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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第56話 試される枢機卿

孤児院へ向かう道中、セリオスは静かに周囲を見回していた。


ノルディア領。

王国最北端に位置し、帝国との国境を守る辺境の地。

訪れるまでは、もっと荒れ果てた場所を想像していた。

冬は厳しく、魔獣による被害も多い。

王都から遠く離れたこの地では、領民達も苦しい暮らしを送っているのだろうと思っていた。


だが、実際に目にした光景は違った。

街の道は綺麗に整備されている。

荷馬車や人々が行き交い、店先には食料や日用品が豊富に並んでいた。

通りを歩く領民達の表情も明るい。

どこからか、楽しそうに駆け回る子供達の笑い声まで聞こえてくる。


セリオスは、僅かに目を見開いた。


「思っていたよりも、活気がありますね」


隣を歩いていたゼムが、穏やかに答える。


「最近は、随分と良くなりましたので」


「最近?」


「二年ほど前からでございます」


セリオスは静かに頷いた。


二年前。

それは、レオン・ノルディアが領地の運営へ本格的に関わり始めた時期と重なる。

偶然なのだろうか。

それとも、この変化には若き辺境伯が深く関係しているのか。


そんなことを考えているうちに、目的の孤児院が見えてきた。

建物そのものは古い。

長い年月を感じさせる石壁には、幾つもの修繕跡が残っている。

だが、想像していたほど状態は悪くなかった。

屋根や窓は丁寧に補修され、建物の周囲も綺麗に掃除されている。

庭では、何人もの子供達が元気に走り回っていた。

笑顔で遊ぶ姿を見る限り、衰弱している子供や、酷く汚れた服を着ている子供も見当たらない。


セリオスは胸の内で、僅かに安堵した。

少なくとも、外から見た孤児院に問題はなさそうだった。

しかし、まだ判断するつもりはない。

自分の目で中を確かめるまでは。


          




その頃、ノルディア邸の執務室では、レオンが椅子に座りながら机を指先で叩いていた。

向かいの椅子では、クロエが頬杖をついている。


「それで?」


「何がだ?」


「試すって話」


レオンは指を止め、小さく息を吐いた。


「簡単だ」


クロエへ視線を向ける。


「セリオスが、本当に噂通りの人間なのかを見る」


クロエは不思議そうに首を傾げた。


「どうやって?」


レオンは、ゼムの代わりに室内で待機していた一人の騎士へ目を向ける。


「一つ、頼みたいことがある」


騎士はすぐさま姿勢を正した。


「はっ!」


レオンは、考えていた内容を騎士へ説明する。

話を聞き終えた騎士は、意外そうに目を丸くした。


「それだけですか?」


「ああ」


レオンは頷き、念のために尋ねる。


「演技は得意か?」


「多少でしたら……」


「なら、頼む」


騎士は背筋を真っ直ぐ伸ばし、力強く敬礼した。


「お任せください」


そのまま騎士は身を翻し、執務室を出ていく。

閉じた扉を見つめながら、クロエはますます不思議そうな顔をした。


「それで、何が分かるの?」


レオンは窓の外へ視線を向けた。


「本当に困っている人間を見捨てないのか」


それだけだ、と続けるように目を細める。

クロエは少し考えた後、ようやくレオンの狙いを理解したらしい。


「なるほど」


納得したように、小さく頷いた。


          




昼過ぎ。

孤児院に隣接する小さな教会で、セリオスは一人のシスターから話を聞いていた。


孤児院の運営状況。


子供達の生活。


日々の食事。


読み書きや計算などの教育。


届いている寄付と、その使い道。


セリオスは一つずつ丁寧に確認した。

今のところ、不自然な点は見当たらない。

帳簿と実際の運営状況にも、大きな食い違いはなかった。

むしろ、限られた資金を無駄なく使い、十分に運営されている。


そんな中、セリオスの視線がふと礼拝堂の隅で止まった。

一人の男が祭壇へ向かって跪いている。


何度も。


何度も。


何度も。


額が床へ触れそうになるほど深く頭を下げ、必死に祈りを捧げていた。

周囲の視線など、まるで気にしていない。

ただ一心に、何かを願い続けている。


セリオスは、シスターとの話を止めた。


「どうかなさいましたか?」


シスターが不思議そうに尋ねる。

セリオスは跪く男から視線を外さないまま答えた。


「少し失礼します」


そう告げると、男のいる礼拝堂へ向かって歩き出す。

その後ろを、護衛騎士が僅かに顔を曇らせながら追った。

何となく、嫌な予感がしていた。


男は、セリオスが近づいても祈り続けていた。

その両肩は、小刻みに震えている。

セリオスは男の隣まで来ると、同じように静かに腰を下ろした。


「どうなさいましたか?」


声をかけられた男が驚いて顔を上げる。


「えっ……」


目の前には、白い法衣を纏った青年がいる。

白い髪。

紅い瞳。

そして、法衣に刻まれたセレスティア教国の紋章。

教国の枢機卿であることは、ひと目で分かった。

セリオスは、怯える男へ優しく微笑みかける。


「何か、お困りなのですか?」


男は再び顔を俯けた。

何かを話すべきか迷うように、唇を何度も動かす。

しばらくして、ようやく小さな声を絞り出した。


「母が……病気なんです」


セリオスは何も言わず、その続きを待った。


「でも、薬を買う金もない。医者を呼ぶこともできないんです」


俯いた男の拳が、震えるほど強く握り締められる。


「ここへ来て祈れば、助かるかもしれないと聞いて……だから……」


声が掠れた。


「ほかに、方法が思いつかなかったんです」


礼拝堂が静まり返る。

セリオスは、苦しげに俯く男を静かに見つめていた。

やがて、確かめるように優しく尋ねる。


「お母様を、助けたいのですね?」


男は勢いよく顔を上げ、強く頷いた。


「はい」


その返事に迷いはなかった。

男が拳を握り直した拍子に、腕を覆っていた袖が僅かにずれた。

セリオスの視線が、その腕で止まる。

露わになった肌には、青黒い痣が残っていた。


男の胸に焦りが走る。

騎士団の訓練でできた痣だった。

この役目を引き受ける前に確かめたはずだが、まだ完全には消えていなかったらしい。


セリオスは不思議そうに首を傾げた。


「腕を見せていただいても?」


男の身体が、一瞬だけ固まる。

だが、ここで拒めば不自然に思われる。

男は動揺を隠しながら、恐る恐る腕を差し出した。

セリオスは青黒い痣をしばらく見つめる。

それから、静かに口を開いた。


「痛かったでしょう」


男は言葉を失った。

傷の理由を聞かないのか。

自分を疑わないのか。

そんな疑問が、胸の中を駆け巡る。


だが、セリオスは何も尋ねなかった。

ただ痣の上へ、そっと手を添える。

その掌から、淡い光が溢れ出した。


【聖属性魔法】


温かく優しい光が、男の腕を柔らかく包み込んでいく。

やがて光が消えた時、そこにあった青黒い痣は跡形もなく消えていた。


男は目を見開く。


「え……?」


思わず、何度も自分の腕へ触れる。

押しても痛みはない。

痣の跡さえ残っていない。

完全に治っていた。


「これで大丈夫です」


セリオスは安心させるように微笑んだ。

男は何も答えられなかった。

その後ろでは、護衛騎士が遠い目をしている。


また始まった。

その表情は、明らかにそう物語っていた。


セリオスは改めて男へ向き直る。


「ですが……申し訳ありません。病気を魔法で治すことはできません」


男が顔を上げる。

セリオスは、僅かに眉を下げた。


「傷であれば治せます。ですが、病そのものは別なのです」


紅い瞳に、悲しげな色が浮かぶ。


「私にも、できることとできないことがあります」


回復魔法は万能ではない。

傷を癒やすことはできても、あらゆる病を消し去ることはできない。

だからこそ、セリオスは自分にできることをする。

たとえ僅かでも、目の前で苦しむ者の助けになることを。


それしか、できなかった。

セリオスはゆっくりと立ち上がる。

その瞬間、後ろに控えていた護衛騎士の顔が引きつった。


ひどく嫌な予感がしたのだ。


セリオスの手が、腰に下げた財布へ伸びる。

それを見た護衛騎士は、全てを諦めたように天井を仰いだ。


「またですか……」


小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。

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