第7話 深夜の招集
深夜、ノルディア邸は静まり返っていた。
使用人達は既に眠りに就き、騎士達も夜番を除けば眠っている時間だった。
だが、今夜だけは違う、レオンに眠る気などなかった。
父の余命は数日、長くても一週間。
残された時間は、あまりにも少ない。
レオンは父の執務室で地図を見ながら、これからの行動を再度確認していた。
拳を握り、気合を入れる。
時間がない、一刻も無駄にはできない。
望みは薄いが、父を救う方法はある。
いや、できると信じるしかない。
それから五分もしないうちに、辺境伯邸の執務室の扉が叩かれた。
最初に現れたのは、ゼムだった。
続いて、間を置かずに騎士団長ガレスが到着した。
二人とも眠っていたはずだが、表情に不満はない。
レオンが深夜に急遽呼び出したのだ。
それだけで、何かあったのだと理解している。
「お呼びでしょうか?」
「若様」
二人の視線が、グラニウスの机で地図を広げているレオンへ集まる。
レオンはゼム達の方を振り向かずに言った。
「父上を助ける方法を見つけた」
空気が変わる。
ゼムの目が細くなる。
ガレスも真剣な表情になった。
「可能性は低い……だが、望みはある」
レオンは、机に広げた地図の一点へ指を置いた。
北方のバルド山脈。
「ここへ向かう」
ガレスが眉をひそめた。
「バルド山脈ですか?」
レオンは、ようやく二人の方へ振り向いて答えた。
「ああ、入り口近くに洞窟がある、その奥だ!そこに、手掛かりとなるアイテムバッグがある」
それは、ゲームに登場したダンジョンだった。
無数に存在する分岐の一つで現れるダンジョン。
迷路のような洞窟には無数の転移魔法陣があり、それを使って攻略していく。
レオンの知識では、一度迷えば帰れない。
そう言われる魔窟。
だが、今のレオンは知っている。
光一だった頃の記憶にある、最短ルートを。
「ガレス!」
「はっ!」
「騎士団から、数名ほど使える者を出せ」
強い口調で命令する。
なぜなら、騎士団の主は父グラニウスだ。
決して、レオンではない。
だが、辺境伯代理という立場で公務を行ってきたレオンは、騎士爵であるガレスよりも上の立場になる。
騎士団の尊厳にかけても、あくまで自分より上の立場からの命令。
もしもの時に、ガレス達が処罰されないようにするためのレオンの配慮だった。
ガレスの表情が、更に引き締まる。
弱冠十二歳の少年が、命を懸けようとしている。
そのことを、瞬時に理解した。
「……何名必要ですか?」
「五人だ! 精鋭だけでいい」
「では、一人は私が……あとはエルン、リック、ハンス、ドークでよろしいですか?」
ガレスは、迷うことなく返答した。
その時、ゼムが前へ出て、深く頭を下げた。
「ぼっちゃま。私も同行させていただきたいと存じます」
だが、レオンは首を横に振る。
「駄目だ」
「この老骨、その命に代えても……」
「ゼムには、別の仕事がある」
レオンは、ゼムが話し終える前に答えた。
「ある商人を探してくれ」
驚きと、どうしてという感情が、珍しくゼムの表情に現れた。
「……商人ですか?」
「ああ。"怪しい商人"だ」
ガレスが怪訝な顔になる。
ゼムも首を傾げた。
「その商人殿は、どのような人物なのですか?」
レオンは記憶を辿る。
ゲームで何度も見た姿。
「あまり見ない柄のフード付きマントを着ている。マントの色は緑色、茶色、黒色、灰色と、いろいろな色が混ざった妙な柄だ」
この世界に存在しない《迷彩》柄の説明に困り、レオンは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「そして、顔は見えない。年齢も分からない」
ガレスが困惑した顔になる。
「それでは、見つけようがないではありませんか!」
「大丈夫だ。見れば分かる」
レオンは断言した。
「それと……本人が自分で名乗る」
「何と?」
「〝怪しい商人〟と」
執務室が静まり返った。
「……自分でですか?」
あまりの情報に、ゼムが言葉を詰まらせる。
「ああ。自分でだ」
ガレスが額を押さえた。
ゼムも、珍しく困惑している。
だが、レオンは真剣だった。
「見つけたら聞け。謎の秘薬を持っていないかと」
ゼムが目を瞬かせた。
「……謎の秘薬ですか、ぼっちゃま?」
「ああ。名前はそのままだ。謎の秘薬だ」
「それは少々、胡散臭さしかありません」
ゼムが小さく呟き、ガレスも頷いた。
〝怪しい商人〟
〝謎の秘薬〟
どう考えても信用できない。
だが、レオンは真剣だった。
二人には、信じてもらうしかなかった。
「その薬が必要なんだ……それがあれば、父上は必ず助かる」
秘薬は、父の病の進行を一時的に止めてくれる。
カインルートでは、アイテムバッグを取りに行くイベントの前に、怪しい商人から確実に購入するイベントがある。
それを主人公エリシアが飲むと、不思議と魔力侵食症の進行が止まる。
最悪、秘薬が手に入らなくても、父が七日間耐えてくれればギリギリ間に合う。
だが、魔法陣の解析などで時間が掛かりすぎたら。
行軍が遅れたら。
そう考えると、秘薬があれば確実性は格段に増す。
だが、レオンにはやり切る〝自信〟があった。
執務室に、静寂が流れる。
二人はレオンを見る。
レオンには、確かに焦りや不安、そして恐怖があるように思えた。
だが、その目には揺るぎない決意が宿っていた。
長い沈黙の後、ゼムは静かに頭を下げる。
「承知いたしました。必ず探し出してみせましょう」
ガレスも頷いた。
「出発は何時にしますか?」
レオンは小さく頷く。
「明朝だ!」
ガレスは敬礼し、執務室を飛び出した。
残された時間は、七日。
父を救うための、最後の賭け。
そして、この時の選択こそが、運命を分けたのであった。




