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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第65話 魔力草

薬草採取から三日後。

レオンは執務室で、机の上に積み上がった書類を片づけていた。

辺境伯となってから、既に二年以上が経っている。

当初は目を通すだけでも一苦労だった報告書や帳簿も、今では必要な箇所をすぐに見つけられるようになった。


領主としての仕事には、さすがに慣れてきた。

もっとも、処理する書類の量だけは、どれほど慣れても減ってくれない。


レオンが次の書類へ手を伸ばした時、執務室の扉が叩かれた。


コンコン。


「入れ」


扉が開き、ゼムが静かに入ってくる。


「ぼっちゃま、セリオス様がお見えです」


レオンは書類をめくる手を止めた。

おそらく、先日の薬草採取で見つかった魔力草についてだろう。


「お通ししてくれ」


「かしこまりました」


ゼムは一礼すると、執務室を出ていった。

それから程なくして、再び扉が開く。


「失礼いたします」


入ってきたのはセリオスだった。

その後ろには教国の護衛騎士が控えている。

そして、なぜかクロエの姿もあった。


「クロエもか」


「ボクも呼ばれたんだよ」


クロエは肩を竦めながら、当然のように部屋へ入ってきた。

全員が席へ着くと、ゼムがそれぞれの前へ茶を置く。

そのままレオンの傍らへ下がり、静かに控えた。


僅かな沈黙の後、最初に口を開いたのはセリオスだった。


「先日の薬草採取で、非常に興味深いものが発見されました」


そう言って、持参した箱を机の上へ置く。


蓋を開けると、中には一株の植物が丁寧に収められていた。


青白い葉。


微かな光を帯びた茎。


その姿を見た瞬間、レオンは僅かに目を見開いた。

見覚えがある。


前世で遊んだ乙女ゲーム――『ノルドレア・ロワイヤル』に登場した素材だ。


"魔力草"。


プレイヤーの間では、それなりに有名な素材だった。

理由は単純。

高く売れるからだ。


手に入れられるようになれば、序盤の金策として使われることも多かった。

そのため、名前だけはよく覚えている。

しかし、何に使われる素材なのかまでは知らなかった。

ゲームの中のレオンにとって、魔力草は金策用のアイテムでしかなかったのだ。


「魔力草ですね」


レオンが口にすると、セリオスの眉が僅かに上がった。


「ご存じでしたか?」


「名前だけです」


レオンは肩を竦める。


「高額で取引される薬草だと、聞いたことがあります」


「その認識は間違っておりません」


セリオスは静かに頷いた。


「魔力草は、非常に高価な薬草です」


クロエが箱の中を覗き込み、不思議そうに首を傾げる。


「どうして、そんなに高いの?」


セリオスは一枚の資料を取り出し、机へ広げた。


「理由の一つは、採取が困難だからです」


「採取が?」


「はい」


セリオスは頷く。


「魔力草は、魔獣が生息する場所でしか発見されていません」


その言葉に、部屋の空気が僅かに変わった。


「森の奥深くや、強い魔獣の縄張りなど、発見されるのは決まって危険な場所です。そのため、採取には常に命の危険が伴います」


クロエが納得したように頷く。


「薬草が珍しいだけじゃなくて、採るのも危ない。だから高いんだ」


「その通りです」


セリオスは穏やかに微笑んだ。


「取引価格には、薬草そのものの価値だけでなく、採取する者が背負う危険も含まれています」


レオンも納得するように腕を組んだ。


魔獣の生息地へ足を踏み入れる以上、採取は命懸けになる。

それほど危険な仕事であれば、取引額が高くなるのも当然だった。


「ですが、理由はそれだけではありません」


セリオスは箱の中の魔力草を指差した。


「この魔力草は、回復薬の主材料なのです」


レオンの眉が僅かに動いた。


それは初めて聞く話だった。

ゲームの中では、素材の用途まで説明されていなかった。

採取して薬屋へ売却する。

それだけで終わっていたからだ。


「回復薬の材料なのですか?」


「はい」


セリオスは頷いた。


「教国が各国へ輸出している回復薬。その製造に欠かすことのできない、最も重要な材料です」


クロエが驚いたように目を丸くする。


「そんなに凄い薬草だったんだ……」


「だからこそ、高い価値を持っています」


セリオスは僅かに苦笑した。


「騎士団、冒険者、傭兵。回復薬を必要とする者は大勢います。しかし、主材料である魔力草が危険な場所でしか採れないため、供給量は常に不足しています」


レオンは黙って魔力草を見つめた。

魔獣の討伐。

戦争。

護衛や冒険者の仕事。


怪我人が出る可能性のある場所では、必ず回復薬が必要になる。

ましてや、ノルディア領では日常的に魔獣討伐が行われている。

需要が尽きることはない。


「そして、私は驚きました」


セリオスの表情が真剣なものへ変わる。


「まさか、ノルディア領で魔力草が発見されるとは思っておりませんでした」


クロエが箱の中の薬草を眺めながら尋ねる。


「それほど珍しいものなの?」


「ええ」


セリオスは迷うことなく答えた。


「王国内での発見報告は、極めて少ないのです。発見されたとしても、そのほとんどが一株か二株程度です」


そこで、手元の資料へ視線を落とす。


「ましてや、群生地となれば話はまったく変わります」


レオンが口を開いた。


「今回、見つかったのは何株ですか?」


「現時点で、数十株です」


セリオスは資料に記された数字を指で示した。


「周辺の調査を続ければ、さらに見つかる可能性があります」


執務室が静まり返った。


数十株。

それだけでも、相当な価値になるだろう。

しかし、レオンが考えていたのは、目の前の薬草をそのまま売ることではなかった。


「栽培はできるのでしょうか?」


その問いに、セリオスが僅かに目を見開いた。

クロエも横からレオンを見る。

やがて、セリオスは感心したように小さく笑った。


「やはり、そこへ辿り着きますか」


「当然です」


レオンは迷うことなく答える。


「自然に生えているものを採るだけでは、安定した産業にはなりません。栽培できるのであれば、話は別です」


クロエが呆れたように笑う。


「本当にレオンらしいね。見つけたばかりなのに、もう増やすことを考えてる」


「貴重だからこそ、増やす方法を考えるべきだろう」


「それはそうだけどね」


二人のやり取りを見ながら、セリオスも笑みを浮かべる。


「実は、私も同じことを考えておりました」


セリオスは新たな資料を取り出し、机の上へ広げた。


「魔力草は、魔力の濃い土地で育つと考えられています」


「考えられている?」


レオンが聞き返す。


「はい。正確な生育条件は、まだ解明されておりません。そもそも、魔力草の栽培に関する研究自体がほとんど進んでいないのです」


セリオスは領内の地図を取り出すと、魔力草が発見された場所を指差した。


「最大の理由は、先ほどお話しした通りです。魔力草は危険地帯でしか見つかりません」


レオンは地図へ目を落とす。

危険だから、十分な調査ができない。

調査ができないから、生育条件も解明されない。

条件が分からないから、栽培することもできない。

完全な悪循環だった。


「ですが」


セリオスが静かに続ける。


「もし栽培に成功すれば、回復薬の供給量を大きく増やすことができます」


クロエが目を瞬かせた。


「それって、物凄いことなんじゃない?」


「ええ」


セリオスは真剣な表情で頷いた。


「教国でも、魔力草の安定した栽培には成功しておりません。だからこそ、挑む価値があります」


レオンは椅子の背へ身体を預け、目の前の魔力草を見つめた。


回復薬。

不足し続けている材料。

安定した需要。

高額での取引。

そして、ノルディア領で発見された群生地。

全てが一つに噛み合っていた。

ボア肉事業に続く、新たな産業になる可能性がある。


「面白いですね」


レオンの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

セリオスも穏やかに微笑む。


「研究に協力していただけますか?」


「もちろんです」


レオンは即答した。


「領地にとって大きな利益になる可能性があります。それに、回復薬の供給が増えれば、助かる人間も増える」


金を稼ぐだけではない。

騎士や兵士の生存率を上げ、魔獣討伐によって命を落とす者をさらに減らせるかもしれない。

レオンにとって、断る理由などなかった。


「ありがとうございます」


セリオスは安堵したように頷いた。

すると、クロエも口元を緩める。


「それなら、ボクも協力するよ」


研究に必要な物資の調達。

栽培に成功した後の流通経路。

商人であるクロエの力が必要になる場面は、いくらでもあるはずだった。


「助かります」


セリオスが頭を下げると、クロエは楽しそうに笑った。

こうして、ノルディア領での魔力草栽培に向けた研究が始まった。

回復薬の材料として発見された、一株の薬草。

それは、単なる偶然の収穫では終わらなかった。


この時のレオンは、まだ知らない。

ゲームの中では金策用の高額素材としか考えていなかった魔力草が、やがてノルディア領を支える新たな産業へ成長していくことを。

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