第86話 見送りの準備
セリオスが帰った後
執務室には静かな時間が流れていた
レオンは机の上へ視線を落とす
大量の資料
そして折り畳まれた紙
どちらも価値は計り知れない
クロエが椅子へ座り直した
「本当に帰るんだね」
「そうだな」
明後日、セリオスは教国へ戻る
長かった滞在も終わりだ
クロエは机の資料を見る
「何か変な感じ」
「変か?」
「うん」
クロエは頷く
「最初は人身売買の犯人扱いだったし」
レオンは苦笑した
確かにそうだった
孤児院の孤児が急激に減った
それを見たセリオスは疑った
結果は勘違いだったが今となっては懐かしい
「まさか回復薬作る話になるとは思わなかった」
「俺もだ」
レオンは同意した
魔力草
回復薬
ポーション
ハイポーション
全て予定外だった
だが確実に領地の未来へ繋がっている
ゼムが口を開く
「問題はこれからですね」
「何がだ?」
「量産です」
レオンも頷く
魔力草の栽培は成功した
だが成功しただけだ
本番はこれから
孤児院での栽培
製造
輸送
販売
やる事は山ほどある
クロエも腕を組む
「瓶も必要だしね」
「ああ」
ポーションもハイポーションも液体だ
当然容器が必要になる
「ガラス職人を探すか」
「王都?」
「恐らくな」
ノルディア領にも居ない訳ではない
だが量産となれば話は別だ
クロエは何かを考え込む
そして口を開いた
「これ売れたら凄い事になるよね」
「なるだろうな」
回復薬より安い ポーション
回復薬より高性能な ハイポーション
どちらも需要は高い
特に冒険者や兵士は欲しがるだろう
ゼムも頷いた
「王国中から注文が来るかもしれません」
「その前に生産が追いつかない」
レオンは苦笑する
嬉しい悲鳴だった
だが現実的な問題でもある
クロエがふと思い出したように言う
「そういえば」
「なんだ?」
「二万枚」
レオンは顔を上げる
目標金額だった
クラリスを救う為の金
ゲームでは金貨二千枚
だがレオンは確実を取り十倍の二万枚
その目標は変わらない
クロエは笑った
「少し見えてきたんじゃない?」
レオンは窓の外を見る
まだ分からない
利益も出ていない
値段も決まっていない
だが確かに前へ進んでいる
以前よりは遥かに
「そうかもしれないな」
小さく呟く平穏な未来は無い
帝国との戦争
魔獣の氾濫
貴族粛清
そして最悪の厄災
どのルートでもノルディアは危険に晒される
だから金が必要だ
領地を守る為に
そしてクラリスを救う為に
レオンは机の上の資料を見る
魔力草事業
回復薬事業
ポーション
ハイポーション
これがどれほどの利益を生むのか
まだ誰にも分からない
だがノルディアの未来を変える切り札になる
そんな予感だけはあった
その時だった、コンコンと扉が叩かれる
三人が顔を上げる
「失礼します」
入って来たのはリックだった
「旦那……」
「どうした?」
リックは敬礼する
そして少し困った顔で言った
「孤児院から連絡です」
レオンが眉をひそめる
「何かあったか?」
「いえ」
リックは首を振る
「魔力草です」
一度言葉を切る
なぜか視線がクロエへ向いた
そして
「どうやら……大変順調なようで……少し確認して欲しいとの事です」
クロエが嫌な予感を覚える
リックは目を逸らした
「ごめん姐さん……」
数秒の部屋に沈黙が流れた
クロエはゆっくり立ち上がった
「レオン」
「なんだ?」
「今日ご飯行けないじゃん!!?」
執務室に叫び声が響いた
レオンは額を押さえる
ゼムは静かに目を閉じた
リックは心の中で手を合わせた
本当に申し訳ないだが仕事なのだ
レオン達は顔を見合わせた
魔力草事業は順調だった
順調すぎるほどに
そして三人とも仕事が増える一方だった




