↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第1章覚醒と別れ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/356

第5話 守護者の成れの果て

扉を開いた瞬間、レオンは足を止めた。

寝台の上にいる男を見て、胸が締め付けられる。


グラニウス・ノルディア


"王国最強の辺境の守護者"


身長は二メートル近く。

白銀の混じり始めた黒髪は短く刈り込まれ、岩を削ったような顔には、無数の古傷が刻まれている。

そのどれもが、辺境を守り続けた証だった。

かつては鎧を着たまま、熊のような魔獣を担ぎ上げ、騎士達から人間ではないと冗談交じりに言われた男だった。

レオンにとっては、幼い頃から見上げるしかなかった大きな背中。

幼い頃から見上げ続けてきた父。

だが、そこにいたのは、病に蝕まれた一人の男だった。

頬は痩せこけ、以前は丸太のように太かった腕も細くなっていた。

呼吸は浅く、胸が上下するたびに苦しそうな音が漏れる。

それでも、その蒼色の瞳だけは変わっていなかった。


グラニウスはゆっくりと視線を向け、レオンを見ると、僅かに口元を緩めた。


「……帰ったか」


掠れた声だった。

それだけで、レオンの胸が痛む。

いつもの父なら、もっと低く響く声だった。

こんな弱々しい声を聞いたことがない。

レオンは寝台の傍へ歩み寄り、頭を下げた。


「ただいま戻りました、父上」


グラニウスは小さく頷くが、その動作だけでも辛そうだった。

しばらく、沈黙が流れる。

レオンは言葉を探すが、何を言えばいいのか分からない。

病気のこと。

余命のこと。

それとも――

結局、口から出たのは別の言葉だった。


「お痩せになりましたね」


グラニウスは僅かに目を細めた。


「そうか」


それだけだった。

だが、その直後、小さく咳き込む。


「父上!」


レオンが身を乗り出す。

グラニウスは手を上げて制した。


「……大丈夫だ」


大丈夫なはずがない。

レオンには分かる。

ゼムが言っていた。


『もって数日』


それが現実なのだ。


「病のことは伺いました」


グラニウスは静かに頷く。


「……そうか」


「なぜ、黙っておられたのですか?」


少しだけ沈黙した後、グラニウスは答えた。


「言っても……変わらん」


短い言葉だった。

だが、途中で息が続かなくなったのか、言葉が途切れる。

レオンは思わず視線を逸らした。

見ていられなかった。

目の前にいるのは"英雄"ではない。

死を目前にした父親だった。

しばらく沈黙が続き、窓の外から風の音だけが聞こえる。

やがて、グラニウスがゆっくりと口を開いた。


「もうすぐ……領地を……任せることになる……」


レオンが顔を上げる。

その瞳には、涙が滲んでいた。

グラニウスは天井を見つめたまま続けた。


「心配するな……」


呼吸を整えるように、一度言葉が途切れる。


「お前は……賢い……必ず……私より良い領主になる……だろう」


レオンは何も言えなかった。

今は、そんな話を聞きたくなかった。

それではまるで、全てを終える準備をしているようだ。

グラニウスは小さく目を閉じる。


「学校を卒業するまでは……私が……と思っていたが……」


息を整えると、僅かに苦笑した。


「どうやら……無理のようだ……」


レオンは拳を握り締める。

爪が掌に食い込み、歯を食いしばらなければ、この場で泣き崩れてしまいそうになる。

それでも、痛みは感じなかった。

グラニウスは、しばらく黙っていた。

何かを考えるように。


そして――


「幼い頃から……構ってやれなかった……」


レオンの目が見開かれる。

父がそんなことを口にするとは思わなかったからだ。


「父上、そんなことは……」


レオンの言葉を遮るように、グラニウスが口を開いた。


「我慢を……させていた……」


そこで言葉が途切れ、激しい咳が漏れた。


「ごほっ……ごほっ……!」


レオンは慌てて身体を支える。


「父上!」


グラニウスは、大丈夫だと言うように首を振った。

だが、その顔色は明らかに悪く、咳が収まるまでしばらく時間が掛かった。

そして、ようやく顔を上げる。


「すまない……こんな……〝ダメな父親〟で……」


その瞬間、レオンの中で何かが切れた。


「違います!」


思わず声を上げていた。

グラニウスが、少しだけ目を見開く。

レオンは震える拳を更に強く握り締めた。


「父上は、立派な父親です」


声が震える。

目からは涙が零れていた。

それでも、止まらなかった。


「領民を守り、騎士達を守り、私を育ててくださいました」


グラニウスは何も言わない。

ただ、静かに聞いている。


「私は、父上を誇りに思っています」


レオンは深く頭を下げた。

震える声で続ける。


「ですから……そんなことを仰らないでください」


部屋に静寂が落ちる。

長い沈黙の後、グラニウスは僅かに口元を緩めた。

それは、レオンが見た中で一番優しい笑顔だった。


「……そうか」


その一言だった。

その一言だけで、レオンには十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。