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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第58話 疑いの目

 兵士が一礼し、執務室を退室する。

 扉が閉じると、部屋には再び静寂が戻った。

 レオンは机の上に置かれた革袋へ目を落とす。

 中に入っているのは、セリオスが持っていた金貨と銀貨の全て。

 普通の平民であれば、数年は暮らしていけるほどの金額だった。


 それを、初めて会った素性も知れない男へ渡した。

 騙されている可能性を疑うこともなく。

 僅かな躊躇すら見せずに。


 クロエが革袋を見つめながら、呆れたように呟く。


「本当に変な人だね」


「ああ」


 レオンも素直に同意した。

 すると、傍らに立っていたゼムが静かに口を開く。


「ですが、少々気になることがございます」


「何がだ?」


 レオンが顔を上げる。


「孤児院の視察についてです」


 ゼムは机の上の革袋からレオンへ視線を移した。


「枢機卿ほどの地位にある方が、わざわざ辺境まで足を運ばれた理由が気にかかります」


 確かに、その点には疑問が残る。

 孤児院の運営状況を確認しに来たという理由そのものは理解できる。

 教会からの給付金が減っているにもかかわらず、寄付金が増え、生活環境まで改善されている。

 記録を見た者が不審に思うのも当然だろう。

 だが、その調査のために枢機卿本人が来る必要はない。

 普通なら、現地の教会関係者や部下を派遣すれば済む話だ。


 クロエも腕を組みながら頷いた。


「それは、ボクも思った」


 そして、人差し指を立てる。


「だって、孤児院の様子を見るだけなら、教会の人を派遣すればいいよね」


「そうだな」


「わざわざ教国を抜け出して、自分で来る意味はないと思う」


 レオンは窓の外へ目を向けた。

 夕日は既に地平線へ沈みかけ、領都の建物が長い影を落としている。


 セリオス・セラフィス。


 セレスティア教国最年少の枢機卿。


『ノルドレア・ロワイヤル』に登場する攻略対象の一人。

 ゲームの中では【慈愛の聖人】と呼ばれていた。

 少なくとも、困っている人間を見捨てないという噂は本当だった。


 だが、それだけでセリオスという人間の全てが分かったわけではない。

 なぜ、周囲へ何も告げずに教国を出たのか。

 なぜ、辺境にある一つの孤児院へ自ら足を運んだのか。

 まだ分からないことばかりだった。


 レオンは小さく息を吐く。


「明日だな」


 クロエが不思議そうに首を傾げた。


「何が?」


「孤児院だ」


 レオンは椅子から立ち上がる。


「俺も行って、直接見た方が早い」


 クロエは可笑しそうに笑った。


「結局、気になるんじゃん」


「気になるな」


 レオンは否定しなかった。

 本物の善人なのか。

 噂通りの聖人なのか。

 それとも、その裏に別の何かを隠しているのか。

 今の段階では、まだ何も分からない。


 だが、少なくとも放っておくことのできない人物であるのは確かだった。






 その頃。

 孤児院の一室では、セリオスが一冊の帳簿へ目を通していた。

 孤児院の支出を記録した帳簿だ。


 食料。


 衣服。


 日々の生活用品。


 建物の修繕費。


 そして、領民や商人達から届けられた寄付金。

 セリオスは数字を一つずつ確かめながら、静かに頁を捲っていく。

 やがて最後まで読み終えると、帳簿を閉じた。


「おかしいですね」


 窓際に立っていた護衛騎士が、怪訝そうに首を傾げる。


「何がですか?」


「計算が合いません」


 セリオスは閉じた帳簿へ片手を置き、窓の外へ目を向けた。

 庭では、孤児院の子供達が遊んでいる。


 笑いながら走り回る子供。


 転んだ年下の子供へ手を差し伸べる子供。


 その様子を見守るシスター達の表情にも、疲弊した様子はない。


 以前訪れたほかの孤児院と比べても、子供達の表情は明らかに明るかった。


「孤児の数が減り、運営に必要な費用も少なくなっています。それにもかかわらず、子供達の生活環境は以前より改善されている」


 護衛騎士は帳簿へ目を向けながら頷いた。

 悪い話ではない。

 むしろ、孤児院の運営が改善されているのなら喜ぶべきことだろう。

 だが、セリオスは不思議そうに首を傾げた。


「しかも、寄付金は増えています」


「良いことではないのですか?」


「もちろん、良いことです」


 セリオスはすぐに頷いた。


「ですが、普通なら考えにくいのです。孤児の数が減れば、人々の関心も薄れ、寄付金も減少する傾向にあります」


 ましてや、ここは王都から遠く離れた辺境だ。

 領民の暮らしに余裕がなければ、孤児院へ寄付をすることもできない。


「ですが、ここでは逆のことが起きています」


 セリオスは帳簿の表紙を指先で軽く叩いた。


「孤児の数は減っている。それなのに寄付金は増え、子供達の生活水準まで上がっている」


 そして、護衛騎士へ顔を向ける。


「なぜでしょう?」


 護衛騎士は答えられなかった。

 セリオスにも、まだ答えは分からない。

 だからこそ知りたかった。

 ただ、それだけだった。


 セリオスは再び窓の外へ目を向ける。

 夕日に照らされた孤児院。


 庭で笑う子供達。


 丁寧に手入れされた建物。


 そして、その向こうに見えるノルディア邸。

 どれも偽物には見えない。

 帳簿だけを取り繕い、豊かに見せかけているようにも思えなかった。

 だからこそ、不思議だった。


「何かがありますね……」


 セリオスは静かに呟いた。

 その声に疑念や敵意はない。

 浮かんでいるのは、答えを求める純粋な好奇心だけだった。

 ノルディア領が豊かになりつつある理由。

 孤児の数が減りながら、孤児院への寄付が増えている理由。

 その答えを、セリオスはまだ知らなかった。

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