第62話 枢機卿のお願い
翌日。
レオンは執務室で、机の上に積み上がった書類を片づけていた。
コンコン、と扉が叩かれる。
「入れ」
返事をすると、扉が静かに開いた。
入ってきたのはセリオスだった。
その後ろには、いつもの護衛騎士が控えている。
「失礼いたします」
「どうされました?」
レオンは書類から顔を上げた。
セリオスは僅かに申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「一つ、お願いがありまして」
「お願い?」
「はい」
セリオスは頷くと、真剣な表情でレオンを見つめた。
「薬草採取へ同行させていただけないでしょうか」
思いがけない申し出に、レオンは目を瞬かせる。
「薬草採取ですか?」
「はい」
セリオスは迷うことなく頷いた。
「昨日、子供達と話をしました。皆さん、薬草に関する知識を驚くほど身につけています」
そこで一度言葉を切り、僅かに眉を下げる。
「ですが、実際にどのような場所で、どのように採取しているのかまでは分かりません。子供達が危険な環境で働いていないか、自分の目で確かめておきたいのです」
レオンは納得するように頷いた。
確かに、セリオスなら言いそうなことだった。
教会の孤児院を監督する立場として、帳簿や話だけではなく、実際の現場まで見ておきたいのだろう。
「危険ですよ?」
「承知しております」
即答だった。
「護衛もおりますので」
その言葉に応えるように、背後の護衛騎士が胸を張る。
レオンは腕を組み、少し考えた。
薬草採取には討伐隊の巡回と騎士の護衛がつく。
危険な区域へ近づくことも禁じている。
それでも、魔獣の棲む森へ入ることに変わりはない。
安全だと言い切ることはできなかった。
だが、セリオスの性格を考えれば、止めたところで簡単には諦めないだろう。
「分かりました」
「ありがとうございます」
セリオスの表情が、分かりやすく明るくなった。
「ただし、条件があります」
「条件ですか?」
「護衛はこちらで出します」
セリオスが僅かに目を見開く。
「ノルディア騎士団の方々を?」
「ええ」
レオンは頷いた。
「さすがに、枢機卿をノルディア領の森で怪我させるわけにはいきませんから」
その瞬間だった。
執務室の扉が勢いよく開かれる。
「若様! お呼びですか!」
現れたのは、騎士団長のガレスだった。
レオンは開け放たれた扉を見つめ、僅かに眉を寄せる。
「……まだ呼んでいない」
「そうですか。まだでしたか」
ガレスはまったく気にした様子もなく、堂々と頷いた。
その背後から、今度はリックがひょいと顔を覗かせる。
「旦那! 俺達、暇なんだけど!」
「お前は絶対に暇ではないだろう」
「大丈夫だ! 新人に仕事を押しつけてきた!」
リックは笑顔で胸を張った。
「何が大丈夫なんだ。絶対に後で怒られるぞ」
「多分な!」
まるで反省していない。
さらにその後ろから、額を押さえたエルンが姿を現した。
「レオン様」
「何だ?」
「後ほど、リックを説教してもよろしいでしょうか」
「好きにしろ」
即答だった。
先ほどまで笑っていたリックの顔が、目に見えて引きつる。
一連のやり取りを眺めていたセリオスは、堪えきれず小さく吹き出した。
ノルディア騎士団は、彼が想像していたよりも遥かに賑やからしい。
レオンは疲れたようにため息を吐くと、三人へ顔を向けた。
「ちょうどいい。明日の薬草採取に、枢機卿様も同行されることになった」
ガレス達の表情が僅かに引き締まる。
「ガレス、エルン、リック。それからハンスとドーグを加えた五人で護衛してくれ」
「お任せください!」
ガレスは力強く胸を叩いた。
「枢機卿様は、俺達が必ずお守りします!」
リックも威勢よく続く。
すると、隣に立つエルンが冷ややかな視線を向けた。
「その前に、あなたは新人へ押しつけた仕事を片づけてください」
「……明日までには何とかする」
先ほどまでの勢いは、すっかり消えていた。
セリオスは苦笑しながら立ち上がると、ガレス達へ丁寧に頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「はい! 我々にお任せください!」
ガレスの力強い声が、執務室に響き渡った。
こうしてセリオスも同行する、翌日の薬草採取が決まったのだった。




