13 舌打ちしたいだけの、デフォルトのような舌打ち
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15時くらいのこと。
カン・ロウンは、昨夜、キム・テヤンの屋台で飲んでいたにも関わらず、仲がいいのか、ただの腐れ縁なのか、その次の昼間も合っていた。
ここは、江南にある、カン・ロウンの事務所――
“如何にも”な、古い探偵ものにでも出てきそうな雰囲気の、洒落た内装の書斎。
アンティーク・カフェとしても良さそうな空間で、キム・テヤンはアイスコーヒを飲んでいた。
ただ、その表情はというと、
「……」
と、すこし、ムスッとした顔とはいうわけではないものの、どこか面白くなさそうな顔をしていた。
まあ、今回の“水の匣”の調査に関しては、あまり乗り気がないのか、それとも、何かを調べようとしているものの進展しそうな感じがせず、そのような顔をしているのか――?
そこへ、
「お前は、調べないのか? テヤン」
と、彼の死角のほうから、カン・ロウンが声をかけてきた。
その手には、茶菓子を持ちながら。
「けっ、」
キム・テヤンが、舌打ちしつつ、
「もうちょい……、情報が集まってからで、いいだろ」
との、答えを返した。
まあ、その情報を「集めろ」、という話をしているのだが。
また、
「それに……、俺のツテにしてる連中は、ヒマじゃねぇんだよ」
と、キム・テヤンが、補足した。
そう、である――
まあ、何が「そうである」なのか、このキム・テヤンであるが、もと情報部所属の人間である。ゆえに、その時代に培った情報網というか人脈は、“裏のもの”も表のものもふくめ、幅広いものを持っていた。
だが、
「わざわざ……、こんな、“水の匣事件”なんていう、ワケの分らんもん」
「まあ、優先度は、低いだろうな」
と、今回の【水の匣の事件】というのものに関しては、その“謎”としては大きなものの、あくまで、“ただの不可思議な事件”である。
よって、情報機関や治安に関する人間としては、社会の脅威としては低すぎるものであり、あるいは、裏社会の人間としても利害関係が無く、この事件を解決することによって何か金につながる――とかでなければ、わざわざ調べようとする者など、いないだろうということである。
それこそ、“わざわざ首をつっこんでいる”自分たちのほうが、珍しいのだ。
まあ、あとは、単純にキム・テヤンがめんどくさがっているだけなのだろうが。
「まあ、屋台の、食材の準備でもすっか……」
キム・テヤンが、コーヒーを飲みながら言った。
夜の、作戦会議というか、たまり場のようにもなっている屋台。
まあ、いちおう、このSPY探偵団の三人以外の客も、来ることには来るのだが。
「ふぅ……」
キム・テヤンは、息を、ゆっくり吐いた。
屋台の、その日の段取りを考えるに、すこし億劫になるのだろう。
まあ、このSPY探偵団の活動と、片手間でやっているようなものであり、別に、その日休みにしたりなどできるのだが。
そこへ、
「今日は、ソユンのヤツは、いないんだよな?」
と、カン・ロウンが聞いてきた。
「あ、ん?」
キム・テヤンが、ゆるり……と、反応すると、
「ほら、明日、蘇州で音楽フェスがあるから、今日から中国入りするって、」
「あ、あ……? そう、だったか?」
と、カン・ロウンが答えるものの、キム・テヤンが朧気にしか記憶がない。
そうしているところ、
――ピリリン♪ ピリリン……♪
と、カン・ロウンのスマホが鳴った。
「おっ?」
と、着信の相手を確認する。
それは、昼間は例の研究者の友人に水を調査してもらいに行ってた、ドン・ヨンファからだった。
「ヨンファからか」
「けっ、まったく、タイミング悪いヤツだな」
と、ヨンファの名を聞いて、キム・テヤンが苦虫を潰したような顔で舌打ちする。
もはや、彼に対して舌打ちしたいだけの、デフォルトのような舌打ちであるが。
「いや、タイミングが良いじゃないか。お前が、今夜、屋台を開けるかどうかって時だからな」
「は、ぁ?」
と、「どういうことだ?」との顔するキム・テヤンをスルーし、カン・ロウンは電話をとり、なおかつテレビ電話モードにする。
『あっ、ロウン』
まず、ドン・ヨンファが、カン・ロウンの名を呼んだ。
なお、今日は何に乗っているのか、高級車の車内の様子が映りつつ。
「どうだったんだ? ヨンファ」
カン・ロウンが聞き、
「おうよ、とっとと話せ、タコ。ったく、嫌味みたいに、てめえの、ふざけた高級車の車内を映しやがって」
と、その横から、キム・テヤンが喧しく。
『いや、テレビ電話にしたのは、そっちなんだけど、』
ドン・ヨンファは、すこし嫌そうな顔して答える。
そうして、“かくかくしかじか”と、ス・イジュンと研究所でやり取りした内容を話した。
ポリウォータ説の、こと。
何か、ごく微量だが、わずかに通常の分析では検出できないナニカが溶けており、謎の能力を水に与えているとの仮説。
ただ、その際の、エネルギーをどうするのかという謎。
そして、もしかすると、何か見えない――検出されない物質や力というのを媒介としている可能性。
すなわち、現代社会の技術によるトリックやガジェットではなく、何か、異能力をもつ者の介入など、など――
「ほう……、その、ポリウォータ説というか、“類似したナニカ”だという説は、ちょっと興味深いな」
カン・ロウンが感心すると、
『ワンチャン、異能力を介在しないで、水の匣を実現できそうなのが、その説だけなのかな……?』
と、ドン・ヨンファが答えると、キム・テヤンが、
「ただ、そんくらいの、“能力”を水が発現するんだとしたら、よ? いくらなんでも、水に溶かしたというか混和したナニカっては、警察の分析でも、検出できそうだろがよ」
『まあ、そこは、僕と、研究者の彼、ス・イジュンも同じだけど、」
「けっ、」
と、舌打ちした。
「まあ、そうだなぁ……?」
カン・ロウンが、コーヒを片手にすこし考える仕草をして、
「ワンチャン、ごく微量の成分と、魔力なのか異能力か分からないが、何らかの力を“組み合わせた”――、みたいな可能性も、あるんじゃないか?」
『あ、あ……? つまり、実際の科学技術と異能力との、ハイブリッド的な――、ってこと?』
と、ドン・ヨンファが聞く。
「けっ……! 何が、ハイブリッドだってんだ、タコ」
『おいおい、何で、タコなんだよ? テヤン』
「まあ、まあ、」
と、いちいち舌打ちして茶化してくるキム・テヤンと、反発するドン・ヨンファを、カン・ロウンがなだめる。




