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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第4章 新事業と枢機卿

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第77話 未来への投資

 孤児院から戻った翌日。


 ノルディア邸の執務室には、レオン、セリオス、クロエ、ゼムの四人が集まっていた。


 机の上には、孤児院から預かった資料と、今後の教育計画を記すための紙が並べられている。


 昨日、魔力を持っていることが分かったラッツとリン。


 二人に何を学ばせ、どのような仕事を任せるのか。


 それを話し合うためだった。


 レオンは一枚の資料へ目を通す。


「ラッツは十二歳でしたね」


「ええ」


 向かいに座るセリオスが頷いた。


「読み書きには問題ありません。計算も、同年代の平民としてはかなり優秀な方です」


 その言葉を聞き、レオンは少しだけ表情を緩めた。


 孤児院の教育環境には、以前から力を入れている。


 宿場町で商人や職人を引退した者達へ給金を払い、教師として孤児院へ通ってもらう。


 ノルディア邸の書庫に眠っていた本も、子供向けのものを選んで運び込んだ。


 文字の読み書き。


 日常生活や仕事で必要になる計算。


 王国の地理や、最低限の礼儀作法。


 孤児院を出た後、自分の力で生きていくために必要な知識を、少しでも学べるようにしてきた。


「孤児院の子供達が、あれほど学べる環境は珍しいですよ」


 セリオスが感心したように言った。


「そうなのですか?」


「ええ。教会でも教育は行っています。ですが、本は高価ですし、読み書きを教えられる者も不足していますから」


 セリオスは資料へ視線を落とす。


「教会が管理する孤児院であっても、地域によって教育環境に大きな差があるのが現実です」


 教師を用意できるか。


 教材を揃えられるか。


 そして、子供達が勉強する時間を確保できるか。


 孤児院の暮らしに余裕がなければ、教育へ回せるものは少ない。


「学ぶ機会がなければ、将来の選択肢も増えませんから」


 レオンは腕を組みながら答えた。


 知識がなければ、選べる仕事は限られる。


 読み書きができなければ、契約書の内容さえ確かめられない。


 計算ができなければ、給金を誤魔化されても気づけない。


 孤児だからという理由だけで、子供達の未来が決められてしまう。


 それだけは避けたかった。


 ゼムが穏やかに目を細める。


「ぼっちゃまらしいお考えです。昔から、子供達の教育には熱心でいらっしゃいましたから」


 クロエも横から資料を覗き込んだ。


「それなら、読み書きと計算は大丈夫そうだね。でも、問題は回復薬かな。普通の勉強とは違うし」


「その通りです」


 ゼムも同意するように頷いた。


「製造方法を覚えるだけでは足りません。いずれは帳簿の記入や材料の在庫管理も必要となるでしょう」


 回復薬事業は、一度作って終わりではない。


 魔力草を育てる。


 収穫し、乾燥させ、製造に適した状態へ加工する。


 完成した回復薬の数を記録し、保管し、必要な場所へ運ぶ。


 長く事業を続けるのであれば、その全てを管理できる人材が必要になる。


 まずは年長であるラッツに、回復薬の製造技術を学ばせる。


 まだ幼いリンには、簡単な補助作業から覚えてもらう。


 二人が成長すれば、他の子供達へ仕事を教える役目も任せられるだろう。


 魔力を持たない子供であっても、魔力草の栽培や選別、運搬、帳簿の記入など、できる仕事は多い。


 将来的には、孤児院全体で事業に関われる形を作る。


 そのためにも、今から教育を始める必要があった。


 だが、話を進めていたレオンは、ふと動きを止めた。


「待ってください」


 三人の視線が、一斉にレオンへ集まる。


「どうしました?」


 セリオスが尋ねた。


 レオンは机の上で指を組み、僅かに眉を寄せる。


「本当に、二人へ魔力を使わせても問題ないのですか?」


「何か気になることが?」


「魔力侵食症です」


 その病名が出た瞬間、部屋の空気が静まり返った。


 レオンは表情を変えないまま続ける。


「ラッツもリンも、まだ子供です。幼い頃から魔力を使わせ続ければ、身体に負担がかかるのではありませんか?」


 脳裏に、父の姿が浮かぶ。


 グラニウス・ノルディア。


 魔力侵食症に身体を蝕まれながら戦い続け、最後には領都を守るために命を使い果たした。


 あの病が、どれほど人の身体を苦しめるものなのか。


 レオンは知っている。


 仕事を与えるために、子供達の身体を危険へ晒すのなら本末転倒だ。


 クロエの表情も真剣なものへ変わっていた。


「確かに……その可能性があるなら、簡単には進められないね」


 セリオスは僅かに目を見開いた。


 やがてレオンの心配を理解したように、表情を和らげる。


「なるほど。そのことを心配されていたのですね」


「はい」


「結論から申し上げれば、適切に管理する限り、危険は極めて低いでしょう」


 レオンが顔を上げる。


 セリオスは懐から小さな硝子瓶を取り出し、机の上へ置いた。


 瓶の中には、淡い青色の粉が入っている。


「教国では、古くから回復薬を製造しています。当然、幼い頃から製造技術や魔力の扱いを学ぶ者もいます」


 セリオスは瓶を指先で示した。


「ですが、回復薬の製造訓練が原因で魔力侵食症を発症したという例を、私は知りません」


 クロエが不思議そうに瓶を覗き込む。


「その粉が関係あるの?」


「ええ。魔力草から抽出した成分です」


 セリオスは静かに頷いた。


「魔力回路へ蓄積する負担を軽減する働きがあります。教国では、見習い神官や見習い聖騎士など、日常的に魔力を使う者へ定期的に服用させています」


 ゼムが瓶へ目を向ける。


「つまり、魔力侵食症の予防薬でございますか」


「その認識で問題ありません。ただし、あくまでも負担を軽減するためのものです。既に発症した魔力侵食症を治すことはできませんし、服用すれば絶対に発症しないというものでもありません」


 その言葉に、レオンは僅かに目を伏せた。


 治療薬ではない。


 もし父が飲んでいたとしても、既に進行していた病を治すことはできなかったのだろう。


「それに、魔力草は希少です」


 セリオスは青い粉の入った瓶を見つめる。


「誰にでも配れるほどの量はありません。そのため教国でも、神官や聖騎士など、魔力を使う機会の多い者へ優先的に与えています」


 だが、ノルディア領では魔力草の栽培に成功した。


 安定して量産できるようになれば、この粉をラッツとリンへ定期的に与えることも難しくはない。


「加えて、回復薬の製造で消費する魔力は、それほど多くありません」


 セリオスは説明を続ける。


「一日に作る本数を制限し、訓練の合間に十分な休息を取らせます。何時間も連続して魔法を使わせるようなことをしなければ、身体へ大きな負担がかかることはないでしょう」


 レオンはしばらく黙って考え込んだ。


 予防のための粉。


 製造本数の制限。


 定期的な休息。


 さらに体調を細かく確認し、少しでも異変があれば作業を止める。


 そこまで徹底すれば、危険は抑えられる。


「分かりました」


 レオンは静かに頷いた。


「それなら、二人にも学んでもらえそうですね」


「ええ」


 セリオスは微笑む。


「むしろ、魔力を持ちながら扱い方を何も学べない方が危険です。正しい使い方と、自分の限界を幼い頃から知っておくことにも意味があります」


 魔力は、使い方次第で多くの人を救える力になる。


 だが、扱い方を知らなければ、自分や周囲を傷つけることにもなりかねない。


 何も教えずに遠ざけるのではなく、正しい知識を与える。


 その方が、二人の将来にとっても良いはずだ。


 クロエも安堵したように息を吐いた。


「それなら安心かな」


「ああ」


 レオンは机に広げられた資料を一つにまとめた。


「では、教育計画は予定通り進めましょう。ただし、二人の体調を最優先にします。少しでも異常があれば、その時点で中止してください」


「承知しました」


 セリオスが頷く。


 ゼムは新しい紙を取り出し、必要なものを書き留め始めた。


「読み書きと計算については、現在の教師達に引き続きお願いしましょう。帳簿や在庫管理を教えられる者については、私が新たに手配いたします」


「頼む」


「お任せください。ぼっちゃまは、栽培方法の確立と事業計画へ集中なさってください」


 回復薬の製造技術と、魔力の扱い方はセリオスが教える。


 読み書きと計算は、現在の教師達が担当する。


 帳簿や在庫の管理については、ゼムが適任者を探す。


 それぞれの役割が、少しずつ決まっていく。


 その様子を見ながら、クロエが楽しそうに笑った。


「でも、リンちゃんが真面目に勉強してくれるといいけどね」


「そこが最大の難関かもしれません」


 セリオスも苦笑する。


 昨日、礼拝堂で起きた愛妾騒動を思い出したのだろう。


 レオンは片手で額を押さえ、深いため息を吐いた。


「勉強を教える前に、変な言葉を覚えないようにする方が先かもしれないな……」


「宿場町の方々にも、十分注意しておく必要がございますね」


 ゼムが大真面目な顔で付け加える。


 その言葉に、執務室へ小さな笑いが広がった。


 回復薬事業は、まだ始まったばかりだ。


 魔力草の安定した栽培。


 回復薬を作るための設備。


 教国との調整。


 そして、ラッツとリンの教育。


 やるべきことは山ほど残っている。


 それでも、一つずつ確実に前へ進んでいた。


 ラッツとリンの未来。


 孤児院で暮らす子供達の未来。


 そして、ノルディア領の未来。


 これまで交わることのなかったそれぞれの道が、回復薬という新たな産業によって、少しずつ繋がり始めていた。

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