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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第72話 比較実験

解体場から戻った翌日。


レオン達は、再びノルディア邸の裏手にある実験場へ集まっていた。


作業台の上には、三つの木箱が並べられている。


その傍らに置かれているのは、解体場から持ち帰ったレッドボアの血。


丘から引かれていた水。


そして、三種類の土だった。


クロエが並べられた木箱を見つめ、不思議そうに首を傾げる。


「これ、全部使うの?」


「ああ」


レオンは頷いた。


これまでの実験で、幾つか分かったことがある。


魔力草の群生地から持ち帰った土では、発芽しなかった。


クロエの土属性魔法で作った土を使えば、発芽には成功した。


だが、その芽も途中で成長を止め、枯れ始めてしまった。


つまり、まだ何かが足りていない。


セリオスが作業台へ視線を落とす。


「今回は、魔獣の血を使うのですね」


「ああ。試してみる」


レオンは答えた。


「ただ、その前に確かめておきたいことがある」


クロエが首を傾げる。


「確かめたいこと?」


「ああ」


レオンは三つの木箱を指差した。


「俺達は最初から、魔力草が生えていた場所の土には、何か特別な性質があると思い込んでいた」


セリオスが小さく頷いた。


実際に魔力草が群生していた場所の土なのだから、そう考えるのは自然なことだった。


しかし、特別な土であると証明されたわけではない。


群生地から持ち帰ったというだけで、最初から必要な条件だと決めつけていたのだ。


「だから今回は、土の違いを比べる」


レオンは一つ目の木箱へ手を置いた。


「一つ目には、魔力草の群生地から持ち帰った土」


次に、二つ目を指差す。


「二つ目には、土属性魔法で作った土」


最後に、三つ目の木箱へ視線を向ける。


「そして三つ目には、どこにでもある普通の土を使う」


クロエが驚いたように目を瞬かせた。


「普通の土も使うの?」


「ああ」


レオンは頷く。


「そもそも魔力草を育てるために、特別な土が本当に必要なのか。それを確かめる」


セリオスの表情が僅かに変わった。


「比較実験ですか」


「その方が確実です」


今回、三つの木箱で変えるのは土だけ。


それ以外の条件を全て同じにすれば、土の違いが成長へ影響するのかを比較できる。


一つずつ条件を確かめなければ、たとえ栽培に成功しても、何が必要だったのか分からない。


思い込みのまま進めれば、また同じ失敗を繰り返すことになる。


傍らで話を聞いていたゼムも、納得したように頷いた。


「合理的な方法かと存じます」


「よし。始めよう」


レオンの言葉を合図に、実験の準備が始まった。


一つ目の木箱には、群生地から持ち帰った土。


二つ目には、クロエが魔法で作った土。


三つ目には、邸の敷地から掘り出した普通の土。


それぞれを同じ量だけ入れていく。


続いて、解体場から持ち帰ったレッドボアの血を加えた。


濃い赤色の血が土の表面へ落ち、ゆっくりと染み込んでいく。


三つの箱から、鉄に似た独特の匂いが立ち上った。


その光景を眺めていたクロエが、僅かに顔を引きつらせる。


「改めて見ると、凄い光景だね……」


「農業というより、錬金術の実験に見えますね」


セリオスも困ったように苦笑した。


血が土へ十分に染み込んだところで、丘から持ち帰った水を加える。


澄み切った水が、赤黒く濡れた土へ吸い込まれていった。


最後に、レオンは三つの木箱へ魔力草の根と茎を植える。


植える深さ。


血の量。


水の量。


日当たり。


全ての条件を揃えた。


違うのは、木箱へ入れた土だけだった。


「これで、あとは待つだけだ」


レオンの言葉に、全員が頷いた。


          ◇


三日後。


実験場を訪れたレオンは、三つの木箱の前で腕を組んでいた。


隣では、クロエが結果を待ちきれない様子で木箱を覗き込もうとしている。


「どう?」


レオンは答えなかった。


代わりに、木箱の中を指差す。


クロエが身を乗り出し、その目を大きく見開いた。


「出てる……」


土の表面から、小さな芽が顔を出していた。


淡い緑色の葉には、僅かに青白い色が混じっている。


しかも、芽が出ているのは一つの木箱だけではない。


群生地の土。


クロエが作った土。


普通の土。


三つ全てから、魔力草の芽が出ていた。


セリオスも驚いたように身を乗り出す。


「全て発芽しています」


ゼムも珍しく目を見開いていた。


クロエは三つの木箱を順番に見比べる。


「どの土でも同じだ……」


「ああ」


レオンも頷いた。


「今のところはな」


少なくとも、発芽するために群生地の土や魔法で作った土が必須というわけではないらしい。


しかし、まだ喜ぶには早かった。


前回も発芽までは成功している。


問題は、その後だった。


数日の間は順調に見えた芽が、突然成長を止めて枯れ始めた。


今回も同じ結果になる可能性は、十分に残っている。


「もう少し様子を見よう」


レオンの言葉に、全員が同意した。


          ◇


それから十日後。


四人は再び、三つの木箱の前へ集まっていた。


中を覗き込んだ瞬間、クロエが声を上げる。


「大きくなってる!」


魔力草は、前回よりも明らかに成長していた。


細かった茎は長く伸び、青白い葉の数も増えている。


葉先まで生気に満ち、枯れ始める兆候も見られなかった。


セリオスは一株ずつ、慎重に状態を確かめていく。


葉。


茎。


土の中へ伸びた根。


しばらく確認を続けた後、セリオスはゆっくりと顔を上げた。


「……成功です」


静かな声だった。


だが、その言葉が持つ意味は大きかった。


誰も、すぐには言葉を発することができなかった。


失敗に次ぐ失敗。


発芽すらしなかった最初の実験。


ようやく芽を出したにもかかわらず、途中で枯れてしまった二度目の実験。


何度も条件を変え、原因を考え、やり直してきた。


だからこそ、本当に成功したという実感が、すぐには湧かなかった。


最初に口を開いたのは、クロエだった。


「……成功したんだ」


「ああ」


レオンも、目の前の魔力草を見つめたまま頷く。


「どうやら、そのようだな」


セリオスは、青白い葉を茂らせる魔力草を見つめていた。


その表情には、今も驚きが残っている。


「教国でさえ、成功していない研究です」


震えるような声で呟く。


「それが、本当に……」


その先の言葉が続かなかった。


教国が長年成し遂げられなかった魔力草の人工栽培。


その最初の成功例が、今、目の前にある。


ゼムも、珍しく安堵したように表情を和らげていた。


しかし、レオンは三つの木箱を順番に見つめる。


群生地から持ち帰った土。


クロエが魔法で作った土。


どこにでもある普通の土。


全ての木箱で、魔力草は同じように成長していた。


栽培そのものには成功した。


だが、まだ答えが出たわけではない。


今回、新たに加えた条件は二つある。


レッドボアの血。


そして、丘から引かれた水。


必要なのは血だけなのか。


水だけなのか。


それとも、両方が揃って初めて育つのか。


そこを見極めなければ、安定した量産には繋げられない。


むしろ、本当の研究はここからだった。


レオンは静かに口を開く。


「次は、成功した原因を確かめる」


セリオスも真剣な表情で頷いた。


「ええ。それが分かれば、同じ環境を再現できます」


「そうなれば、量産も可能になる」


三つの木箱の中で、魔力草の青白い葉が風を受けて静かに揺れていた。


その小さな葉は、ノルディア領に生まれようとしている新たな産業の可能性を示しているようだった。

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