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【水の匣】※書き直し  作者: 石田善二郎
第三章 水の匣の水、について

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10/12

10 ポリウォータ




          (1)




 翌日の昼――

 ドン・ヨンファは、ソウル市内の、とある研究室にいた。

 財閥のボンボンだけあって、顔は広く、さまざまな分野の第一線で活躍している研究者の知り合いも多いという。


「【水の匣】、ねぇ……」


 と、まず前置きして、

「研究者の間でも、けっこう、話題になっているよ」

 と、言ったのは、流れるバーコード・ヘアを水色とシルバーに染め、まさに流水のように流した男――

 ドン・ヨンファの友人にして、この研究室の室長、ス・イジュンだった。

 なお、『ス』とは、漢字で『水』であり、なかなかに珍しい苗字である。

 偶然なのか、運命なのか、水の研究者としてはこれ以上にない苗字ではあるが。

 それはさておき、

「それで? これが、例の、“水の匣事件”のサンプルか?」

「ああ、そうだよ」

 と、ドン・ヨンファが差し出した“コスプレ注射器”を、ス・イジュンはマジマジと見た。

 まあ、何ゆえに注射器をチョイスしたのかという理由は聞かれなかったものの、“ある種の存在感のあるアイテム”。

 それを、なみなみと満たす、無色透明の液体、“水”――

「いやぁ……、あの、“水の匣の水”を調べれるなんて、俺は、なかなかに運がいいなぁ」

「イジュンの研究所に、『調べてほしい』って話は、警察からは、来なかったのかい?」

「まあ、来てたら、こんな反応してないだろ」

「あっ、それもそっか」

 と、ドン・ヨンファが、すこし天然な性格のように言う。

「まあ、警察のほうで、分析しちゃってるんだろうね。俺の研究室に依頼すれば、もっと、色々分かるかもしれないってのにな」

 と、ス・イジュンが少々残念そうに、なおかつ、すこしの「ざまあみろ」をこめて言う。

 また、

「――というか? どうやって、取ってこれたんだい? この、すこしマニアックな容器の理由も、聞きたいが」

 とここで、ス・イジュンのほうから質問してきた

「うっ――!」

 と、注射器についてすこし触れられ、ドン・ヨンファが動揺の「うっ――!」の声を漏らすと、

「君が、“何か探偵サークルみたいこと”をしてるってのは、知ってるけど……、警察の捜査現場にでも、入ってきたというわけかい? 探偵モノみたいに」

「うん。ま、あ……、そんなところだ。僕じゃないけど……、うちの、ボスというかリーダーというか……、それから、ソユンのヤツが、」

「ソユン? ああっ……? あの、DJと、モデルをやってるっていう」

「うん」

 とここで、ソユンの名が出てきた。

 その流れで、ス・イジュン友人は、ささっとパソコンで検索してみる。

 パク・ソユンのDJネームというか、芸名の『DJ・SAW』。

 なお、この『SAW』という芸名は、かのグロ映画の『SAW』からとってきていた。

 無表情で、グロ動画を多重ウインドウで開いては、淡々かつ永延と視聴するという“趣味の悪い趣味”を持っているパク・ソユンゆえ、そのような芸名をつけた――、もしくは、つけられたのだろ。

 そうして、ヒットしたSNSを見て、

「何だ? 明日、イベントじゃないか? 彼女」

 と、“あるイベント”の投稿が、目についた。

 それによると、【如水】との名のミュージックフェスであり、屋外のプールで行われる、“ハードコア水遊び”なイベントであるとのことである。

 そして、開催場所はというと、お隣は中国の上海の隣――、水郷で知られる蘇州であった。

「ああ、何か、蘇州の。それで、今日、もう、上海に入ってるんじゃないかな?」

 ドン・ヨンファが、答えた。

「へぇ……、上海、良いねぇ。上海ガニにでも、食べたいよ」

「ああ、それを聞くと、僕も、行きたくなっちゃうな」

 ふたりは、頭に上海の外灘と、カニが浮かびつつも、

「それで、そのソユンと、探偵サークルのボスとやらのふたりで、捜査現場から、これをとって来たんだ」

「ああ、」

 と、改めて確認すると、

「というか、怒られなかったのか? 刑事から? コナン君みたいに、顔パスなのかい? 君たちは」

「うん。そこは、怒れられてる。ケロッとして、『取って来たー』って。まあ、知ってる刑事だから、アレだけど……」

「ほんと、ケロッとしてるなぁ。肝っ玉が、アレなのかい? ソユンってのは?」

「まあ、肝っ玉が動じないというか……、たぶん、ボーッとしてるだけだと思うけど」

「この、DJしてるときのとは、想像もできないけど」

 と、ス・イジュンが、SNSに載っているパク・ソユンのDJプレイの投稿を見て言う。

 確かに、その投稿はイキイキとして、かつチャーミングにDJをしており、ギャップがあった。

「まあ、とりあえず……、警察はどうであれ、“水”を調べれるなら、いいや」

 と、ス・イジュンは言って、

「とりあえず、これを、分析するけど……、ちょっと、仕事の片手間になるけど、いいか? ヨンファ」

 と、とりあえずのとりあえず、ス・イジュン友人はドン・ヨンファに確認する。

「ああ、いいよ」

 ドン・ヨンファは、快く答える。

 答えつつ、改まって、

「それで、さ? イジュン?」

「う、ん? 何だい?」

「まだ、結論を出すのは、分析の結果を待ってからだろうけど、ね? もし、魔法といった類の力や、未来のSFのような力を使わずに、現時点の科学技術で、【水の匣】っていうのが可能な水があるとしたら……、君的きみてきには、どんな可能性ってのが、考えられるかな?」

 と、ドン・ヨンファが、ス・イジュン友人に、尋ねた。

「そう、だねぇ……?」

 ス・イジュン友人は、すこし天井を仰ぐ。


 ――――


 と、幾ばくかの、間を置いて。

「この、水の匣については、俺もヨンファたちのサークル連中と同じく、警察からの、色々な報告や、話を聞いていてね……、その、特に、何か特殊な物質が溶けているわけではない、水道水とかわらないような、“ただの水”だというのは、聞いていてね……」

「うん」

 と、ここまでの情報の前提は、同じであることを確認する。

 ス・イジュンは

 ――く、いっ……

 と、水を、ミネラルウォーターを、一口飲みつつ、



「そこで、俺の頭の中には、ある言葉が――、【ポリウォータ】って言葉が、思い浮かんだんだよ」



 と、言った。

「ポリ、ウォータ……?」

 ドン・ヨンファが、初出の単語を聞いて、キョトンとした。

「『ポリ』ってのは、アレかい? ポリエチレンとか、プラスチックの?」

 ドン・ヨンファが聞く。

 財閥のグループ内には、高分子材料といった化学工業も扱っている企業もあり、いちおう、触り程度のことは知っていた。

「ああ……、その、ポリエチレンなんかと同じ、『ポリ』だ」

 友人は、「そのとおり」だと、うなづきながら、

「つまり、別の言い方をすると、な……、“重合水”って、わけだ」

 と、流水ヘアを指で、くるん――としてキメてみせた。

「その、重合水、ポリウォータって……、“そんなもの”というか“物質”、あったのかい?」

 ドン・ヨンファが、ふたたび聞く。

 いちおう、そこそこに世の様々な分野の知識はあるものの、聞いたこともないし、想像もできない代物だった。

「一時期、水の“クラスター”ってのが、流行ったけど……、健康分野で、さ?」

「ああ、あったね」

 と、ドン・ヨンファが、ひと昔に流行った言葉を思い出させながら、

「けっこう、胡散くさい商品もあったけど……、その、“クラスター”とは、また、違うのかい? ポリウォータってのは?」

「違うね」

 と、ス・イジュン友人はきっぱりと否定しつつ、

「ちなみに、クラスター説っていうのは、まあ、確かに、水分子が集合体をつくっているってのは、間違いはないんだけど……、その、寿命ってのは、めちゃくちゃ短くてね」

「“短い”ってのは、どれくらい? マイクロ秒、とか?」

「いや、もっと。10のマイナス12乗の、ピコ単位の」

「ああ、だいぶ短っ」

 と、ドン・ヨンファがリアクションする。

「だから、水の、『クラスターを小さくして、身体に良くした』ってのは、疑似科学だね。1兆分の1秒で、常に、水素結合が結びついたり離れたりを、動的にくり返しているからね。それで、そのクラスターとは違って、ポリウォータは、本当に高分子のように、もっと安定しているんだ」

「へぇ、」

「まあ、結果的には、このポリウォータ“事件”ってのは、“バカげた騒動”だったんだけど」

「へっ? バカげた、騒動――、だって?」

 とここで、ドン・ヨンファが「どゆこと?」の表情になって聞き返す。

「ああ……、まさに、時代が生んだ、バカげたは言いすぎかもしれないけど、そんな、しょうもない騒動さ」

 と、ス・イジュンは、まさに、しょうもないことを話す時の表情になりながら、ひと呼吸ほど間を置いて、

「――けど、今回の“水の匣事件”のことを聞いてね、“それ”が、ちょっとマジになるんじゃないかって」

 と、すこし意味深そうに、その表情を変えて言った。

「そ、それを、詳しく、話してくれよ」

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