第85話 託されたもの
しばらく誰も口を開かなかった
執務室には静かな沈黙だけが流れている
その沈黙を破ったのはセリオスだった
「少し重い話になってしまいましたね」
そう言って苦笑する
クロエもようやく息を吐いた
「十分重いよ……ご飯前にする話じゃないよね」
「申し訳ありません」
セリオスが頭を下げる
その様子にクロエは苦笑した
「謝る所じゃないでしょ」
少しだけ空気が和らぐ
セリオスも微笑んだ
そして表情を改める
「ですがこれで隠し事は無くなりました」
レオンは静かに頷いた
確かにそうだった
セリオスは魔力侵食症を隠していた
だが、もう打ち明けた
少なくとも自分達には
「これからは正式に協力をお願い出来ます」
セリオスはそう言った
クロエが首を傾げる
「正式に?」
「はい」
セリオスは鞄へ手を伸ばした
そして数冊の本を机へ置く
どれも古く、かなり読み込まれている
教国の紋章も刻まれていた
レオンは目を細める
「これは?」
「私が集めた資料です」
セリオスは本や資料に手を置いていく
「魔力侵食症」
「魔力回路」
「回復薬」
「治癒魔法」
「その他関連しそうな資料は全て持って来ました」
クロエが目を丸くする
「全部?」
「はい」
セリオスは頷いた
「元々は私一人で調べる予定でしたので」
レオンは本を見る
かなりの量だった
しかも教国の資料だ
価値は計り知れない
「良いのですか?」
「もちろん」
セリオスは迷わず答える
「私一人より皆で調べた方が早いですから」
レオンは思わず苦笑した
本当にこの人らしい
普通なら秘匿する
だがセリオスは共有した
少しでも可能性を増やす為に
「ありがとうございます」
セリオスは嬉しそうに笑った
「こちらこそです」
そして視線を落とす
「正直、私は少し焦っていました」
レオン達は黙って聞く
「発症してから色々調べました……ですが成果はほとんど無かった、進行を遅らせる方法はあります……ですが治療法は見つからない」
セリオスは小さく笑う
「枢機卿なのに情けない話です」
「そんな事ありません」
レオンは即座に否定した
セリオスが顔を上げる
レオンは続けた
「父も調べました、王国中の資料を集めました……それでも見つからなかった、決してセリオスさんだけがが怖くない訳が無いじゃないですか」
セリオスは少し驚いた顔をした
そして小さく笑う
「ありがとうございます」
その笑顔はどこか救われたようだった
クロエも口を開く
「それにさ……まだ半年なんでしょ?グラニウス様より全然早いじゃん、まだ時間はあるよ」
セリオスは目を瞬かせた
そして苦笑する
「そうですね、まだ時間はありますね」
その言葉にレオンは小さく頷いた
時間はあるだから諦めない
父の時には無かった時間が
今はまだ残されている
セリオスは立ち上がった
「今日はこれで失礼します……明後日には出発ですので」
レオンも立ち上がる
「分かりました」
クロエも立ち上がった
「今度来る時は病気治して来てよ」
無茶な注文だった
だがセリオスは笑った
「努力します」
「約束ですよ?」
「善処します」
「逃げた!」
クロエが即座に突っ込む
セリオスは困ったように笑った
そして扉へ向かう
だが途中で足を止めた
「……あ!」
何かを思い出したらしい
懐へ手を入れる
そして取り出したのは折り畳まれた紙だった
「そうでした、これを渡すのを忘れていました」
レオンは受け取る
だが妙に厚い
「これは?」
紙を開いた瞬間思わず固まった
一枚ではない、何枚もの紙が丁寧にまとめられている
しかも文字がびっしりだった
回復魔法の基礎
魔力操作
魔力の流し方
訓練方法
失敗例
注意点
細かな癖の修正方法
セリオス自身が積み重ねた経験まで書かれている
クロエも横から覗き込み、そして顔を引きつらせた
「うわぁ……何これ……?」
「回復魔法の訓練方法です」
セリオスは少し照れたように笑った
「レオンさんなら必要になると思いまして」
レオンは紙を見る
恐らく一日や二日で書ける量ではない
かなり前から準備していたのだろう
クロエは再び紙を見る
そしてセリオスを見る
「ねぇ……これ絶対怒られるやつだよね?」
セリオスが固まった
「えっと……」
「怒られるんだ」
クロエが即答する
セリオスは視線を逸らした
「多分」
「多分じゃないでしょ」
クロエは呆れたようにため息を吐く
セリオスは苦笑した
「大丈夫ですよ、教国の秘術ではありません、私個人の経験をまとめただけですから」
「その時点で十分凄いんだけど」
クロエが即座に突っ込む
レオンも思わず苦笑した
セリオスは続ける
「分からない所があれば手紙をください、私で良ければお答えします」
レオンは小さく笑った
「ありがとうございます」
セリオスも微笑む
「いえ、私も楽しみですから」
「何がですか?」
「レオンさんがどこまで成長するのかです」
クロエが呆れたように笑う
「完全に先生じゃん」
「一応教国では講師ですので」
セリオスは少しだけ胸を張った
それが妙に面白くて
クロエが吹き出した
レオンも苦笑する
重かった空気が少しだけ軽くなる
セリオスは改めて頭を下げた
「それでは失礼します」
そして扉へ手を掛ける
だが最後に振り返った
「レオンさん」
「はい」
「ありがとうございました」
レオンは静かに頷く
「こちらこそ」
セリオスは微笑んだ
その笑顔はいつも通りだった
そして執務室を後にする
扉が閉まり静寂が戻る
机の上には大量の資料
そして手の中には折り畳まれた紙
レオンは静かにそれを見る
父を救えなかった研究
そして今度こそ誰かを救う為の知識
まだ終わっていないそう思えた




