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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第73話 丘の水

魔力草の栽培に成功した翌日。


レオン達は再び、ノルディア邸の裏手にある実験場へ集まっていた。


木箱の中では、魔力草が順調に育っている。


群生地から持ち帰った土。


クロエが土属性魔法で作った土。


そして、どこにでもある普通の土。


三つの木箱に植えられた魔力草は、いずれも青白い葉を広げ、同じように成長していた。


今のところ、土による違いはほとんど見られない。


木箱を覗き込みながら、クロエが首を傾げる。


「結局、どれだったんだろうね」


「何がだ?」


レオンが尋ねると、クロエは魔力草を指差した。


「成功した理由。群生地の土が特別だったわけじゃないんでしょ?」


「ああ」


レオンは三つの木箱を見比べながら頷いた。


群生地の土だけで育ったのなら、話は簡単だった。


魔力草が自生していた場所の土には、何らかの特別な性質がある。


そう結論づけることができたからだ。


だが、実際は違う。


クロエが作った土でも、普通の土でも、魔力草は同じように育っている。


少なくとも、群生地の土が栽培に不可欠というわけではなかった。


セリオスも魔力草を観察しながら、静かに頷く。


「そのようですね。群生地の土は、必須条件ではなかった。そうなると、残るのは二つです」


「ボアの血と、丘の水」


レオンが答える。


前回までの実験と、今回の実験。


その条件を比べた時、新たに加えたものはその二つだけだった。


クロエは腕を組み、少し考えてから口を開く。


「ボクは血だと思うな。解体場にも生えてたし」


確かに、筋は通っている。


魔獣の血には多くの魔力が含まれている。


解体場では毎日のようにボアの血が流れ、その周辺には実際に魔力草が生えていた。


しかし、レオンは小さく首を振った。


「血だけが理由なら、解体場はとっくに魔力草だらけになっているはずだ」


クロエの動きが止まった。


「あ……」


解体場で処理されるボアの数は、一頭や二頭ではない。


毎日のように大量の血が流れているにもかかわらず、生えていた魔力草は僅か数株だけだった。


血だけで育つのなら、あれほど少ないはずがない。


セリオスも顎へ手を添え、考え込む。


「では、丘から引いている水に理由があるのでしょうか」


レオンはしばらく黙っていた。


やがて顔を上げると、その場から立ち上がる。


「確認してみましょう」


「確認?」


クロエが目を瞬かせる。


「あの水が湧いている丘へ行きます」


「直接調べるのですね」


「ええ」


レオンが頷くと、セリオスも立ち上がった。


「分かりました。行ってみましょう」



春の柔らかな風が、ノルディアの大地を吹き抜けていた。


レオン達は領都の外れにある丘へ向かって歩いていく。


遠くには、色とりどりの花に囲まれたグラニウスの墓が見えていた。


レオンとゼムは、これまでにも何度となく足を運んでいる。


クロエも、ノルディア領を訪れるたびに墓参りをしていた。


だが、セリオスがこの丘へ来るのは初めてだった。


やがて四人は丘の麓へ辿り着く。


そこには岩の隙間から湧き出す、小さな泉があった。


澄み切った水が絶え間なく溢れ、細い水路を通って領都の方角へ流れている。


ボアの解体場へ引かれていたのも、この水だった。


セリオスは泉の傍らへしゃがみ込む。


水面へ手をかざし、静かに目を閉じた。


掌から淡い光が溢れる。


周囲の魔力を探るように、ゆっくりと自らの魔力を水へ流していく。


誰も言葉を発しなかった。


聞こえるのは、水が流れる音と草木を揺らす風の音だけ。


しばらくして、セリオスの赤い瞳が大きく見開かれた。


「これは……」


「何か分かりましたか?」


レオンが尋ねる。


セリオスは水面を見つめたまま、静かに答えた。


「この水は、魔力を帯びています」


その言葉に、場の空気が止まった。


クロエが驚いたように目を丸くする。


「魔力を?」


「はい」


セリオスは指先で水へ触れた。


澄んだ水に小さな波紋が広がり、春の日差しを受けてきらきらと輝く。


「僅かに含まれているという程度ではありません。これほど濃く、安定して魔力を帯びた水を見たのは、私も初めてです」


レオンは黙って湧水を見つめた。


脳裏に、賢者の研究資料へ残されていた言葉が浮かぶ。


魔力を帯びた土。


魔力を帯びた水。


その両方を満たす環境で、特殊な薬草の育成を確認したという記録。


これまで使っていたのは、レオンが氷魔法で作った氷を溶かした水だった。


確かに魔力は含まれていたはずだ。


だが、この湧水とは何かが違う。


含まれている魔力の量なのか。


魔力そのものの性質なのか。


それとも、魔力が水の中へ安定して定着していることに意味があるのか。


まだ断定はできない。


それでも、魔力草が育った理由へ大きく近づいたことだけは確かだった。


その時だった。


「あっ……!」


クロエが何かに気づいたように声を上げる。


「だからか……」


「何がだ?」


レオンが振り返ると、クロエは丘の上を指差した。


「グラニウス様の花」


全員の視線が、丘の頂へ向けられる。


そこにはグラニウスの墓を取り囲むように、色とりどりの花が咲き誇っていた。


クロエは丘を見上げたまま続ける。


「領民の人達が持ってくる花は、いつもこの水で生けてるんだ」


「そうだったのか?」


「うん。普通の花なのに、驚くほど長持ちするんだよ。前から不思議だったけど……この水が魔力を帯びていたからなんだね」


レオンも墓の周囲へ目を向ける。


確かに、何日も前に供えられたはずの花が、今も瑞々しさを保っていた。


解体場の職人も言っていた。


この水で洗った肉は、普通の水で洗ったものより鮮度が長く保たれる、と。


それも偶然ではなかったのだろう。


水に含まれる魔力が、植物や肉の劣化を遅らせている。


そう考えれば、全てに説明がつく。


一方、セリオスは丘の上を見つめたまま、目を見開いていた。


最初は、墓の周囲に花畑が作られているのだと思っていた。


だが、違った。


墓を囲む無数の花。


その全てが、誰かの手によって供えられたものだった。


「まさか……あの花は、全て献花なのですか?」


「ええ」


レオンは静かに頷く。


「今でも領民の方々が持ってきてくださいます」


グラニウスが亡くなってから、既に二年半が過ぎている。


それでも、花が途切れたことはなかった。


町の者が。


村から訪れた者が。


かつて助けられた兵士や、その家族が。


それぞれの思いを込めて花を供えていく。


春の風が丘を撫で、無数の花々が一斉に揺れた。


その光景を前に、セリオスはしばらく言葉を失っていた。


グラニウス・ノルディアという人物が、どれほど領民から慕われていたのか。


説明されずとも、目の前の光景だけで分かる。


やがてセリオスは、感慨深そうに呟いた。


「愛されていたのですね」


レオンはほんの少しだけ目を細める。


「そうですね……父上は、そういう人でした」


穏やかな沈黙が落ちる。


誰も言葉を重ねようとはしなかった。


ただ、丘を吹き抜ける風だけが、花々を静かに揺らしていた。


しばらくして、セリオスが何かを思い出したように口を開く。


「そういえば……孤児院の子供達から、グラニウス様のお話を聞きました」


レオンが顔を向ける。


「何を聞いたのですか?」


「北の守護者のお話です」


セリオスは微笑んだ。


「皆、とても誇らしそうに話していました」


『ワイバーンを五体も倒したんだ!』


『一撃だったんだぞ!』


『グラニウス様は最強なんだ!』


目を輝かせながら話していた子供達の姿を思い出し、セリオスは小さく笑う。


それから、丘の上にある墓へ視線を戻した。


「あの北の戦神が、この地では北の守護者と呼ばれているのですね」


その呼び名に、レオンは僅かに目を細めた。


北の戦神。


前世で遊んだ『ノルドレア・ロワイヤル』の中でも、ルーカスはグラニウスをそう呼んでいた。


ルーカスにとって北の戦神は、強く尊敬する剣士だった。


一方、王国内で広く知られている呼び名は、北の守護者。


おそらく、その名が他国へ伝わるうちに、北の戦神へと変わったのだろう。


レオンは、その程度に考えていた。


「王国では、北の守護者と呼ばれています」


「なるほど……」


セリオスは静かに頷いた。


戦神ではなく、守護者。


墓を覆うほど多くの花を見た今なら、その呼び名に込められた意味もよく分かる。


グラニウスは、ただ強いだけの人間ではなかった。


この地と、ここに暮らす人々を守り続けた人物だったのだ。


やがて、セリオスの表情に僅かな疑問が浮かぶ。


「ですが……その後、グラニウス様はほどなくして亡くなられたと聞いています」


一度、言葉を切る。


尋ねてよいことなのか、迷っているようだった。


「失礼を承知で伺います。いったい、何があったのですか?」


レオンはすぐには答えなかった。


風に揺れる花々の向こうに、父の墓を見つめる。


そして、静かに口を開いた。


「魔力侵食症です」


セリオスの表情が固まった。


「魔力侵食症……?」


「ええ」


レオンは小さく頷く。


「父上は、亡くなる二年以上前から患っていました」


セリオスは言葉を失った。


魔力侵食症がどのような病なのか、知らないはずがない。


体内の魔力が自らの身体を蝕み、少しずつ命を削っていく。


魔力を使えば使うほど、症状は悪化する。


その状態で戦うなど、自ら命を捨てる行為に等しい。


「本来なら、剣を握ることさえ許される状態ではありませんでした」


レオンの声は静かだった。


「それでも父上は、領都を守るために戦いました。そして……限界を超えた」


戦わなければ、領都が滅びる。


多くの領民が命を落とす。


グラニウスは、それを知っていた。


だから、自らの命が尽きると分かっていても剣を取った。


再び風が吹き抜ける。


墓へ供えられた花々が、まるでその言葉へ応えるように揺れた。


セリオスは、静かに墓を見つめていた。


北の守護者と呼ばれた男。


王国北部を長年守り続けてきた英雄でさえ、魔力侵食症には勝てなかった。


それはセリオスにとっても、あまりに重い現実だった。


やがてセリオスは墓へ向き直り、深く頭を下げる。


「本当に……素晴らしい方だったのですね」


レオンは何も答えなかった。


ただ、父の眠る墓を静かに見つめていた。


しばらくして、その視線を丘の麓にある湧水へ戻す。


魔力を帯びた水。


賢者の研究資料。


魔力草。


解体場へ流れ込むボアの血。


まだ、全ての答えが出たわけではない。


魔力草の成長に、この水だけが必要なのか。


それとも、魔獣の血も欠かせないのか。


確かめなければならないことは残っている。


それでも、これまで別々に存在していた幾つもの手掛かりが、少しずつ一本の線で繋がり始めていた。

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