↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第4章 新事業と枢機卿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/357

第51話 貴族の派閥

扉が開く。

そこに立っていたのは、クロエとゼムだった。


灰色の髪に、蒼い瞳。


三か月に一度、このノルディア領を訪れる専属商人の姿も、今ではすっかり見慣れたものになっている。

クロエは執務室へ入るなり、軽く片手を上げた。


「やあ」


「おう」


レオンも椅子に座ったまま、同じように手を振り返す。

そのやり取りを見届けると、ゼムは二人へ小さく頭を下げた。


「それでは、私は失礼いたします」


「待て」


レオンが即座に呼び止める。

部屋を出ようとしていたゼムが足を止め、静かに振り返った。


「何でしょう」


「ゼムも残ってくれ」


「承知しました」


理由を尋ねることなく、ゼムは素直に頷いた。

クロエは執務机を挟んだ向かいの椅子へ腰を下ろす。

そして、机の上へ視線を巡らせた。


何冊もの帳簿。


各地から届いた報告書。


領内の地図。


商会との取引記録。


整理はされているものの、机の大半が書類で埋め尽くされていた。


「相変わらず凄いね」


「何がだ?」


「書類だよ」


クロエは呆れたように苦笑する。


「辺境伯の執務室っていうより、商会の事務所みたいだよね」


「俺も最近そう思う」


レオンが肩を竦めると、クロエは可笑しそうに笑った。

だが、その笑みはすぐに消える。

クロエは椅子へ座ったまま、レオンの顔をじっと見つめた。


「それで?」


「何がだ?」


「何か考え込んでたでしょ」


レオンは少しだけ目を見開いた。

部屋へ入ってきたばかりだというのに、よく見ている。

レオンは誤魔化すことを諦め、机の上へ置かれた一枚の紙へ目を落とした。

そこには、四人の名前が並んでいる。


アレク。


ルーカス。


セリオス。


カイル。


クロエもその紙を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。


「誰?」


「未来の厄介事だ」


「何それ」


「説明すると長い」


クロエは納得していない様子だった。

それでも、今は話すつもりがないと察したのか、それ以上追及してくることはなかった。

代わりに、開かれたままになっている帳簿へ視線を移す。


そこに記された金貨二〇二三枚という数字を見て、クロエが口を開いた。


「増えたね」


「増えたな」


「でも、足りない?」


「全然足りない」


レオンは迷うことなく即答した。


「あと一万七千枚以上だ」


クロエは困ったように肩を竦める。


「相変わらず無茶だね」


「分かってる」


それきり会話が途切れ、執務室へ短い沈黙が落ちた。

レオンは帳簿の数字を眺めながら、新たな事業について考える。

その向かいでは、クロエも机の上に並ぶ書類へ目を走らせていた。

やがて、何かを考えていたクロエが静かに口を開く。


「次の事業を考えるのも大事だけど、その前に王国のことを知った方がいいと思うよ」


「王国?」


「うん。派閥とか」


「派閥?」


レオンが首を傾げると、クロエは信じられないものを見るように目を丸くした。


「知らないの?」


「知らん」


「辺境伯なのに?」


「知らん」


まったく悪びれる様子のないレオンを前に、クロエは両手で頭を抱えた。


「よくそれで今までやってこれたね」


「何とかなった」


「なってないよ」


間髪を入れない否定だった。

その時、二人の会話を黙って聞いていたゼムが、思い出したように口を開く。


「そういえば、ご説明しておりませんでした」


レオンがゼムへ顔を向ける。


「何でだ?」


「必要ありませんでしたので」


当然のことを答えるような口調だった。

レオンは納得できずに眉を寄せたが、ゼムはいつも通りの穏やかな笑みを崩さない。

クロエは呆れたようにため息を吐いた。


「それで、ノルディア家はどこの派閥なの?」


ゼムは少し考えてから答える。


「現在は無派閥です」


「現在は?」


クロエが、その言葉へすぐに反応した。


ゼムは静かに頷く。


「元々、ノルディア家は中立派に属しておりました」


レオンも初めて聞く話に目を瞬かせる。


「そうなのか?」


「はい。ですが、先々代ヴァルグ様の代で脱退しております」


「何でだ?」


レオンが尋ねると、ゼムは僅かに遠い目をした。

まるで、遠い過去に聞いた話を思い返しているようだった。


「ヴァルグ様が、中立派の会合へ参加された時のことでございます」


ゼムは一度目を閉じ、記憶を辿りながら語り始める。


「派閥同士の牽制。王都貴族同士の駆け引き。利権の配分や、誰をどの役職へ就けるか。そのような話が延々と続いたそうです」


クロエの顔に、何となく先の展開を察したような表情が浮かぶ。

レオンの胸にも、嫌な予感が芽生えた。


ゼムは変わらぬ口調で続ける。


「そして会合の途中、ヴァルグ様は突然立ち上がり――」


そこで僅かに間を置く。


「『つまらん!』と、一喝されたそうです」


その瞬間。

この場にいないはずのヴァルグの大声が、執務室へ響き渡ったような気がした。


「さらに、『こんな話をするくらいなら、魔物を狩っている方が有意義だ』と言い残し、そのまま帰られました」


執務室を、何とも言えない沈黙が包んだ。

最初に耐え切れなくなったのは、クロエだった。


「ぶふっ!」


咄嗟に口元を押さえるが、もう遅い。

肩を震わせ、必死に笑いを堪えている。

レオンも思わず額へ手を当てた。


「マジか……」


「マジです」


ゼムは真顔で答えた。

冗談を言っている様子は、微塵もない。


「その後、中立派から説得の使者が何度も訪れましたが、ヴァルグ様は全員を追い返されたそうです」


「どうやって?」


クロエが笑いを堪えながら尋ねる。

ゼムは淡々と答えた。


「『帰れ』と」


「それだけ?」


「はい。次の使者にも『帰れ』。その次の使者にも『帰れ』と。そのような具合だったそうです」


ついにクロエは堪え切れなくなり、声を上げて笑い始めた。

レオンも苦笑するしかない。


先々代ヴァルグ・ノルディア。


レオンは、その人物に会ったことがない。

だが、豪快で型破りな人物だったという話は、これまで何度も耳にしていた。


どうやら、その話に偽りはなかったらしい。

そうして中立派から抜けたノルディア家は、現在に至るまで、どの派閥にも属さない道を歩んでいるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。