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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第4章 新事業と枢機卿

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第68話 賢者の研究

 薬草採取から数日後。

 ノルディア邸の執務室で、レオンは机の上へ大量の資料を広げていた。

 迷いの洞窟で手に入れた、賢者の研究資料。

 記されているのは、全て日本語だった。


 この世界の人間には読むことのできない、前世の文字。

 だが、前世の記憶を持つレオンだけは、その内容を読み解くことができる。


 調べているのは、魔力草についてだった。

 回復薬の主材料。

 常に供給が不足し、高額で取引されている希少な薬草。

 もし安定した栽培に成功すれば、ノルディア領にとって大きな利益になる。


 回復薬の供給量が増えれば、魔獣討伐で命を落とす者も減らせるかもしれない。

 だからこそ、手掛かりになりそうな資料を片端から調べていた。


 一枚ずつ頁をめくる。

 魔法植物の分類。

 薬草に含まれる魔力の性質。

 土壌と魔力の関係。


 何冊もの資料を読み進め、机の上には確認を終えた本が積み上がっていく。

 やがて、ある資料を開いたところで、レオンの手が止まった。


 ◇


 特殊薬草育成実験

 魔力を帯びた土

 魔力を帯びた水

 両条件を満たした環境で育成を確認


 ◇


 レオンの目が鋭く細められる。

 だが、記録はそこで途切れていた。

 続きがあるはずの頁は抜け落ち、残っているのは僅かな記述だけ。


 具体的な育成方法。

 土や水に含ませる魔力の量。

 温度や日照時間。

 どのように植えれば育つのか。

 肝心な情報は、何一つ書かれていなかった。


「肝心なところがないな……」


 レオンは思わず呟いた。

 正確には、最初から記されていなかったのではない。

 長い年月の中で失われたのだろう。

 資料そのものが不完全だった。


 それでも、手掛かりにはなる。

 レオンは椅子の背へ身体を預け、もう一度記述を見つめた。


「魔力を帯びた土……か」


 その時、執務室の扉が叩かれた。


 コンコン。


「入れ」


 扉が開き、クロエが顔を覗かせる。


「まだ仕事?」


「半分は仕事だな」


 レオンは机の上に広げた資料を持ち上げた。

 クロエは向かいの椅子へ座りながら、不思議そうに首を傾げる。


「何、それ?」


「賢者の研究資料だ」


「また変なものを見つけたね」


「否定はしない」


 レオンが肩を竦めると、クロエは苦笑した。

 レオンは先ほど見つけた記述を指差す。


「魔力草の栽培について書かれていた」


 クロエの青い瞳が僅かに大きくなる。


「栽培方法が分かったの?」


「いや。分かったのは、育つために必要らしい条件だけだ」


 レオンは資料をクロエの前へ置いた。

 もっとも、日本語で記されているため、クロエには内容を読むことができない。


「魔力を帯びた土と、魔力を帯びた水。その二つを使った環境で、特殊な薬草の育成に成功したと書かれている」


「魔力草とは書いてないの?」


「ああ。特殊薬草としか書かれていない」


 レオンは資料を閉じた。


「だが、試してみる価値はある。成功すれば、回復薬の材料を安定して増やせるかもしれない」


 クロエは腕を組み、納得するように頷く。


「それは凄そうだね」


「問題は、具体的な方法が分からないことだ」


「じゃあ、どうするの?」


「試す」


 レオンは即答した。

 クロエの口元が、楽しそうに持ち上がる。


「実験だね?」


「ああ」


 その時、二人の会話を静かに聞いていたゼムが口を開いた。


「ぼっちゃま。以前頼まれていた群生地の土ですが、先ほど討伐隊が持ち帰ったとのことです」


 レオンの表情が僅かに明るくなる。


「分かった。ありがとう」


 魔力を帯びた土と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが群生地の土だった。

 自然に魔力草が育っていた場所の土なら、栽培に必要な条件を既に満たしている可能性が高い。


「ちょうどいい。早速試してみよう」






 しばらくして、討伐隊が群生地から持ち帰った土が、ノルディア邸の裏手へ運び込まれた。

 黒く湿った土が、幾つもの木箱へ詰められている。

 そこは、今回の実験のために用意された空き地だった。


 レオンは木箱の前へしゃがみ込み、採取しておいた魔力草を確認する。

 前世で得た農業の知識は、決して専門的なものではない。

 それでも、サツマイモの蔓やニンニクの鱗片から、新しい株を増やせることくらいは知っていた。


 同じ方法が魔力草へ通用する保証はない。

 だから、根を分けたものと、茎を切り分けたものを別々の木箱へ植え、反応を比べることにした。

 クロエが、隣から木箱を覗き込む。


「本当に、それで育つの?」


「分からん」


 レオンは土を被せながら答えた。


「分からないんだ……」


「農業は専門外だからな」


 レオンが苦笑すると、クロエも困ったように笑った。

 全てを植え終えると、レオンは木箱の前へ片手を掲げた。

 氷魔法によって生み出された小さな氷が、用意された容器の中へ落ちていく。


 やがて氷が溶け、僅かに魔力を帯びた水へ変わった。

 レオンは、その水を木箱へゆっくりと注いでいく。

 様子を見守っていたクロエが呟く。


「これが、魔力を帯びた水なんだね」


「一応、そのつもりだ」


「群生地の土と、レオンの魔力で作った水。資料に書かれていた条件は満たしてるね」


「ああ」


 魔力を帯びた土。

 魔力を帯びた水。

 今のレオン達に用意できる範囲では、二つの条件を満たしている。

 あとは、結果が出るのを待つだけだった。





 数日後。

 レオンは再び、実験用の木箱の前に立っていた。

 隣にはクロエとゼムもいる。

 三人は、木箱を見下ろしたまま無言だった。

 理由は単純だった。

 何も変化がない。

 根を植えた箱にも、茎を植えた箱にも、芽が出る兆候はなかった。


「どう?」


 クロエが尋ねる。

 レオンは土の表面を確かめた。


「変化なしだ」


 ゼムも木箱の中を確認する。


「発芽の兆候も見られません」


 それから、さらに数日が経過した。

 だが、結果は変わらなかった。

 新しい芽が出るどころか、土の中へ植えた根が腐り始めた。

 茎も黒く変色し、触れるだけで崩れるほど脆くなっている。

 完全な失敗だった。


 クロエが、枯れた魔力草を見つめながら苦笑する。


「見事に全滅だね」


「ああ」


 レオンも素直に認めた。

 賢者の研究資料。

 魔力を帯びた土。

 魔力を帯びた水。

 記録に残された条件は、満たしたつもりだった。

 しかし、結果は失敗。

 何かが間違っている。

 あるいは、記録には残っていない別の条件がある。


「何かが足りないのでしょう」


 ゼムが静かに言った。

 レオンは頷く。


「そうだな」


 何が足りないのかは、まだ分からない。

 土に含まれる魔力の量か。

 水の性質か。

 植え方そのものが間違っていたのか。

 考えられる可能性はいくらでもあった。

 だが、逆に言えば、まだ可能性は残されている。


 本当に栽培が不可能なら、賢者の資料に育成を確認したという記録が残るはずもない。

 どこかに、成功するための条件がある。


 レオンは枯れた魔力草を見下ろした。

 そして、静かに呟く。


「もう一度だ」


 一度の失敗で諦めるつもりはなかった。

 魔力草の栽培研究は、まだ始まったばかりなのだから。

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