第67話 共同事業
セリオスは無意識のうちに、僅かに身を乗り出していた。
国家機密を守りながら、魔力草の産地で回復薬を製造する。
レオンの提案が持つ意味を、理解し始めていたからだ。
「続きを聞かせてください」
セリオスの声から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。
レオンは小さく頷く。
「孤児院で魔力草を栽培し、その魔力草を使って、孤児院の敷地内で回復薬を製造します」
セリオスは口を挟まず、真剣な表情で耳を傾けている。
「施設は教国が管理する。製法も教国が管理し、売り上げについても教国側で管理する」
レオンは机の上に広げられた地図を指で示した。
「製造に関われる者を教会の関係者に限定すれば、秘術が外部へ流出する危険も抑えられるはずです」
クロエも、ようやくレオンの考えを理解したらしい。
「なるほど……」
感心したように頷く。
「孤児院そのものが、教国の教会によって運営されている施設だもんね」
「そういうことだ」
レオンは頷き、さらに続ける。
「それに、先ほど魔力さえあれば誰でも回復薬を作れると言いましたね」
セリオスの赤い瞳が僅かに細められる。
「はい」
「ならば、製造に必要な人材にも困らないはずです」
レオンは静かな声で告げた。
「孤児院には、魔力を持つ子供が一定数います」
部屋が静まり返った。
クロエの表情も、僅かに引き締まる。
その言葉が何を意味しているのか、彼女にも分かっていた。
貴族と愛人の間に生まれた子供。
貴族が使用人へ手を出したことで生まれた子供。
あるいは、奴隷との間に生まれた子供。
魔力を受け継いでいても、親から認知されず、行き場を失って孤児院へ送られる。
決して珍しい話ではなかった。
血筋を重視する王権派の貴族ほど、そのような子供の存在を表へ出したがらない。
「魔力を持つ子供は貴重です」
セリオスが静かに言った。
「だからこそ、危険な立場にも置かれやすい」
レオンも頷く。
「利用されるか、存在そのものを消されるか……」
セリオスは否定しなかった。
実際に、そのような子供達を見てきたからだ。
「教国が保護する理由としても十分でしょう」
レオンは話を続ける。
「保護した子供達へ教育を施し、成長した後は回復薬の製造を仕事にしてもらう。そのまま孤児院の職員として働くこともできますし、本人が望むなら、将来的に教会関係者となる道も作れる」
セリオスは黙って考え込んだ。
無理のある話ではない。
それどころか、考えれば考えるほど理にかなっている。
すると、クロエも腕を組みながら口を開いた。
「魔力を持っていない子供達にも、仕事を作れるよね」
「そうだな」
レオンは頷く。
「魔力草の栽培や採取、選別、乾燥、運搬。回復薬を作る以外にも必要な仕事はある」
全員が製造用の魔法陣を扱う必要はない。
魔力草を育て、回復薬として出荷するまでには、様々な仕事が生まれる。
「孤児院の運営は、基本的に教会からの給付金と寄付に頼っています」
レオンの言葉に、セリオスの表情が僅かに変わった。
孤児院を運営するためには、常に金が必要になる。
食費。
衣服。
教材。
建物の修繕や維持。
どれも決して安くはない。
寄付が減れば、真っ先に苦しい思いをするのは子供達だった。
「ですが、孤児院で作った回復薬を販売できれば、安定した収入を得られます」
レオンは机の上の魔法陣へ視線を落とす。
「そして利益の一部を、教国へ納めればいい」
「教国へ?」
セリオスが聞き返す。
「秘術の使用料としてです」
その答えに、クロエが思わず吹き出した。
「ああ、そうか! 使用料ね」
「分かりやすいだろう?」
「うん。それなら教国側にも、製法を使わせる明確な利益がある」
セリオスも思わず苦笑した。
しかし、笑いながらも、頭の中ではレオンの提案を一つずつ整理していた。
教国。
孤児院。
回復薬。
そして、魔力を持つ孤児達。
それまで別々に存在していたものが、一本の線で繋がっていく。
そして気づいた。
この仕組みでは、誰も損をしない。
ノルディア領は、新たな産業を得る。
孤児院は、寄付だけに頼らない収入を得る。
孤児達は、将来へ繋がる知識と仕事を得る。
教国は、回復薬の販売利益と秘術の使用料を得る。
王国では、回復薬の供給量が増える。
あまりにも綺麗に噛み合っていた。
だからこそ、セリオスは思わず疑いたくなった。
目の前に座っているのが、本当に十四歳の少年なのかと。
「……本当に十四歳ですか?」
セリオスが思わず呟く。
レオンは不満そうに眉を寄せた。
「もうすぐ十五歳です。成人の年ですよ」
真面目に言い返すレオンを見て、クロエが楽しそうに笑った。
「ボクも、たまに同じことを思うよ」
「お前まで言うな」
レオンは呆れたように息を吐く。
セリオスは苦笑しながら、小さく首を横へ振った。
「失礼しました」
そう謝った後、表情を真剣なものへ戻す。
「ですが、非常に興味深い提案です。一度、教国へ持ち帰って上層部へ報告いたします」
「認められるかな?」
クロエが尋ねる。
セリオスはすぐには答えなかった。
机の上に広げられた資料へ目を落とし、慎重に考える。
「正直なところ、分かりません」
国家機密である秘術を、国外で使うことになる。
いくら教会の管理下とはいえ、簡単に認められる話ではないだろう。
「ですが、反対する理由もそれほど多くないと思います。少なくとも、私はこの計画に賛成します」
その言葉に、クロエの表情が明るくなった。
レオンも小さく頷く。
セリオスは、箱に収められた魔力草へ視線を向けた。
青白い葉が、部屋へ入り込んだ微かな風を受けて揺れている。
数日前までは、森で偶然見つかった珍しい薬草にすぎなかった。
だが、今は違う。
もし安定した栽培に成功すれば、王国における回復薬の供給事情そのものを変えられる可能性がある。
そして、孤児達の未来も変えられるかもしれない。
セリオスは穏やかに微笑んだ。
「まずは、魔力草の栽培ですね」
その言葉に、レオンとクロエも頷く。
全ては、そこからだった。
魔力草を安定して育てられなければ、この計画は始まらない。
だが、もし成功すれば、ノルディア領に新たな産業が生まれる。
そんな可能性を、誰もが感じていた。
しかし、その時。
クロエが不意に首を傾げた。
「そういえばさ」
全員の視線がクロエへ向く。
「魔力草って、どうやって育てるの?」
部屋が静まり返った。
セリオスの笑顔が固まる。
その反応を見たレオンの胸に、嫌な予感が生まれた。
数秒の沈黙が流れる。
やがて、セリオスが気まずそうに咳払いをした。
「実は……分かりません」
再び沈黙が落ちる。
今度は、レオンとクロエも揃って固まった。
「分からないのですか?」
レオンが聞き返す。
「はい」
セリオスは申し訳なさそうに苦笑した。
「そもそも、魔力草の栽培に成功した記録が残っていません。発見される場所が危険地帯ばかりなので、詳しい研究自体がほとんど進んでいないのです」
クロエが呆れたように目を細める。
「今までの話、全部栽培できる前提だったよね?」
「その通りです」
セリオスは素直に認めた。
レオンは額へ手を当てた。
確かに、栽培に成功した後の話ばかりを進めていた。
孤児院で回復薬を製造する。
子供達の仕事を作る。
教国へ秘術の使用料を納める。
だが、その大前提となる魔力草の育て方を、誰も知らない。
計画以前の問題だった。
やがて、セリオスは椅子から立ち上がった。
「ですが、希望がないわけではありません。教国へ戻り、残されている資料を改めて調べてみます」
そして、真っ直ぐレオンを見る。
「何か分かれば、すぐにお知らせします」
レオンも頷いた。
「こちらでも調べてみましょう」
「はい。お願いいたします」
セリオスは丁寧に一礼する。
レオンとクロエも立ち上がり、彼を見送った。
セリオスが護衛騎士と共に執務室を出ると、ゼムも二人を案内するために後へ続く。
扉が閉まり、部屋にはレオンとクロエだけが残った。
クロエは椅子へ座り直すと、深く背もたれへ身体を預ける。
「結局、振り出しだね」
「いや」
レオンは小さく首を横へ振った。
「収穫はあった」
「何が?」
「魔力草が高価な理由が分かった。回復薬の材料だということも、その製造方法も分かった」
レオンは箱の中の魔力草へ視線を落とす。
「残っているのは、育て方だけだ」
クロエは呆れたように苦笑した。
「その一番大事なところが分からないんだけど」
「それは……そうだな」
レオンも苦笑するしかなかった。
だが、頭の片隅には、何か引っ掛かるものがあった。
賢者の残した資料。
大地を流れる龍脈。
そして、魔力の濃い危険地帯にしか生えない特殊な薬草。
まだ確証はない。
何が関係しているのかも分からない。
それでも、一度調べてみる価値はあった。
レオンは窓の外へ目を向けた。
沈み始めた夕日が、ノルディアの大地を赤く染めている。
魔力草。
回復薬。
孤児院。
その全てを結びつける鍵は、まだ誰も知らない栽培方法にある。
レオンには、そんな気がしていた。




