第63話 薬草採取
翌朝。
孤児院の前には、薬草採取へ向かう子供達が集まっていた。
両手で籠を抱える者。
背中へ採取用の袋を背負う者。
子供達は互いの持ち物を確認しながら、慣れた様子で出発の準備を進めている。
その中には、白い法衣を身に纏った青年の姿もあった。
セリオスだ。
彼の周囲には教国から同行してきた護衛騎士達。
さらに、ノルディア騎士団から選ばれた五人の騎士が揃っていた。
騎士団長ガレス。
副団長エルン。
斥候長リック。
弓兵長ハンス。
重装兵長ドーグ。
いずれも、ノルディア騎士団の中で指折りの実力者達だった。
ただし、そこにレオンの姿はない。
領主であるレオンには、片づけなければならない政務がある。
同行することはできなかった。
出発前、レオンが騎士達へ告げた言葉は一つだけだった。
「子供達を頼みます」
その言葉を思い出しながら、セリオスは準備を進める子供達へ目を向ける。
「セリオス様!」
小さな少女が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日は一緒に行くの?」
「はい」
セリオスは少女へ柔らかな笑みを向ける。
「皆さんがどのようにお仕事をしているのか、見学させていただきます」
その答えを聞いた途端、子供達の表情が明るくなった。
「じゃあ、いっぱい教えてあげる!」
「僕達、薬草には詳しいんだぞ!」
得意そうに胸を張る子供達を見て、セリオスは思わず笑みを零した。
準備を終えた一行は、孤児院を出発した。
森へ入ると、子供達はすぐに薬草を探し始めた。
木々の間を無闇に走り回る者はいない。
決められた範囲から離れず、足元の草花を一つずつ確認しながら進んでいく。
その足取りには迷いがなく、何度も同じ場所を訪れていることが分かった。
セリオスは少し離れた場所から、その様子を静かに見守る。
やがて、一人の少年が地面へしゃがみ込んだ。
根元を傷つけないよう丁寧に葉を摘み取ると、嬉しそうに掲げる。
「止血草、見つけた!」
セリオスは薬草を確認し、頷いた。
「正解です。どのような効果があるか分かりますか?」
少年は自信満々に胸を張る。
「傷口を塞ぐ!」
「その通りです」
すると、近くにいた少女も勢いよく手を挙げた。
「でも、天日干しは駄目なの! 薬の効果が弱くなるから、乾かす時は陰干し!」
セリオスが驚いたように目を瞬かせる。
「そこまで知っているのですか?」
「レオン様が教えてくれた!」
少女は得意そうに答えた。
そこへ、別の少年が一株の草を持ってくる。
「これ、毒草!」
少年は青みがかった葉を指差した。
「葉っぱには毒があるけど、根っこは薬になるやつ!」
セリオスは手渡された草を慎重に確かめる。
間違いない。
薬師の中にも、その性質を知らない者がいるほど扱いの難しい植物だった。
「正解です。根には熱を下げる作用があります」
「葉っぱは使っちゃ駄目なんだよ!」
別の子供が声を上げる。
「食べるとお腹を壊すから!」
さらに、別の少年も負けじと続けた。
「採った後は布で包むんだぞ! そのまま袋へ入れると傷むから!」
「湿ったままだと腐るしね!」
次から次へと飛び出す知識に、セリオスは言葉を失った。
子供達が覚えているのは、薬草の名前だけではない。
薬効。
毒性。
正しい採取方法。
採取した後の保存方法。
それぞれを理解し、自分の言葉で説明できている。
一般的な孤児院では、到底考えられない知識量だった。
「凄いですね……」
思わず本音が零れる。
しかし、褒められた子供達は不思議そうに顔を見合わせた。
「普通だよ?」
「レオン様が教えてくれたし!」
「本も貸してくれた!」
セリオスは小さく息を呑んだ。
やはり、この知識は偶然身についたものではない。
レオンが子供達へ教えているのだ。
「レオン様は何でも知ってるんだぞ!」
「すっごく物知りだからな!」
子供達は、自分達のことを褒められた時以上に誇らしそうだった。
セリオスは静かに笑みを浮かべる。
食事や衣服を与えるだけではない。
将来、自分達の力で生きていくための知識まで与えている。
レオン・ノルディア。
やはり、十五歳にも満たない少年とは思えなかった。
その時だった。
「あれ?」
少し離れた場所で、一人の少年が声を上げた。
全員がそちらへ顔を向ける。
少年の手には、見慣れない植物が握られていた。
青い葉。
淡い光を帯びた茎。
それを目にした瞬間、セリオスの表情が変わった。
「そのまま動かさないでください」
すぐに少年のもとへ歩み寄り、植物の前へしゃがみ込む。
葉の形。
茎を流れる微かな光。
周囲に漂う、ごく僅かな魔力。
一つずつ慎重に確かめたセリオスは、驚いたように目を見開いた。
「魔力草……」
子供達が揃って首を傾げる。
聞いたことのない名前だった。
セリオスは、地面から生えた魔力草を見つめる。
本来、簡単に発見できるような薬草ではない。
それがなぜ、この森に生えているのか。
何かが引っ掛かる。
しかし、今はまだ答えが出なかった。
「とても大切な薬草です。根を傷つけないよう、丁寧に採取しましょう」
「うん!」
子供達が頷いた、その直後だった。
「グルルルル……」
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
穏やかだった空気が、一瞬で張り詰める。
子供達の動きが止まった。
木々の隙間に、獣の瞳が浮かび上がる。
姿を現したのは、三頭のウィンドウルフだった。
風属性の力を持つ、狼型の魔獣。
通常の狼よりも一回り以上大きく、素早い動きと風の刃で獲物を追い詰める。
普通の兵士であれば、一頭を相手にするだけでも苦戦は免れない。
「子供達は下がっていろ」
ガレスが一歩前へ出て、腰の長剣を抜いた。
その隣では、ドーグが大きな戦斧を肩から下ろす。
後方にいたハンスとリックは、既に弓へ矢を番えていた。
エルンだけは魔獣へ目を向けず、周囲の木々へ鋭い視線を走らせている。
「右から一頭、回り込んできます」
即座に指示が飛んだ。
次の瞬間、正面のウィンドウルフが地面を蹴った。
巨体が風を纏い、一気に間合いを詰めてくる。
ヒュンッ――。
鋭い風切り音と共に、ハンスの放った矢が先頭のウィンドウルフの肩を貫いた。
ほぼ同時に、リックの矢が前脚へ突き刺さる。
体勢を崩したウィンドウルフの動きが止まった。
「行くぞ!」
ガレスが地面を蹴る。
一息で懐へ踏み込むと、鋭く長剣を振り抜いた。
銀色の刃が閃き、一頭目のウィンドウルフが地面へ崩れ落ちる。
直後、横から二頭目が飛びかかってきた。
だが、その進路には既にドーグが立っていた。
「おらぁ!」
振り下ろされた戦斧が、ウィンドウルフの巨体を叩き落とす。
轟音と共に地面が揺れ、二頭目の魔獣も動かなくなった。
残された一頭は不利を悟ったのか、身を翻して逃げようとする。
しかし、その先にはエルンが回り込んでいた。
「逃がしません」
冷静な声と共に、剣が一閃する。
ウィンドウルフの首が宙を舞い、地面へ落ちた。
それで終わりだった。
戦闘が始まってから、一分も経っていない。
しばし静まり返っていた子供達から、一斉に歓声が上がる。
「凄い!」
「ガレスさん、強い!」
「ドーグさんも凄かった!」
「ハンスさんの矢、すっごく速かった!」
騎士達の周囲へ集まり、興奮した様子で口々に感想を伝える。
セリオスも感心したように息を吐いた。
三頭のウィンドウルフを相手にしながら、誰一人として慌てていなかった。
互いの役割を理解し、僅かな指示だけで連携している。
「さすがですね」
セリオスは倒れたウィンドウルフへ目を向けた。
「ノルディア騎士団の精鋭と呼ばれるだけのことはあります」
すると、エルンが少し困ったように苦笑する。
「指揮であれば、レオン様の方が優れておりますが」
セリオスが目を瞬かせた。
「レオン様が、ですか?」
「ええ」
エルンは迷うことなく頷く。
「敵の配置、周囲の地形、互いの戦力差。その全てを考慮し、最善の指示を出されます」
長く戦場へ立ち続けてきた騎士の目が、僅かに細められる。
「私も多くの指揮官を見てきましたが、レオン様ほど先を読める方は見たことがありません」
セリオスは驚きを隠せなかった。
「戦闘の指揮まで執られるのですか?」
今度はガレスが豪快に笑った。
「執るどころの話ではありませんな。今では、我々が若様から教わることも多い」
そして、何でもないことのように続ける。
「剣の腕も、既に私より上です」
セリオスの表情が固まった。
「レオン様が……あなたよりも?」
「ええ」
ガレスは当然のように頷く。
「最近では、模擬戦をしても勝てません。年齢を考えれば、まったく末恐ろしい限りです」
セリオスは言葉を失った。
目の前にいるのは、ノルディア騎士団を束ねる騎士団長だ。
かつて北の戦神グラニウスの左腕と呼ばれた武人でもある。
その男が、十五歳にも満たない少年を自分より強いと認めている。
簡単には信じられない話だった。
すると、リックが愉快そうに笑った。
「そりゃ、強くもなりますよ」
皆の視線が集まる。
リックは肩を竦めると、指を一本ずつ折りながら話し始めた。
「旦那は毎日、朝は剣術、昼は政務、夜は魔術の訓練ですからね」
そこで四本目の指まで立てる。
「その後は、夜中まで魔法陣の研究です」
セリオスが再び目を瞬かせた。
「魔法陣の研究まで……?」
「ええ」
リックは何でもないことのように頷く。
「いつ寝てるのか、俺も知りません」
ハンスも静かに頷いた。
「私も知りません」
ドーグは太い腕を組み、感心したように唸る。
「若いってのは、恐ろしいな」
「若さの問題ではないと思いますが……」
エルンが呆れたようにため息を吐いた。
そんな騎士達の会話を聞きながら、セリオスは黙り込んだ。
領主。
剣士。
魔術師。
研究者。
そして、戦場で兵を率いる指揮官。
どれか一つを極めるだけでも、並大抵の努力では足りない。
レオンは、その全てを毎日続けているという。
セリオスは木々の隙間から見える空を仰いだ。
「なぜ、そこまで……」
小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。
だが、その疑問は消えることなく、セリオスの胸の奥へ深く残った。




