第58話 子供たちの話
翌朝、セリオスは再び孤児院を訪れていた
昨日は帳簿を確認した
今日は子供達の話を聞く
数字だけでは分からない事もある
そう考えたからだ
庭では子供達が元気に走り回っていた
笑い声が響く
辺境の孤児院とは思えないほど明るい
セリオスは近くのベンチへ腰を下ろした
すると子供達が集まってくる
白い髪
赤い瞳
枢機卿
珍しいのだろう
興味津々だった
「枢機卿様!」
「何でしょう?」
セリオスは微笑む
一人の少年が首を傾げた
「何しに来たの?」
直球だった
周囲のシスターが慌てる
「こら!」
だがセリオスは気にしていない
「皆さんの事を知りたくて来ました」
子供達は顔を見合わせた
その時、孤児院で最年長の少年ラッツが口を開く
「辺境伯様を疑ってるの?」
セリオスは少し驚いた
「どうしてそう思ったのですか?」
「色々聞いてたから」
ラッツは素直に答える
セリオスは苦笑した
確かにその通りだった
そして静かに答える
「本当の事を知りたいのです」
ラッツはしばらくセリオスを見つめていた
そして小さく頷く
「なら教えてあげる」
セリオスは黙って耳を傾けた
「二年前……
ラッツは空を見上げる
あの日ボク達は死にかけたんだ」
庭が静かになる
周囲の子供達も話を遮らない
皆知っている話だった
「薬草採取の日だった、討伐隊が森にいたから大丈夫だと思ってた」
少年は拳を握る
「でもグレイムベアが出たんだ」
セリオスの目が細くなる
グレイムベア
討伐隊を編成して対処する大型魔獣
簡単に倒せる相手ではない
「討伐隊も撤退していた騎士の人も怪我してた……ボク達も逃げてたんだ」
ラッツは俯く
「でも間に合わなかった……」
周囲の子供達も表情を曇らせる
「怖かった」
「本当に怖かった」
小さな声が漏れる
ラッツは続けた
「それで終わりじゃなかった……ワイバーンが来たんだ」
セリオスの目が細くなる
「しかも五体も」
護衛騎士が息を呑んだ
一体でも厄介な魔獣だ
それが五体……
子供達が生き残れる状況ではない
「皆泣いてた、ボクも泣いていた本当に死ぬと思った」
ラッツの声は震えていた
だが、次の瞬間顔が明るくなる
「でも、グラニウス様が来たんだ」
その一言で周囲の子供達も顔を上げた
「すごかったんだ」
「本当にかっこよかった」
ラッツの目が輝いた
「空まで届きそうな氷の剣でバーンて…ワイバーンが全部消えた、本当に一瞬だった」
子供達も頷く
「うん!」
「すごかった!」
「格好良かった!」
英雄譚を語るようだった
だがラッツは少し俯いた
「でもね、その後グラニウス様が倒れたんだ、」
庭が静まる
「動かなくなって……ボク達のせいだと思った」
セリオスは黙った
シスターが優しく微笑む
「違いますよ」
「グラニウス様は皆を守れた事を喜んでいました」
ラッツは小さく頷く
「うん……ガレスさんもそう言ってた」
セリオスは空を見上げた
薬草採取
孤児院支援
討伐隊
全てが繋がる
グラニウスは本当に孤児院を守っていた
その時だった
「でも今はレオン様だよ!」
別の少年が元気よく言って空気が変わる
「ご飯増えた!」
「ボア肉いっぱい食べられる!」
「本も増えた!」
「靴も新しくなった!」
「先生も来る!」
子供が一斉に答えた
セリオスは少し驚き、シスターも苦笑していた
「はい、事実です……レオン様が色々改善して下さいました」
子供達は止まらない
「薬草のお金も増えた!」
「でも危ない場所行ったら怒られるけど!」
「すっごく怖いの!」
皆が頷く
セリオスは思わず笑った
その時だった、一人の小さな少女が胸を張った
「わたしは将来レオン様のお嫁さんになる!」
皆が一瞬沈黙した
そして子供達が笑い出した
「また言ってる!」
「無理だろ!」
「辺境伯様だぞ!」
子供達が一斉に突っ込む
少女は頬を膨らませた
「なるもん!レオン様優しいもん!かっこいいもん!」
ラッツが呆れた顔をする
「辺境伯様なんだから結婚相手も貴族だろ……それにお前平民じゃん」
少女は固まった
真剣な顔で考える
そして数秒後元気よく叫んだ
「じゃあ愛人!」
庭が静まり返った
セリオスも固まる
護衛騎士も固まる
シスターは頭を抱えた
「誰にそんな言葉を教わったんですか!?」
少女は元気よく答えた
「おばちゃん達!」
シスターは天を仰いだ
周囲の子供達は大爆笑だった
「愛人だって!」
「意味分かってるのか?」
「分かんない!」
少女は胸を張った
本当に全く分かっていなかった
セリオスも思わず吹き出す
久しぶりだった、こんな風に笑ったのは
庭には再び笑い声が響く
セリオスはその光景を静かに見つめた
少なくとも、この孤児院の子供達はノルディア家を信頼していた
グラニウスを
そしてレオンを
心から慕っている
それだけは疑いようのない事実だった
どうやら、自分が知らない事はまだ多いらしい




