間章 商人の夢
すみません第4章を書こうとしたのですが
どうしても面白くならない……長々と説明と補足の回になりそうで……
更新少しの間遅れます
静かな部屋だった
窓から差し込む夕陽が机を赤く染めている
そこに座る男は一人 ブロド・グランツだった
かつてグランツ宿場町最大の商会を率いた男
今は全てを失っていた
商会も
財産も
男爵位の話も
何も残っていない
残ったのは古びた鞄一つだけだった
ブロドは静かに目を閉じる
そして昔を思い出していた
若い頃の自分はただの平民だった
毎日荷物を運び
商人に怒鳴られ
必死に働いた
だが商売は好きだった
物が売れる喜び
利益が出る喜び
街が発展していく喜び
それらが何よりも楽しかった
やがて商会を立ち上げた
成功し金も稼いだ
妻を迎え、そして娘が生まれた
「お父さん!私も貴族のお嬢様になれる?」
娘はいつもそう聞いた
身体は弱かったが笑顔を絶やさなかった
お姫様の物語が大好きだった
「なれるとも」
そう答えるたびに娘は嬉しそうに笑った
だがその夢は叶わなかった
娘は病を患っていた
どれだけ金を積んでも治せなかった
どれだけ医者を呼んでも助からなかった
娘は九歳で亡くなった
「私……お嬢様になれなかった……ね」
それが最後の言葉だった
娘を失ってからブロドは狂ったように働いた
朝から晩まで帳簿を睨み
夜になれば取引先を回る
寝る時間すら惜しんで働いた
金の為ではない
止まれば思い出してしまうからだ
娘の部屋には使われなくなった人形が転がっていた
帰ってこない娘の笑顔
寂しさを紛らわせるように働き続けた
そして妻も他の男を作り出ていってしまった
だが気付けばグランツ商会は宿場町最大の商会になっていた
そんなある日だった
応接室へ一人の子供がやって来た
灰色の髪の大きなマントを引きずった
年齢は十歳ほどの少女だった
「走竜を買いたい」
ブロドは思わず眉をひそめた
「お前が買うのか?」
「うん」
少女は平然と頷く
「金貨二百枚だ」
少女は迷わず袋を机へ置いた
ジャラッっと金貨が机の上に転がる
「二百枚」
ふと疑問に思った
「おい……残りの手持ちはあとどのくらいある?」
「あと十枚ある」
ブロドの動きが止まった
「全部で二百十枚か?」
「うん」
「残り十枚?」
「そう」
当然のように頷く少女を見てブロドは頭を抱えた
「馬鹿かお前は」
「?」
「走竜を買ったら終わりじゃないんだぞ!?餌代は?宿代は?修理代は?」
「……」
少女は黙り込む
ブロドはさらに続けた
「商品はどうする」
「商品?」
「商人なんだろう?」
「うん」
「何を売る」
クロエは固まった
「何か……買う?」
「その金はどこにある」
部屋には沈黙が流れた
ブロドは大きくため息を吐いた
「商人は先に商品を仕入れる、それを売って利益を出す、だから仕入れの金を全部使ったら商売にならん」
クロエは初めて困った顔をした
「そうなの?」
「そうだ」
即答だった
「分かった」
ブロドは金貨百枚だけ受け取った
「残り百枚は出世払いだ」
クロエが目を丸くする
「出世払い?」
「ああ」
「稼いで返しに来い」
クロエはしばらく固まっていた
「……ありがとう」
そう言って頭を下げる
ブロドはため息を吐いた
「それと覚えておけ」
「?」
「商人が最初に出す値段は希望価格だ」
少女が首を傾げる
「……希望価格?」
「本当の値段じゃない!高めに言ってるだけだ……だから値切る」
ブロドはフードの奥の瞳を真っ直ぐ見つめた
「それも商人の仕事だ」
クロエは数回瞬きをした
「じゃあ金貨二百枚じゃなかったの?」
「金貨百五十枚でも売るつもりだった」
「えっ!?」
今度こそ驚いた
ブロドは思わず笑う
「だからお前は商売が下手なんだ……次からは値切れ!たとえ相手が嫌な顔をしても気にするな」
そう言いながら金貨を集め袋に仕舞った
「それが商売だ」
クロエは真剣な顔で頷いた
「分かった……次は値切る」
「いや ほどほどにしろ」
金貨の袋を手渡した
なんだか懐かし気がした
「お前名前は?」
少女は一瞬ためらったのか言葉が詰まる
「……ク……クロエ……」
「そうかクロエか!金は絶対返しに来い信用も商人の基本だ」
「うん」
そしてブロドは自然と笑っていた
娘を失ってから初めてだった
自然に笑えたのは……
そして四年後自分はその子を売ったのだ
目を開くと夕陽が差し込む部屋は何も無かった
静かなただの部屋だった
コンコンと扉が叩かれる
そして返事もしなかったのに扉が開いた
そこに立っていたのはあのクロエだった
「何の用だ」
会わせる顔などなかった
だがクロエは何も言わず部屋へ入る
そして鍵を机へ置いた
「……何だ?」
「竜車」
ブロドが固まる
「馬鹿を言うな」
「僕にはもう必要ないから」
「受け取れる訳がない」
ブロドは吐き捨てた
「俺はお前を売ったんだぞ」
クロエは少しだけ笑った
「うん……でもね……ゼムさんから聞いたんだ」
娘の事
貴族に憧れた少女の事
「許した訳じゃないよ……正直凄く怒った……でも」
クロエは鍵を押し付けた
「僕に商売を教えてくれたのはブロドだから、最初に走竜を売ってくれたのも」
そして少し照れ臭そうに笑う
「金を残せって教えてくれたのも、全部ブロドだった」
クロエは迷彩柄のマントを脱いだ
「それに僕、気が付いちゃったんだ」
クロエは迷彩柄のマントを摘まんだ
「このマントね……認識阻害の魔法陣が入ってるんだ……見る人によって印象が変わる」
ブロドは眉をひそめた
「そんな物聞いた事がねぇ」
「だって僕の家にしか無かったから」
クロエは少し笑う
「でもね。変わるのは印象だけだよ?姿まで変わる訳じゃない」
静かな声だった
「だから最初から不思議だったんだ」
ブロドの背中が強張る
「ブロドだけは…………ずっと僕を女の子として見てた」
その瞬間
ブロドは言葉を失った
「お前……」
「娘さんと重なって見えてたんだよね」
否定しようとした、だが出来なかった
九歳で亡くなった娘
貴族のお嬢様に憧れた娘
初めて会った時のクロエは
灰色の髪の小さな身体
絶望の目をした少女だった
どこか似ていた
だから百枚も出世払いにした
だから商売を教えた
だから笑えた
気付いていなかったのは自分だけだった
いや考え無かっただけだ
いつか貴族になれば墓の前で娘に笑って会いに行ける
いつか貴族になれば妻が帰ってくる
そう信じ現実を考える事を辞めたのだ
クロエはもう一度迷彩柄のマントを羽織った
「僕からしたら商人のお父さんみたいな人だったよ」
ブロドの肩が震えた
クロエは踵を返す
「出世払いだからね」
それだけ言って部屋を出ていった
扉が閉まり部屋に静寂が戻る
ブロドは手の中の鍵を見る
四年前
自分が少女へ売った走竜
今度は少女から返された
「……馬鹿者」
掠れた声だった
涙が一滴だけ机へ落ちる
夕陽は沈み始めていた
だが真っ暗ではない
まだ少しだけ前へ進める気がした
やっと祖父の話を書けました
最初から辺境伯は国境の境目の貴族なので位が高いのに社交慣れして無い理由を考えた時に出てきた人です
反応が良ければまた本編と関係ない所の話を書きたいなぁ
ブックマークが10倍以上になってました嬉しい
リアクションもありがとうございます
頑張ります




