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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

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第53話 王国の勢力図 後半

「……で」


 レオンは机の上で腕を組み、クロエを見る。


「その派閥同士は、仲が悪いのか?」


「悪いね」


 クロエは迷うことなく即答した。


「特に王権派と改革派は」


「そんなにか?」


「そんなに」


 真顔で頷かれ、レオンは僅かに眉を上げる。


「そもそも、考え方が正反対なんだよ。王権派は血筋を重視して、改革派は能力を重視する。だから、何かあるたびに揉めるんだ」


 レオンは納得するように頷いた。

 片方が重んじるのは、生まれ持った血筋。

 もう片方が重んじるのは、本人の能力と積み重ねた努力。

 根本から価値観が異なるのだから、簡単に分かり合えるはずもない。


「だから、両者が衝突した時は中立派が間へ入ることが多いんだ」


「ローゼンベルク家か」


「うん」


 クロエは静かに頷いた。


「王権派も改革派も、ローゼンベルク家を完全には敵に回せないからね」


「何でだ?」


「王国最大の公爵家だから」


 その答えに、レオンは目を瞬かせた。


「最大なのか?」


「そうだよ」


 クロエは当然のことのように答える。


「領地の広さ、人口、兵力、それに家の歴史。どれを取っても王国内で最上位。だから、王国の政治に対する発言力も大きいんだ」


 レオンは思わず低く唸った。

 ゲームの中では、ローゼンベルク家は悪役令嬢であるクラリスの実家としてしか描かれていなかった。

 物語を進めるうえで必要な背景。

 その程度にしか考えていなかった。


 だが、現実は違う。

 ローゼンベルク公爵家は、王国の均衡を左右するほどの力を持つ大貴族だったのだ。

 その時、これまで黙って二人の会話を聞いていたゼムが口を開いた。


「失礼ですが、派閥について知ることは、決して無駄ではございません」


 レオンはゼムへ顔を向ける。


「理由は?」


「王都で決められた政策は、最終的に地方へも影響を及ぼします」


 ゼムは穏やかな表情のまま、静かに説明する。


「王権派が主導権を握れば、王家の権限は今よりも強くなり、王国の在り方も変わるでしょう」


 レオンは何も言わず、その言葉へ耳を傾ける。


「改革派が力を持てば、身分や爵位に関する制度が変わる可能性もございます。中立派が大きく動けば、これまで保たれていた均衡も崩れます」


 ゼムは僅かに目を細めた。


「ノルディア領が王都から遠いからといって、無関係ではいられません」


 レオンは腕を組んだまま考え込んだ。


 確かに、その通りだった。

 王都で決められた政策は、時間こそかかっても必ず地方へ届く。


 税も。


 法律も。


 軍の在り方も。


 国に属している以上、無関係ではいられない。


「なるほどな」


 レオンが頷くと、ゼムも小さく頭を下げた。


「今後のことを考えるのであれば、知っておいて損はございません」


 レオンは再びクロエへ顔を向けた。


「それにしても……クラリスの家が、そこまで大きな家だったとはな」


 クロエは少し考えた後、静かに口を開いた。


「王子との婚約も、それが理由の一つだと思う」


 レオンが顔を上げる。


「理由の一つ?」


「うん」


 クロエは頷いた。


「ローゼンベルク家は中立派の中心だからね。その令嬢が王家へ嫁げば、王家と中立派の結びつきも強くなる。王権派にとっても、悪い話じゃなかったと思うよ」


「政治的な婚約か」


 レオンは小さく呟いた。


 王家と王国最大の公爵家。

 その二つを結びつける婚約なのだから、そこに政治的な思惑がないはずもない。

 考えてみれば、十分にあり得る話だった。


「それに、クラリス様自身も優秀だったから」


 クロエは何でもないことのように続ける。


「魔法の才能もあって、学業の成績も優秀。礼儀作法も完璧。公爵令嬢としては、理想的な人だったと思う」


 レオンは黙り込んだ。


 前世の記憶に残るクラリスは、いつも悪役令嬢だった。

 主人公を追い詰め、最後には大勢の前で罪を暴かれ、断罪される少女。

 けれど、現実に出会ったクラリスは違った。

 まだ十二歳の少女だ。


 庭園で、何度転んでもダンスの練習を続けていた少女。


 下町のパン屋を行ったり来たり、入れずにいた少女。


 それが、レオンの知るクラリス・ローゼンベルクだった。

 ゲームの役割だけでは分からない、懸命に生きている一人の人間だった。

 考え込んでいたレオンがふと我に返ると、向かいに座るクロエがこちらを睨んでいた。


「何だ?」


「いや……何でもないよ」


 言葉ではそう答えたものの、明らかに何でもない顔ではなかった。

 何となく気に入らない。

 そう言いたげに、クロエは小さく頬を膨らませる。


「レオン」


「ん?」


「一応、言っておくけど」


 クロエは僅かに視線を逸らした。


「クラリス様には婚約者がいるからね?」


 レオンは一瞬、何を言われたのか分からず固まった。


「は?」


「王子。婚約者。さっき言ったでしょ?」


「いや、知ってるけど……」


 なぜ今、その話を念押しされるのか。

 レオンには本気で分からなかった。


 クロエは、そんなレオンの顔を見てますます不機嫌そうに目を細める。


「なら、いいけど」


「何がだ?」


「別に」


 即答だった。

 だが、どう見ても別にではない。

 レオンは訳が分からず、首を傾げるばかりだった。


 その様子を、ゼムは黙って見守っていた。

 穏やかな笑みを崩さぬまま、心の中で静かに思う。


(ぼっちゃまは、相変わらず鈍いですね)


 もちろん、それを口に出すことはなかった。

 クロエは耳を僅かに赤くしたまま、一つ咳払いをする。


「とにかく」


 強引に話を戻すように、少しだけ声を張った。


「王都の貴族なんて面倒なんだよ」


 クロエは疲れたように椅子の背へ身体を預ける。


「派閥の中にまた派閥があって、利権に権力争いまである。考えるだけで疲れるよ」


 レオンは苦笑した。

 その気持ちは少し分かる。

 先々代ヴァルグが会合の途中で帰った理由も、何となく理解できた。


『こんな話をするくらいなら、魔物を狩っている方が有意義だ』


 実際に話を聞いた後では、その言葉にも少し頷きたくなる。

 だが、それでも知らなければならない。


 クラリスを救うためにも。


 ノルディア領を守るためにも。


 王都で何が起き、誰が何を求めて動いているのかを理解する必要がある。


 レオンは机の上に広がる書類を見つめ、静かに息を吐いた。

 どうやら、思っていた以上に面倒な話になりそうだった。

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