第五章:帝国動乱編 第33話 亀裂 ― 守る者の迷い
壁を守る者は、
外を見ない。
だが、
内側に
声が反響し始めた時、
守っているものが
何だったのか、
分からなくなる。
制度の亀裂は、
外から叩かれて
生まれるのではない。
内側で、
ためらいが
芽吹いた瞬間に
始まる。
評議院。
文書局の一角。
夜遅くまで、
灯りが消えない机が
増えていた。
意見書。
分類表。
資格確認票。
紙は、
整然としている。
だが、
読む者の手は
重い。
***
若い文官が、
束を抱えて
立ち尽くす。
文官
「……これ……
資格は……
満たしています……。」
上官
「……中身は……?」
文官
「……再開発で……
移った……
家族の……
生活……
です……。」
上官は、
眉をひそめる。
上官
「……専門的……
意見か……?」
文官
「……生活実態の……
分析……
として……
提出されています……。」
沈黙。
規定は、
守られている。
だが、
何かが
引っかかる。
***
別の机。
中堅の文官が、
低く呟く。
中堅文官
「……最近……
増えすぎだ……。」
同僚
「……現場の……
話だろ……。」
中堅文官
「……いや……
“現場のふり”……
だと思ってた……。」
同僚
「……違った……?」
中堅文官
「……本当に……
現場……
だった……。」
言葉が、
机の上に
落ちる。
***
廊下。
反王派の貴族が、
文官たちの様子を
遠目に
見ている。
反王派
「……迷いが……
出ている……。」
側近
「締め付けを……
強めますか……?」
反王派
「……強めれば……
壊れる……。」
反王派
「……まだ……
使える……
壁だ……。」
その言葉は、
人ではなく、
制度を
語っていた。
***
討議所。
人々は、
相変わらず
話している。
直接は
届かなくても、
言葉は
記録される。
その事実が、
安心と
緊張を
同時に生む。
***
ある日。
一人の文官が、
討議所の
入口に立つ。
私服。
記章は、
外している。
文官
「……見学……
しても……
いいですか……?」
運営責任者
「……どうぞ……。」
文官は、
隅に座り、
黙って
聞く。
***
農民
「……書類に……
なる……
って……
本当か……?」
記録係
「……なります……。」
農民
「……じゃあ……
嘘は……
書けない……
な……。」
誰かが
笑う。
文官の胸が、
わずかに
痛む。
***
その夜。
文官は、
自室で
一通の
意見書を
読み返す。
内容は、
討議所で
聞いたばかりの
言葉だった。
だが、
筆致は
整っている。
文官
「……これを……
弾いたら……
何を……
守ってる……?」
答えは、
出ない。
***
評議院・小会合。
反王派
「……分類は……
終わった……
か……?」
文官
「……はい……。」
反王派
「……問題の……
意見は……
除外した……
な……?」
文官は、
一瞬
言葉に
詰まる。
文官
「……基準は……
満たしています……。」
沈黙。
反王派
「……君は……
制度を……
守る……
立場だ……。」
文官
「……はい……。」
だが、
声は
揺れている。
***
皇城。
アリアは、
短い報告を
受けていた。
エリオン
「……文官が……
討議所に……
出入り……
している……。」
アリア
「……始まった……。」
エリオン
「内部から……
割れる……
か……?」
アリア
「……割れ目……
が……
増える……。」
アリア
「……壊す……
必要は……
ない……。」
***
夜。
評議院の建物。
外から見れば、
変わらない。
だが、
内側では、
紙をめくる
音が、
以前より
長く
続いていた。
制度を
守る者たちは、
初めて
問い始めている。
――誰のための
壁なのか。
その問いは、
声高ではない。
だが、
最も
深い亀裂だった。
この亀裂を
決定的にする
一つの出来事が
起こります。




