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【水の匣】※書き直し  作者: 石田善二郎
第三章 水の匣の水、について

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11 異常水




          (2)





「“異常水”――」


「――?」

 と、まず、ス・イジュンによって前置きされた単語に、ドン・ヨンファがハテナマークを浮かべた。

 ス・イジュンは続けて、

「それは、こんな騒動だったんだ。60年代、当時の、旧ソビエト連邦の、“とある発表”が、世界中の科学者に衝撃を与えた。変哲もない、ただの、石英の微細なチューブをとおしただけの水が、ね? “とんでもないこと”に、なったというレポートだ」

 と、話し終えると、ミネラルウォーターを手にドヤ顔した。

「“とんでもない”、とは?」

 ドン・ヨンファが、続きを促す。

「ああ。特に、一見すると、石英チューブにとおしただけの、なんの変化もなさそうな水だ。だが、その物性を測定してみたところ、ね? 沸点は、なんと、150℃から400℃になっていたり……、その、水にも粘性があるってのを、ヨンファも知ってると思うけど……、その粘性も、通常の水にくらべて数十倍にも増加するなど、物性が、大きく変化していたんだ」

「何――、だって……?」

 ドン・ヨンファが、思わず怪訝な顔をした。

 粘性はさておき、沸点が400℃などとは、素人目線にしても、分かりやすい“異常さ”だ。


 ス・イジュンが、続けて、

「この測定結果から、次の“仮説”が、出てきたんだ。『水が、微細な石英チューブの中で、特殊な水素結合による構造を得て、まるでポリエチレンなどの高分子のように重合した構造になった』――、すなわち、“重合水”、“ポリウォータ”になった、と――」

「ああっ……、そういうわけ、か」

 と、ドン・ヨンファが、ここで合点がいった。

 さらに、ス・イジュンは続けて、

「それで、当然ながら、“当時の”科学界では、センセーショナルなニュースになって、世界中を駆け巡ったんだ。いくつもの論文が書かれたり、追試も行われたりと……、それこそ、多くの科学者が、皆、大真面目に研究をしたんだ」

「へぇ、」

 と、ドン・ヨンファが相づちしつつ、

 ――ごくっ、

 と、小休止のように、ミネラルウォーターを一口飲んだ。

 それに合わせて、

「それで……、ちょっとここで、“水の匣”に、話を戻そう」

 と、ス・イジュンが話を戻して、

「もし、そんな、ポリウォータみたいなものがあると仮定すれば……、“何らかの情報を組み込む”ことでね、水の集合体を、まるで、“自己組織化する分子マシン・分子機械のようにする”ってことが、可能になるんじゃないか――? って、」

「まあ、確かに……」

 と、ドン・ヨンファが相づちしながらも、昨夜の屋台で、「そういえば、似たようなアイデアを話していたな」と思う。

 そうすると、自分たちが酒を飲みながら出した仮説であっても、その発想としては、意外といい線を行っているのかもしれない。

 続けて、ス・イジュンが、

「それならば、シンギュラリティに向かって歩む、現代の科学技術だ。ワンチャン、“水の匣の――水”、――っていうのも、可能になるかもしれないね」

 と、“シンギュラリティ”との単語を出しながら、意味深そうに言った。

 それを受けながらも、

「だが……、“バカげた騒動”――、というには?」

 とここで、ドン・ヨンファが、先の問いを思い出させると、

「ああ――」

 と、ス・イジュンは、「待ってました」と云わんかのような顔して、


「“コトの顛末”は、単純さ。ただの、“不純物”が混じっていたわけさ――」


 と、答えながら、ドヤ顔をキメた。

「はぁ……、やっぱ、そんなことか」

 ドン・ヨンファが、予想できてたかのように、ため息した。

「まあ、時代が、時代だからね。たしかに、あらゆることが急速に発展していたといえる時代だけど……、まだ、実験器具から不純物が混入したり、測定の制度も、いまとは比べ物にならないくらいに、低かっただろうからね」

「ただ……、すこし、ガッカリだな」

「ガッカリ、とは?」

 と、ドン・ヨンファの言葉に、ス・イジュンが反応して聞き返し、

「もし、そんな、“ポリウォータ”ってのが実現できていたならば、色々応用ができそうなのにな」

「まあ、当時の科学者たちは、皆、そう思っただろうね。夢のような材料や、重合した水そのものを燃料とすることによって、エネルギー問題が解決できるといった、まさに、夢のようなアイデアもあったみたいだからね。まあ、戦後の、SFのように世界が発展すると思われていた時代らしい発想だね」

 と、答えた。


 また、ス・イジュンは、そこまで話しつつ、

「ただ、考えてみるといい――」

「う、ん?」

「“逆にいえば”、何か、“適切な不純物”があれば、この、“ポリウォータに似た能力をもった水の集合体”ってのが、可能になる――、と」

「適切な、不純物だって?」

 と、ドン・ヨンファが、その言葉に反応しながらも、

「だけど、警察の分析では、何か、そんな不純物などが溶けているでなく……、ただの、水道水と変わらないような水、だって、――」

「まあ、警察が、どれくらいの分析をしたのか――、にもよるけどね。もしかすると、警察の分析では、検出できていないナニカがある可能性ってのも、あるだろうし」

「は、ぁ、」

 と、ドン・ヨンファは、「そんなこと、あるか?」との相づちをしながら、

「ちなみに、どのような不純物があれば、その、ポリウォータの構造――、もしくは、“ポリウォータに類似したもの”の構造ってのが、可能になるのかい?」

 と、質問した。

「そう、だねぇ……?」

 ス・イジュンは、すこし天井を仰いでから、

「例えば、ある物質のナノチューブだったり、ある物質のシートに挟まれた状態では、ね――? 確かに、その中に水分子を入れると、一列に、“一次元構造”をつくって並んだり……、あるいは、平面の、二次元の構造をとったりすることがあるということは、知られていてね」

「一次元構造と、二次元構造の、水――? 一次元っていうと針金とか、紐のような――?」

「ああ……。まあ、“そこ”から出すと、元の水分子の集合体の構造に戻っちゃうけど」

 と、答えた。

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