団の活動と、片手間でやっているようなものであり、別に、その日休みにしたりなどできるのだが。

 そこへ、

「今日は、ソユンのヤツは、いないんだよな?」

 と、カン・ロウンが聞いてきた。

「あ、ん?」

 キム・テヤンが、ゆるり……と、反応すると、

「ほら、明日、蘇州で音楽フェスがあるから、今日から中国入りするって、」

「あ、あ……? そう、だったか?」

 と、カン・ロウンが答えるものの、キム・テヤンが朧気にしか記憶がない。

 そうしているところ、


 ――ピリリン♪ ピリリン……♪


 と、カン・ロウンのスマホが鳴った。

「おっ?」

 と、着信の相手を確認する。

 それは、昼間は例の研究者の友人に水を調査してもらいに行ってた、ドン・ヨンファからだった。

「ヨンファからか」

「けっ、まったく、タイミング悪いヤツだな」

 と、ヨンファの名を聞いて、キム・テヤンが苦虫を潰したような顔で舌打ちする。

 もはや、彼に対して舌打ちしたいだけの、デフォルトのような舌打ちであるが。

「いや、タイミングが良いじゃないか。お前が、今夜、屋台を開けるかどうかって時だからな」

「は、ぁ?」

 と、「どういうことだ?」との顔するキム・テヤンをスルーし、カン・ロウンは電話をとり、なおかつテレビ電話モードにする。

『あっ、ロウン』

 まず、ドン・ヨンファが、カン・ロウンの名を呼んだ。

 なお、今日は何に乗っているのか、高級車の車内の様子が映りつつ。

「どうだったんだ? ヨンファ」

 カン・ロウンが聞き、

「おうよ、とっとと話せ、タコ。ったく、嫌味みたいに、てめえの、ふざけた高級車の車内を映しやがって」

 と、その横から、キム・テヤンが喧しく。

『いや、テレビ電話にしたのは、そっちなんだけど、』

 ドン・ヨンファは、すこし嫌そうな顔して答える。

 そうして、“かくかくしかじか”と、ス・イジュンと研究所でやり取りした内容を話した。

 ポリウォータ説の、こと。

 何か、ごく微量だが、わずかに通常の分析では検出できないナニカが溶けており、謎の能力を水に与えているとの仮説。

 ただ、その際の、エネルギーをどうするのかという謎。

 そして、もしかすると、何か見えない――検出されない物質や力というのを媒介としている可能性。

 すなわち、現代社会の技術によるトリックやガジェットではなく、何か、異能力をもつ者の介入など、など――

「ほう……、その、ポリウォータ説というか、“類似したナニカ”だという説は、ちょっと興味深いな」

 カン・ロウンが感心すると、

『ワンチャン、異能力を介在しないで、水の匣を実現できそうなのが、その説だけなのかな……?』

 と、ドン・ヨンファが答えると、キム・テヤンが、

「ただ、そんくらいの、“能力”を水が発現するんだとしたら、よ? いくらなんでも、水に溶かしたというか混和したナニカっては、警察の分析でも、検出できそうだろがよ」

『まあ、そこは、僕と、研究者の彼、ス・イジュンも同じだけど、」

「けっ、」

 と、舌打ちした。

「まあ、そうだなぁ……?」

 カン・ロウンが、コーヒを片手にすこし考える仕草をして、

「ワンチャン、ごく微量の成分と、魔力なのか異能力か分からないが、何らかの力を“組み合わせた”――、みたいな可能性も、あるんじゃないか?」

『あ、あ……? つまり、実際の科学技術と異能力との、ハイブリッド的な――、ってこと?』

 と、ドン・ヨンファが聞く。

「けっ……! 何が、ハイブリッドだってんだ、タコ」

『おいおい、何で、タコなんだよ? テヤン』

「まあ、まあ、」

 と、いちいち舌打ちして茶化してくるキム・テヤンと、反発するドン・ヨンファを、カン・ロウンがなだめる。

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