↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第3章 宿場町と怪しい商人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/353

間章 新しい家族

雪が降っていた。

身を切るような冷たい風が、帝国南西部の小さな町を吹き抜けていく。

その町の片隅に建つ一軒の家。


十歳のゼムは、閉ざされた扉の前に座り込んでいた。

雪が髪や肩へ積もっても、そこを動こうとはしない。

もう何日も待ち続けている。


父を。


母を。


父は帝国軍の騎士だった。

厳しい人だったが、幼いゼムへ剣の握り方から足の運びまで、一つずつ教えてくれた。


母は帝国魔術軍に所属していた。

優しい人で、暇さえあれば本を読んでいた。その隣へ座り、物語を聞かせてもらう時間を、ゼムは何より楽しみにしていた。


そんな二人が、そろって戦場へ向かった。

王国との戦争だった。

戦争が始まった頃、町の誰もが口を揃えて言っていた。


『帝国は強い』


『すぐに勝って帰ってくる』


『だから、何も心配する必要はないと』


だが、現実は違った。


撤退。


敗走。


補給路の崩壊。


届く知らせは、日に日に悪いものへ変わっていった。

そして最後まで、父も母も帰ってこなかった。

二人の代わりに届いたのは、戦死を告げる一枚の通達だけだった。


ゼムは理解したくなかった。

紙に書かれた文字など、何かの間違いだと思いたかった。

待っていれば、いつものように父と母が帰ってくる。

そう信じて、何日も家の前に座り続けた。

しかし、家は空になったままだった。


蓄えていた食料も、やがて底をついた。

助けてくれる者もいない。

十歳のゼムは、たった一人の戦争孤児になっていた。

そして、両親が戦った相手の名を知る。


ノルディア辺境伯――ヴァルグ・ノルディア。


王国北方最強の男にして、帝国軍を壊滅へ追い込んだ英雄。

その名を聞いた瞬間、行き場を失っていた悲しみが、激しい憎しみへ変わった。

許せない。


父を。


母を。


自分から全てを奪った男。


「……絶対に殺してやる」


ゼムは、そう心に誓った。

父の形見である剣を手に取る。

細く長い、帝国式の長剣。

帝国騎士だった父が、いつも振るっていた剣だ。

何もなくなったゼムに残された、家族との唯一の繋がりだった。


          



数日後。

ゼムは、王国へ向かう商隊の荷馬車の下へ張りついていた。

街道には冷たい風が吹き荒れ、凍えた指から少しずつ力が抜けていく。


腕が痛い。

腹も減っている。

それでも、しがみついた手を離さなかった。

全ては復讐のためだった。

長い道のりの果てに、荷馬車はノルディア領へ辿り着いた。




その夜。

ゼムは、ノルディア辺境伯邸へ侵入した。

闇に紛れて塀を越え、父の剣を強く握り締める。

狙うのは、辺境伯ヴァルグ・ノルディアの首。

ただ、それだけだった。


だが、十歳のゼムが考えた計画など、あまりにも甘かった。


「そこまでだ!」


突然、背後から鋭い声が飛んだ。

ゼムが振り返る。

そこには武器を構えた兵士達が立っていた。

気づいた時には、すでに完全に包囲されている。


「どけ!」


ゼムは剣を抜き、正面の兵士へ突撃した。

だが、十歳の子供が歴戦の兵士に敵うはずもない。

剣を振るう暇さえ与えられず、瞬く間に地面へ押さえつけられた。

父の剣も、その手から奪われる。


「離せ! ……離せぇ!!」


必死に身体を捩り、何度も暴れる。

しかし、押さえつける腕は僅かにも動かなかった。

そのままゼムは、邸の執務室へ連行された。



部屋の奥には、一人の男が座っていた。

大柄な身体。

熊を思わせるほど逞しい体格。

髪には白いものが交じり、その豪放な顔には幾つもの皺が刻まれている。

酒瓶を片手に、男は豪快な笑みを浮かべていた。


ヴァルグ・ノルディア。


ゼムが殺すと誓った、仇その人だった。


「それで?」


ヴァルグが口を開く。


「何で俺を殺そうとした?」


ゼムは憎しみを込めて叫んだ。


「お前に! ……父さんと母さんを殺されたからだ!」


執務室が静まり返る。

兵士達の視線が、ヴァルグへ集まった。

だが、次の瞬間。

ヴァルグは腹を抱えて大笑いした。


「がははははは!!」


その豪快な笑い声が、執務室を揺らす。


「仇討ちか!? 面白いガキだな!!」


「笑うな! ……殺してやる!」


ゼムが怒鳴ると、ヴァルグは酒瓶を置いて立ち上がった。

そして、兵士が持っていた木剣を奪い取る。


「よし! やってみろ」


兵士達が一斉に固まった。


「辺境伯様!?」


「構わん」


ヴァルグは木剣を肩へ担ぎ、不敵に笑う。


「俺を殺しに来たんだろ? なら受けてやる」


奪われていた剣を返され、ゼムは再び父の形見を握った。

そして、勝負が始まった。


全力だった。

怒りも。

憎しみも。

悲しみも。

胸の中にあるもの全てを、剣へ込めた。


それでも、届かない。

一歩も。

一太刀も。

剣先が掠ることさえなかった。


気づけば、ゼムは床へ倒れていた。

父の剣は手を離れ、遠くへ弾き飛ばされている。

首元には、ヴァルグの木剣がぴたりと当てられていた。


完敗だった。

勝負が始まってから、五秒も経っていない。

悔しさに視界が滲み、ゼムの目から涙が溢れた。

その時、一人の兵士が剣を抜いた。


「辺境伯様、コイツは帝国人です」


別の兵士も続ける。


「しかも暗殺未遂犯です。処刑を――」


「待て」


ヴァルグの低い声が、それを遮った。

先ほどまでの豪快な笑い声とは違う。

有無を言わせぬ響きに、兵士は動きを止めた。

ヴァルグはゼムの前まで歩み寄ると、その場へしゃがみ込んだ。

そして、ゼムと真っ直ぐに目を合わせる。


「おい、ガキ」


ゼムは涙を拭うこともせず、目の前の男を睨みつけた。


「お前は家族を失った」


静かな声だった。


「それは戻らん」


握り締めたゼムの拳が震える。

すると、ヴァルグの声に怒気が滲んだ。


「だがな……死んだ者を馬鹿にするな!」


ゼムが目を見開く。


「お前の父親は王国の奴を殺したくて戦場へ向かったのか? お前の母親は王国を滅ぼしたいと戦場へ向かったのか?」


ゼムは答えられなかった。


「違うだろうが!」


ヴァルグの怒号が、執務室に響き渡った。


「友人を、家族を、皆を守るために自国の事を思って戦場に出るのだ!」


ヴァルグの目が鋭くなる。

その奥には、怒りだけではない深い悲しみが宿っていた。


「俺も息子と妻を失った」


執務室を重い沈黙が包む。


「跡取りだった、息子は強かった……俺より強くなると思っていた。妻は俺にしちゃあ、いい女だった」


ヴァルグは、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


「だが帰ってこなかった……帝国とのアホな戦争でな」


ゼムは何も言えない。

自分と同じように、この男も大切な家族を戦争で失っていた。


「だから分かる。お前の気持ちは良く分かる」


ヴァルグは静かに告げる。

次の瞬間、その声が再び怒号へ変わった。


「だが、仇討ちなどけしからん!!」


大気が震え、部屋そのものが揺れたように感じられた。


「死んだ奴らの覚悟を踏みにじる気か!? 命を懸けて守ったものを無駄にする気か!」


その場にいた誰も、声を出すことができなかった。

しかし、一人の家臣が意を決したように口を開く。


「ですが辺境伯様! 親は帝国兵ですぞ!」


ヴァルグの目が細くなった。


「馬鹿者」


先ほどまでとは打って変わった、静かな声だった。


「親の罪を子供に押し付けるな」


家臣が口を閉ざす。


「戦ったのは親だ……このガキじゃない」


ヴァルグは周囲の兵士達へ目を向けた。

その瞳には、深い闇が映っていた。


「コイツはただ家族を失っただけだ」


そう言い切ると、ヴァルグは再び豪快に笑った。

まるで、いつもの自分へ戻ったかのように。


「おい、ガキ」


ゼムが顔を上げる。


「お前は家族を失った! それは戻らん」


ヴァルグはゆっくりと近づき、ゼムの目の前まで顔を寄せた。


「だがな……新しい家族は作れる」


ゼムには理解できなかった。

この男が何を言っているのか、まるで分からない。


ヴァルグは親指を立て、自分自身を指した。


「俺の家族になれ!」


その場にいた全員が固まった。


「へ、辺境伯様!?」


「何を仰っているのですか!?」


家臣達が一斉に騒ぎ始める。

当然だった。

相手は敵国の孤児。

それも、たった今ヴァルグの暗殺を企てた少年なのだ。

しかし、ヴァルグは本当に分からないという顔で首を傾げた。


「何だ? 何がおかしい?」


「おかしいに決まっております!」


ヴァルグは不満そうに鼻を鳴らす。


「こいつは俺が家族を奪ったと言っている」


そして、迷いなど微塵も見せずに笑った。


「じゃあ俺がなるしかないだろう!!」


執務室が再び静まり返った。

兵士も家臣も、あまりの言葉に唖然としている。

その中で、ヴァルグの豪快な笑い声だけがいつまでも響いていた。


こうしてゼムは、ノルディア家の側仕えとなった。


          






それから十数年後。

ゼムが初めて執事服に袖を通した日。

ヴァルグは一本の剣を差し出した。


父の形見。

十歳のあの日、ノルディア邸へ侵入した際に奪われた剣だった。


ゼムは両手で受け取り、その重さを確かめるように握り締める。

そこで、柄頭に新たな紋章が刻まれていることに気づいた。

翼を大きく広げ、"雄叫びを上げるグリフォン"。

ノルディア家の紋章だった。


ヴァルグは満足そうに笑う。


「返すぞ、ゼム。今度は守るために振るえ」


そして、邸中に響き渡るほどの声で豪快に笑った。

最後に、当たり前のことを告げるように言う。


「お前は既にノルディアの家族だからな」


ゼムは剣を強く握り締めた。

帝国で生まれ、父の形見だった剣。

ノルディアで与えられた、新たな居場所。


その日、ゼムは心に誓った。

この命が尽きるまで、ノルディア家を守り抜くと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。