第74話 群生地の正体
丘から戻った翌日。
レオン達は再び、ノルディア邸の裏手にある実験場へ集まっていた。
三つの木箱では、魔力草が順調に育っている。
青白い葉は以前よりも大きくなり、朝日を受けて淡く輝いていた。
黄色く変色する様子も、萎れる気配もない。
セリオスは一株ずつ慎重に確かめた後、確信を込めて頷いた。
「間違いありません。魔力草の栽培には成功しています」
クロエが嬉しそうに笑う。
「やったね」
「まだ終わりではない」
レオンは木箱を見つめたまま答えた。
「成功した理由が分からなければ、意味がない」
偶然育っただけでは、産業にはできない。
同じ環境を何度でも再現できてこそ、初めて価値が生まれる。
セリオスも真剣な表情で頷いた。
「その通りです。安定して栽培するためには、何が必要なのかを明らかにしなければなりません」
レオンは実験用の机へ一枚の紙を置いた。
これまで試した条件を、上から順番に書き出していく。
◇
群生地から持ち帰った土
土属性魔法で作った土
領都周辺にある普通の土
◇
三種類の土。
だが、今回はその全てで魔力草が育っている。
クロエも紙を覗き込み、納得したように頷いた。
「少なくとも、群生地の土じゃなきゃ駄目ってわけじゃないんだね」
「ああ。土の種類そのものは関係ないらしい」
レオンは答えながら、最初の実験を思い返した。
群生地から持ち帰った土を使った時は、発芽すらしなかった。
クロエが魔法で作った土へ植えると、発芽には成功した。
だが、数日後には葉が黄色く変色し、成長も止まった。
そして今回。
三種類全ての土へボアの血を混ぜ、丘の湧水を与えたところ、魔力草は枯れることなく育っている。
問題は、どの土地の土を使うかではない。
その土が、どのような状態にあるかだ。
レオンは紙の下へ、新たな二つの条件を書き加えた。
◇
ボアの血
丘から湧き出す水
◇
「残るのは、この二つですね」
セリオスが言った。
レオンは腕を組み、これまでに得た情報を一つずつ整理していく。
「まず、魔獣の血から考えましょう」
全員の視線がレオンへ集まる。
「最初に魔力草を見つけた群生地には、何がいた?」
クロエが答える。
「ウィンドウルフ」
「魔獣ですね」
セリオスも続ける。
レオンは頷き、さらに尋ねた。
「では、解体場には何があった?」
「大量のボアの血でございます」
ゼムが即答した。
「そうだ」
レオンは紙へ線を引く。
群生地。
解体場。
まったく異なる二つの場所で、魔力草は自然に生えていた。
だが、共通しているものがある。
"魔獣"の存在だ。
セリオスも考え込むように目を細めた。
「確かに、これまで魔力草が発見された場所にも、ほぼ必ず魔獣が生息していました」
魔力草が魔獣の縄張りでしか見つからないから、採取が危険になる。
これまでは、それだけのことだと考えられていた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
魔力草が、偶然にも魔獣の生息地に生えているのではない。
魔獣がいるからこそ、その場所に魔力草が生えるのだとしたら。
「魔獣の体内には、多くの魔力がある」
レオンは紙へ視線を落とした。
「中でも、血には特に多くの魔力が含まれている」
「では、魔獣の血が土へ魔力を与えているのですか?」
セリオスの問いに、レオンは頷いた。
「おそらくは」
そこでクロエも気づいたように声を上げる。
「あっ……だから普通の土でも育ったんだ」
「ああ」
今回の実験では、三種類全ての土へボアの血を混ぜていた。
最初は何の変哲もなかった普通の土でさえ、魔力を含む血が染み込めば、魔力を帯びた土へと変わる。
賢者の資料に記されていた条件。
魔力を帯びた土。
それは、最初から特別な土を用意しろという意味ではなかったのかもしれない。
普通の土へ魔力を与えれば、それで条件を満たすことができる。
クロエが魔法で作った土で発芽したことも、その考えを裏づけていた。
「あの時は、魔法で作った土には、魔力が残っていたから発芽した」
レオンが言うと、クロエも自分の作った土へ目を向ける。
「でも、途中で魔力が足りなくなったから枯れた?」
「その可能性が高い」
土へ込められていた魔力は、魔力草が成長するにつれて吸収されていった。
やがて魔力が尽き、成長を続けられなくなった。
そう考えれば、発芽した後に枯れたことにも説明がつく。
一方、魔獣の血を混ぜた土には、より多くの魔力が含まれている。
しかも、新たな血を加えれば、失われた魔力を補うこともできる。
「なら、血は確定じゃない?」
クロエが尋ねる。
「限りなく近い」
レオンは慎重に答えた。
「少なくとも、土へ魔力を与えるために使えることは間違いない」
そして、もう一つ。
レオンは紙に記した丘の水へ目を向ける。
「あとは水だ」
実験場に静かな沈黙が落ちた。
昨日、丘の麓で調べた湧水。
あの水が濃く、安定した魔力を帯びていることは、セリオスが確認している。
解体場にも同じ水が引かれていた。
レオンが氷魔法で作った水にも魔力は含まれていたはずだ。
だが、それでは魔力草を育てることができなかった。
丘の湧水とは、魔力の量か性質、あるいは安定性が違うのだろう。
「あの湧水は特殊です」
セリオスが改めて告げる。
「長い時間をかけて、周囲から魔力を取り込んでいるのかもしれません。いずれにしても、普通の水とは明らかに異なります」
レオンは紙へ、もう一本の線を引いた。
魔獣の血。
魔力を帯びた水。
そして、魔力草の群生地。
少しずつ、全てが繋がっていく。
その紙を眺めていたクロエが、不思議そうに首を傾げた。
「でも、どうして群生地になるの?」
その一言で、全員が考え込んだ。
なぜ、魔力草はどこにでも生えるわけではないのか。
なぜ、特定の場所にだけ集まって生えるのか。
魔獣の血が必要だとしても、魔獣同士の争いは森の至るところで起きているはずだ。
それだけでは、群生地が限られている理由を説明できない。
しばらく沈黙が続いた。
やがてレオンが顔を上げる。
「……逆じゃないか?」
「逆?」
クロエが聞き返す。
「魔力草の群生地があるから、魔獣が集まるんじゃない」
レオンは紙へ引いた二本の線を指でなぞった。
「魔獣が集まる場所だから、魔力草の群生地になるんだ」
セリオスの目が僅かに細くなる。
レオンは考えを確かめるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「魔獣にも水は必要だ。魔力を帯びた水が湧く場所があれば、周辺に魔獣が集まる」
水を求めて集まった魔獣は、同じ場所を縄張りにしようと争う。
獲物を狩ることもある。
別の魔獣に倒されることもある。
そこで流れた血が地面へ染み込み、土へ魔力を与える。
そして、その傍らには魔力を帯びた水が流れている。
「魔獣の血によって魔力を帯びた土と、魔力を帯びた水」
レオンは静かに告げた。
「その二つが揃った場所で、魔力草が育つ」
クロエの目が少しずつ大きくなる。
「それって……」
「天然の畑だ」
魔獣が集まる。
争いによって血が流れる。
血が土へ魔力を与える。
そこへ、魔力を帯びた水が流れ込む。
偶然その条件が揃った場所で、魔力草は芽吹き、やがて群生地を作る。
解体場も同じだった。
毎日のようにボアの血が流れ、丘から引いた水が地面を潤している。
人間が意図せず、魔力草の育つ環境を作り出していたのだ。
セリオスは息を呑んだ。
「確かに、それなら説明がつきます」
魔力草が魔獣の生息地でしか見つからない理由。
解体場に生えていた理由。
三種類全ての土で栽培に成功した理由。
クロエの作った土では発芽したものの、途中で枯れてしまった理由。
これまでの結果が、一つの仮説によって繋がっていく。
ゼムも静かに頷いた。
「つまり、同じ環境を人の手で作ることができるということですね」
「ああ」
レオンは三つの木箱へ視線を向けた。
「魔獣の血と、魔力を帯びた水。その二つを用意できればな」
もちろん、まだ確かめるべきことはある。
血と水を別々に使った場合、魔力草がどう育つのか。
どの程度の量が必要なのか。
一度与えた血の魔力が、どれほどの期間残るのか。
収穫できるまでに、何日かかるのか。
本格的な量産へ進むためには、さらに実験を重ねなければならない。
それでも、栽培方法の核となる部分は見えてきた。
クロエは木箱の中で育つ魔力草を見つめる。
「じゃあ、本当に栽培できるんだ」
「ああ」
レオンも、僅かに口元を緩めた。
「そのようだな」
セリオスは青白い葉を見つめたまま、驚きを隠せずにいた。
「王国で初めての成功かもしれません。いえ……教国を含めても、魔力草の栽培に成功したという記録を、私は知りません」
これまでは、誰も栽培できなかった。
だからこそ、危険を冒して魔獣の生息地へ入り、自然に生えているものを採取するしかなかった。
危険が大きい。
採れる量も安定しない。
それゆえに魔力草は常に不足し、高値で取引されてきた。
だが、今は違う。
目の前で、人の手によって植えられた魔力草が育っている。
「これ……本当に凄いことなんじゃない?」
クロエが思わず呟く。
「凄いことですよ」
セリオスは苦笑しながらも、はっきりと答えた。
「回復薬の材料を、安定して量産できるかもしれないのですから」
誰もが、その言葉の意味を理解していた。
回復薬。
魔力草。
孤児院。
魔力を持つ子供達の仕事。
そして、ノルディア領に生まれる新たな産業。
これまで構想に過ぎなかった全てが、ようやく現実味を帯び始めている。
レオンは木箱の中で揺れる魔力草を見つめた。
まだ、小さな株だった。
青白い葉も、掌へ収まるほどの大きさしかない。
だが、その小さな葉が、ノルディア領の未来を大きく変えることになる。
そんな予感があった。




