第8話 出発の朝
まだ陽も昇り切らない早朝。
ノルディア辺境伯邸の中庭には、冷たい朝霧が立ち込めていた。
騎士達が慌ただしく動き回る。
馬の準備や食料の積み込み。
そして、予備武器の確認。
全てが急ごしらえだった。
それでも、誰一人として不満を口にする者はいない。
なぜなら、弱冠十二歳の領主の息子、レオン・ノルディアがバルド山脈へ向かう。
それだけで、事情を知らない騎士達でさえ、辺境伯家に何かが起きていることは理解していた。
レオンは旅装へ着替え、中庭へ姿を現した。
そこには既に、五人の騎士が集まっていた。
騎士団長 ガレス
副団長 エルン
斥候長 リック
弓兵長 ハンス
重装兵長 ドーグ
ノルディア騎士団でも、指折りの実力者達だ。
「全員、揃っております」
団長ガレスが一歩前へ出る。
レオンは静かに頷いた。
「頼む」
余計な言葉は必要なかった。
全員の目的は同じ。
父 グラニウス・ノルディアを救うこと。
そのためだけに、ここへいる。
「辺境伯様は、必ず待っておられます」
不意にドーグが言った。
豪快な男らしい、真っ直ぐな声だった。
「そうだな」
ハンスも短く頷く。
「辺境伯様だ。簡単には死なん」
リックが苦笑する。
「死神の方が逃げ出しそうだ」
その言葉に、僅かに空気が和らいだ。
レオンの表情も緩む。
そうだ、誰よりも父は強い。
だから、必ず待っていてくれる。
その時だった。
「ぼっちゃま」
ゼムの声が後ろから聞こえた。
振り向くと、ゼムは軽く会釈をした。
一晩中動いていたのだろう。
目の下には、僅かな隈が見える。
それでも、姿勢は真っ直ぐだった。
「何か分かったか?」
レオンはすぐに尋ねるが、ゼムは静かに首を横へ振った。
「申し訳ございません。まだ、手掛かりは……」
レオンは、少し目を閉じる。
(やはり、そう簡単には見つからないか……)
ゲームの中でも、怪しい商人は神出鬼没だった。
だが、諦めるわけにはいかない。
「引き続き探して、必ず見つけてくれ」
「承知しております」
ゼムは深く頭を下げた。
その言葉には、迷いがなかった。
レオンは頷き、馬へ近付いた。
ガレスも騎乗し、他の騎士達も続く。
朝日が、山の向こうから顔を出し始めていた。
長い影が、地面へ伸びる。
「出発の時間だ」
レオンは一度だけ、邸の方へ振り向いた。
父が眠る部屋の方角を見た。
そして、心の中で呟く。
(待っていてください……必ず助けます)
返事はない。
あるのは、朝風だけだった。
「出発する!」
ガレスの号令が響き、騎士達が馬を走らせた。
ノルディアを抜け、北方へ。
目的地は、バルド山脈。
父を救う希望を求めて。
見送るゼムは、小さく呟いた。
「必ずです……ですが、ぼっちゃま。必ずお帰りください。どんなことがあっても」
朝日が東から差し込み、影がくっきりと地面に映し出された。
ゼムの言葉は、誰にも届かなかった。
その頃、城下町の外れでは、一台の竜車の前で小柄な人影が慌ただしく荷物を積み込んでいた。
「なんで!?」
フードの奥から、悲鳴にも似た声が漏れる。
「なんで、ノルディア辺境伯家が僕を探してるの!?」
竜車へ箱を放り込み、すぐさま別の荷物を抱える。
迷彩柄のマントを着た人物が、明らかに焦っている。
「バレた?……いや、何が!?」
自分で自問自答しながらも、作業は続く。
「分かんないけど……怖い!」
あの王都騎士団長まで、動いているらしい。
「いや、なんで!?」
本気度が高すぎる。
どう考えても、普通ではない異常事態だ。
「絶対まずいって!」
頭を抱える。
だが、理由が分からない。
それが一番怖い。
ノルディア辺境伯家が動いている。
王都騎士団長まで情報を集めている。
それだけで、十分だった。
「よし!……逃げよう」
商人は即決だった。
フードを深く被り、竜車へ飛び乗る。
そして、怪しい商人は夜明けと共に姿を消した。
それがレオン達の結末に大きな転換を与えることになるとは、まだ誰も知らなかった。
執事と団長
執務室扉が開きゼムが出てきた
その先にはガレスが、待っていた
ゼム「ガレス殿どうされましたか?」
ガレス「すまない、差し出がましいと思うかもしれないが、私の王都の知人に商人の件頼んでもいいかと」
ゼム「それは助けに船でございます、けれど王都の知人とは……ガレス殿が以前居られた王国騎士団でしょうか?」
ガレス「あぁ、自分の同期なのですが、今は頼れる役職になっているので……それとレオン様の話ですが……」
ゼム「確かに信じ難いでしょう」
ガレス「ゼム殿はあの話を信じていられるのか?」
ゼム「はい、ぼっちまの事を誰よりも信じております、小さい頃から、不思議な事を言っておられたので、私は慣れておりますが……大丈夫で御座いましょう」
ガレス「ゼム殿がそこまでさっきの話を信用するとは……失礼、早急に準備と連絡をしてきます」
ゼム「ガレス殿、レオン様の事をどうかよろしくお願い致します」




