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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿
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第84話 救えなかった方法

執務室から音が消えた


「私は魔力侵食症です」


セリオスの言葉は静かだった

あまりにも静かだった、だからこそ重かった

クロエは固まっている

ゼムも珍しく表情を変えた

レオンだけが静かだった

驚きはあった

だが、どこかで予想していた

薬草の話

回復薬への執着

時折見せる疲れた表情

思い返せば心当たりはあった

セリオスは苦笑する


「やはり驚きますよね」


「当然です」


レオンは答えた


「いつからですか?」


「半年前です」


セリオスは静かに答える


「最初は疲れだと思いました……ですが検査の結果、魔力侵食症でした」


レオンは僅かに考え込む

前世の記憶乙女ゲーム、ノルドレア・ロワイヤルのセリオスルートでは

確かに魔力侵食症は発症していた

だが、レオンの記憶ではもっと後だったはずだ

学園へ入学してからの話で

主人公のエリシアへ打ち明ける場面があった

だから一瞬だけ違和感を覚えた

こんなに早かったのか?と

だがすぐに考え直す

父のグラニウスもそうだった

魔力侵食症はある日突然倒れる病ではない

長い年月を掛けて進行する

なら、ゲームで語られた時期と実際に患っていた時期は別なのだろう

むしろ、その方が自然だった

枢機卿という立場だ、病を公表すれば教国中が混乱する

だから隠していた

そして、もう隠しきれなくなった

だから主人公へ打ち明けた

ゲームで見たあの場面は発症した瞬間ではなく

秘密を明かした瞬間だったのだろう

そう考えれば全て辻褄が合う

重い沈黙が落ちる

最初に口を開いたのはクロエだった


「大丈夫なの?」


いつもの明るい声ではなかった

セリオスは少し苦笑する


「そんな顔をしないでください」


そして穏やかに続けた


「まだ初期です、すぐにどうこうなる段階ではありません」


クロエは少しだけ安堵した

セリオスは頷く


「もちろん治る病ではありません、ですが数年単位で進行する病です、すぐ命に関わる状態ではありませんよ」


レオンも静かに聞いていた

確かに父もそうだった

発症してすぐ倒れた訳ではない

長い時間を掛けて進行した

セリオスは微笑む


「だから薬の研究をしているのですまだ諦めるには早いでしょう?」


その時だったレオンは立ち上がった

そのまま執務室の本棚へ向かう

クロエが首を傾げる


「レオン?」


レオンは本棚の奥から一冊の【古びた革表紙の本】を取り出した

何度も開かれたのだろう

端は擦り切れ

革には使用感が残っている

そして机の上へ静かに置いた

セリオスの表情が変わる

レオンは本へ視線を落とした


「父を助ける為に探した方法です」


セリオスは【古びた革表紙の本】を見る

ゆっくりと手を伸ばした

ページを開くとそこには複雑な魔法陣が描かれていた

一瞬で表情が変わる

枢機卿として魔法陣の知識は深い

だからこそ理解出来た

何を目的とした術なのか


「これは……」


セリオスが息を呑む

しばらく魔法陣を見つめる

そしてゆっくり顔を上げた


「これを使おうとしたのですか?」


レオンは頷く


「そうです……起動方法までは分かりましたので」


その言葉にセリオスの表情が僅かに曇る

そして小さく息を吐いた


「良かったのかもしれません」


クロエが首を傾げた


「良かった?」


レオンも眉をひそめる

セリオスは【古びた革表紙の本】へ視線を落としたまま答えた


「これは魔力回路の譲渡です、魔力侵食症で壊れた回路を別の回路へ置き換える術、理論上は確かに治療になります」


セリオスの顔が少し歪む


「……ですが」


そこで言葉を切った


「これを譲渡するという事はその人の命を譲渡するという事です」


執務室が静まり返りクロエも息を呑んだ

セリオスは静かに続ける


「魔力回路は人が生きる為に必要な器官です、それを失えば人は生きられません、つまり術者は必ず死にます」


重い沈黙が落ちる

クロエは思わず胸元を握った


もし あの日自分が隠れなければ


もし レオンに会っていたら


秘薬の話をしていたら


グラニウスは助かったのではないか?

そう考えた事は一度や二度ではない

ずっと心のどこかで引っ掛かっていた

だが、もし本当に間に合っていたら

レオンはこの魔法陣を使っていたかもしれない

いや違う必ず使っていた

クロエは知っている

レオン・ノルディアという人間を

自分の命と引き換えに父を救えると言われても

迷わず選ぶ

そういう人間だ

クロエは小さく息を吐く

胸の奥に残っていた重い何かが、ほんの少しだけ軽くなった気がした


セリオスは【古びた革表紙の本】を閉じた

そして静かにレオンを見る


「だから良かったのかもしれません」


レオンは黙っていた

セリオスは続ける


「グラニウス様は助かったかもしれません……ですが…」


そこで言葉を区切った


「これを使っていたら、死んだのはレオンさんです」


迷いは無い断言だった

レオンも

クロエも

言葉を失った

セリオスは小さく苦笑した


「私も同じ病ですので分かるのです」


レオンは顔を上げた

セリオスは静かに続ける


「自分が助かる為に大切な人が死ぬ……そんな治療を望ぶ方は居ません………少なくとも私は望みません」


その声は穏やかだった

だが強かった

セリオスは微笑む


「だからグラニウス様も同じだったと思います」


クロエは静かに目を伏せた

レオンもまた【古びた革表紙の本】を見る

父を救えたかも知れない方法

そう思っていた

自分が身代わりになれば良かったのではないのか?

と父が亡くなったすぐの頃は何度も何度も考えていた

だが【使用者が死ぬ魔法陣】を半日の差で使えなかった

けれどその結果、父は最後まで父のままで居られたのかもしれない

セリオスは【古びた革表紙の本】をレオンへ返した


「ありがとうございます、ですが私は使いません」


「分かっています」


レオンも頷いた

これは治療法ではなかった

ただの最終手段だった事を知った

そして父を救えなかった方法でもあった

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