第56話 試される枢機卿
孤児院へ向かう道中
セリオスは静かに周囲を見回していた
ノルディア領
王国最北端の辺境
もっと荒れていると思っていた、だが現実は違う
道は整備されている
行き交う人々の表情も悪くない
店先には商品が並び
子供達の笑い声も聞こえた
セリオスは少し驚く
「思っていたより活気がありますね」
隣を歩くゼムが答える
「最近は良くなりましたので」
「最近?」
「二年ほど前からです」
セリオスは頷く
ちょうどレオンが領地運営へ本格的に関わり始めた時期だ
偶然だろうか
それとも関係があるのだろうか
そんな事を考えていると孤児院が見えてきた
古い建物だったが、想像していたほど悪くない
むしろ綺麗に手入れされている
子供達も元気そうだった
庭では何人かの子供達が遊んでいる
セリオスは少し安心した
だが、まだ判断はしない
自分の目で確かめるまでは
その頃ノルディア城執務室では
レオンは椅子へ座りながら机を指で叩いていた
クロエが向かいで頬杖をつく
「それで?」
「何がだ?」
「試すって話」
レオンは小さく息を吐いた
「簡単だ」
「セリオスが本当に噂通りか見る」
クロエは首を傾げる
「どうやって?」
レオンはゼムの代わりに待機していた騎士へ視線を向ける
「一人頼みたい事がある」
騎士は背筋を伸ばした
「はっ」
レオンは説明する
内容を聞いた騎士は目を丸くした
「それだけですか?」
「ああ」
「演技は得意か?」
「多少なら……」
「なら頼む」
騎士は敬礼した
「お任せ下さい」
そのまま部屋を出て行く
クロエは不思議そうな顔をした
「それで何が分かるの?」
レオンは窓の外を見る
「本当に困っている人を見捨てないか……それだけだ」
クロエは少し考え
そして納得したように頷いた
昼過ぎ、孤児院の隣にある小さな教会では
セリオスはシスターと話をしていた
孤児院の運営状況
子供達の生活
食事
教育
色々確認した
今のところ不自然な点は無い
むしろ良く運営されている
だが、ふと視線が止まった
礼拝堂の隅に一人の男が跪いていた
何度も
何度も
何度も
必死に頭を下げている
周囲の視線も気にせずただ祈っている
セリオスは話を止めた
「どうかされましたか?」
シスターが尋ねる
セリオスは男を見る
「少し失礼します」
そして礼拝堂へ向かった
護衛騎士が嫌な予感を覚えながら後を追う
男は肩が震せながら祈っていた
セリオスはその隣へ静かに腰を下ろした
「どうされましたか?」
男が驚いて顔を上げる
「えっ」
白い法衣に赤い瞳
そして教国の紋章
枢機卿だとすぐ分かった
「何か困り事ですか?」
男は俯むき、しばらく迷っていた
そして小さく口を開く
「母が病気なんです」
セリオスは黙って続きを待つ
「薬も買えない、医者も呼べない」
男の拳が震えていた
「ここに来て祈れば助かるかもしれないって聞いて……だから……他に方法が思いつかなかったんです」
礼拝堂は静まり返る
セリオスは静かに男を見つめた
そして優しく尋ねる
「お母様を助けたいのですね」
男は強く頷く
「はい」
迷いのない返事だった
男が拳を握った拍子に袖が少しずれる
セリオスの視線が止まった
腕に残る青黒い痣
男は内心で焦る
訓練で出来た痣だった
完全には消えていなかったらしい
セリオスは首を傾げた
「腕を見せて頂いても?」
男は一瞬だけ固まった
だが拒否する理由も無い
恐る恐る腕を差し出す
セリオスは痣を見つめたそして静かに言う
「痛かったでしょう」
兵士は言葉を失う
疑わないのか?
何故傷の事を聞かないのかと
セリオスはそっと手を添え淡い光が溢れる
【聖属性魔法】
優しい光が痣を包み込むやがて光が消える
痣は跡形もなく消えていた
男は目を見開く
「え……」
思わず腕を触る
痛みも無い
何も残っていない
完全に治っていた
セリオスは微笑む
「これで大丈夫です」
男は言葉を失った
護衛騎士は遠い目をしていた
また始まった……そんな顔だった
セリオスは再び男を見る
「ですが……病気を魔法で治す事は出来ません」
男は顔を上げる
セリオスは少し申し訳なさそうに続けた
「傷なら治せます…ですが病そのものは別です」
セリオスは悲しそうな顔をした
「私にも出来る事と出来ない事があります」
それは事実だった
聖属性は万能ではない
病を癒やす魔法など存在しない
だからこそセリオスは出来る事をする
それしか出来なかった
そして、セリオスはゆっくり立ち上がる
その瞬間後ろの護衛騎士が顔を引きつらせた
とても嫌な予感がしたのだ
セリオスは腰の財布へ手を伸ばす
護衛騎士は天井を見上げた
「またですか……」
小さな呟きは誰にも聞こえなかった




