第68話 賢者の研究
薬草採取から数日後、ノルディアの邸の執務室でレオンは机の上へ大量の資料を広げていた
迷い洞窟で手に入れた賢者の研究資料
全て日本語で書かれた前世の文字
この世界の人間には読めない
だがレオンだけは違う
前世の記憶があるからだ
魔力草
回復薬の材料
そして高額で取引される薬草
もし栽培出来るなら領地にとって大きな利益になる
だからこそ調べていた
ページをめくる
何冊も読み進める
そしてある資料で手が止まった
【特殊薬草育成実験】
レオンの目が細くなる
更に読み進める
⸻
【魔力を帯びた土】
【魔力を帯びた水】
【両条件を満たした環境で育成を確認】
⸻
そこまでだった
レオンは眉をひそめる
「肝心な所が無いな」
育成方法
必要量
作り方
どれも書かれていない
いや正確には失われているのだろう
資料そのものが不完全だった
だが手掛かりにはなる
レオンは椅子にもたれ掛かった
「魔力を帯びた土か」
その時
コンコンと扉が叩かれる
「入れ」
扉が開いた
入って来たのはクロエだった
「まだ仕事?」
「半分仕事だな」
レオンは資料を見せる
クロエが首を傾げた
「何それ」
「賢者の研究資料」
「また変な物見つけたね」
「否定はしない」
クロエは苦笑した
レオンは資料の一部を指差す
「魔力草の栽培について書かれていた」
クロエの目が少し大きくなる
「栽培?」
「ああ、成功すれば回復薬の材料を量産出来る」
クロエは腕を組む
「それは凄そうだね」
「問題は方法が分からない事だ」
レオンは資料を閉じた
「だから試す」
クロエの口元が少し上がる
「実験かな?」
「ああ」
その時、ゼムが口を開いた
「おぼっちゃま、前に頼まれていた群生地の土ですが、討伐隊が持ちったとの事です」
レオンは頷く
「ありがとう」
まず頭に浮かんだのは群生地の土だった
育成に使うならまずその土だろう
しばらくして討伐隊が土を運んできた
木箱へ入れられた黒い土
レオン達は邸の裏手へ移動する
そこには実験用に用意した空き地があった
レオンは魔力草の根と茎を植えていく
それは前世の知識でサツマイモやニンニク等の栽培方法を応用したのだ
クロエが木箱を覗き込む
「それで育つの?」
「分からん」
「分からないんだ」
「農業は専門外だからな」
レオンは苦笑した
植え終えそして氷魔法を応用して作った水を木箱へ注ぐ
そして、クロエが呟く
「これが魔力を帯びた水なんだね……条件通りだね」
「一応な」
賢者の資料に書かれていた条件
魔力を帯びた土
魔力を帯びた水
今分かる範囲では満たしている
後は待つだけだった
数日後、レオンは再び木箱の前に立っていた
クロエとゼムもいる
三人は無言だった
理由は単純
何も変化が無い
発芽すらしていなかった
「どう?」
クロエが尋ねる
レオンは土を見る
「変化無し」
ゼムも確認する
「発芽の兆候もありません」
更に数日が経過する
結果は変わらない
やがて根が腐り始めた
茎も黒く変色する
完全な失敗だった
クロエが苦笑する
「見事に全滅だね」
「ああ」
レオンも認める
賢者の資料
魔力を帯びた土
魔力を帯びた水
条件は満たしたはずだった
だが結果は違う
ゼムが静かに言う
「何かが足りないのでしょう」
レオンは頷いた
「そうだな」
何かが足りない
だが逆に言えば可能性は残っている
完全に不可能なら資料に成功記録など残らない
レオンは枯れた魔力草を見る
そして小さく呟いた
「もう一度だ」
魔力草の栽培研究はまだ始まったばかりだった




