第52話 王国の勢力図 前半
「それで」
笑い続けるクロエを待ってから、レオンは椅子へ座り直した。
「その派閥って、何なんだ?」
クロエは目尻に浮かんだ涙を指先で拭い、ようやく笑いを収める。
「王国の貴族は、大体どこかの派閥に所属してるんだよ」
「何のために?」
「自分達の考えを、王国の政治に反映させるため」
レオンは小さく頷いた。
前世でいうところの、政治団体のようなものなのだろう。
同じ考えを持つ貴族達が集まり、数と影響力を利用して自分達の望む方向へ国を動かす。
そう考えれば、派閥が作られる理由も理解できた。
クロエは片手を上げ、人差し指を立てる。
「まずは王権派」
「王権派?」
「うん。王家を中心に集まっている派閥だね。王国を安定させるためにも、王家がもっと強い権力を持つべきだと考えてる」
「中心にいるのは?」
「アルカディア公爵家」
その家名には、レオンも聞き覚えがあった。
前世の記憶――『ノルドレア・ロワイヤル』の中で耳にしたことがある。
ただ、物語の中心に登場する家ではなかったため、詳しいことまでは覚えていない。
「王権派で最大の力を持つ公爵家だから、王家との繋がりも強いんだ。王国での発言力も大きい。それに――」
クロエは僅かに声を落とす。
「血筋を重視する人が多い」
「血筋?」
「【魔力は貴族のもの】。優れた魔力は、優れた血筋から生まれる。そう考えてる人達だね」
レオンは僅かに眉を寄せた。
魔力の強さによって人間の価値まで決める。
その考え方は、あまり好きになれそうになかった。
そんなレオンの反応を見ながら、クロエは中指を伸ばす。
「次が改革派」
「名前からして面倒そうだな」
「あはは……面倒だよ」
迷いのない即答だった。
「改革派には、教国の考え方が強く影響してる。たとえ平民でも、国へ貢献できる才能があるなら爵位を与えるべきだって考えてるんだ」
クロエは立てた二本の指を、僅かに揺らす。
「掲げてるのは【身分より能力】。生まれに関係なく、努力した人が報われる社会を目指してる」
「教国らしいな」
「うん」
クロエも同意するように頷いた。
セリオスのように、平民の出身でも才能と実績によって高い地位へ就くことができる。
確かに、教国の価値観に近い。
「教国との繋がりも強いから、血筋を重視する王権派とはよく対立してる。中心になっていたのは、ヴァイスフェルト公爵家だったよ」
レオンは記憶を探った。
しかし、その家名にはまったく覚えがない。
少なくとも、乙女ゲームの中では名前すら登場していなかったはずだ。
そんなことを考えていたレオンは気づかなかった。
だが、傍らに立つゼムが、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
クロエはその変化に気づいたらしい。
ゼムの横顔を一度だけ見つめる。
しかし、何も尋ねなかった。
代わりに薬指まで伸ばし、三本目の指を立てる。
「最後が中立派」
「名前の通り、中立なのか?」
「半分正解」
クロエは小さく笑った。
「中立派は王権派と改革派のどちらにも属さない貴族達の集まり。でも、その中でも考え方が分かれてるんだ」
「中立なのにか?」
「どちらの派閥にも属さないってだけで、全員が同じ考えじゃないからね」
言われてみれば当然のことだった。
クロエは説明を続ける。
「大きく分けると、保守派と革新派。その中でも一番強い力を持ってるのが保守派だね」
そこで、クロエの表情が僅かに曇った。
ほんの一瞬。
すぐに消えてしまいそうな変化だった。
だが、正面に座っていたレオンは見逃さなかった。
「どうした?」
「別に」
クロエはすぐに笑顔へ戻った。
何でもないことのように答えたが、その笑みはどこか硬い。
無理に作ったもののようにも見えた。
「中立派の中心は、ローゼンベルク公爵家だね」
その家名を聞き、レオンは僅かに目を細めた。
クラリス・ローゼンベルク。
彼女の生家だ。
クロエは自分の表情を悟らせまいとするように、そのまま説明を続ける。
「ローゼンベルク家は、王国の伝統を重んじる家だからね。王家の力を強くしすぎる王権派にも、急激に国の仕組みを変えようとする改革派にも偏らない」
「両方と距離を取ってるのか?」
「距離を取るというより、間に立ってるんだよ」
クロエは立てていた指を下ろした。
「王権派が暴走しそうなら止める。改革派が行き過ぎても止める。両方の意見を聞いて、王国がどちらか一方へ傾きすぎないようにする。そんな立場かな」
「なるほどな」
レオンは感心しながら頷いた。
王権派と改革派。
血筋を重視する者達と、能力を重視する者達。
考え方が正反対である以上、二つの派閥だけでは激しく衝突することになる。
だからこそ、その間に立って均衡を保つ存在が必要なのだ。
「だから、ローゼンベルク家は王国でもかなり重要な家なんだよ」
クロエはそう言って笑った。
しかし、その時だけは、やはり笑顔が僅かに硬かった。
レオンは何も尋ねず、黙ってその言葉を胸へ刻む。
ゲームでは語られなかった話だった。
画面の中で描かれていたのは、王都と学園を中心に起きる出来事だけ。
だが、現実の王国には多くの貴族が存在し、それぞれの考えと利害によって複雑に結びついている。
自分が知っていた世界よりも、現実の王国は遥かに広く、複雑らしい。
そんなレオンの顔を見て、クロエが呆れたように苦笑した。
「本当に知らなかったんだね」
「知らん」
「辺境伯なのに?」
「知らん」
あまりにも堂々と答えるレオンに、クロエは深いため息を吐いた。
「よくそれで今までやってこれたね」
「何とかなった」
「なってないよ」
即答だった。




