第4話 父の容態と現実
馬車の窓からノルディアの城壁が見えた
馬車の馬と御者を換えながら七日間走り続けていた
王都から辺境までの長い道のりだった
窓から見える景色は見慣れたもののはずなのにどこか遠く感じる
父が倒れた知らせを聞いた時は驚いたが 病気そのものは知っていた
二年ほど前から体調が優れず時折寝込むこともあった
それくらいの話だった
父は昔から無茶をする 自分が十歳になるまでは魔物討伐では常に先頭だった
騎士達が止めても聞かない
ゼムが叱っても聞かない
そんな父だった
だから倒れたと聞いても一瞬
(また無理をしたのだろうか?)
くらいにしか思っていなかった
だが知らせを伝えに来たゼムの様子が気になってた
普段のゼムならどんな問題が起きても冷静だ
辺境に魔物の群れが現れた時も
盗賊団が暴れた時も
父が怪我をした時ですら大きく取り乱したことはない
しかし あの日のゼムは違った
表情はいつも通りだった
声も落ち着いていた
だが長年一緒にいたレオンには分かる
何かを押し殺していた
何かを隠していた
まるで今にも崩れそうなものを必死に支えているようなそんな雰囲気だった
(考えすぎか……)
レオンは首を振る
父は強い 誰よりも強い
そう簡単に倒れるはずがない
自分に言い聞かせているうちに馬車は城門を潜った
邸に到着すると違和感を覚える
静かだったあまりにも静かだった
訓練場から聞こえるはずの騎士達の声がない使用人達もどこか沈んでいる
馬車が停止しレオンはすぐに飛び降りた
そこには見慣れた顔が並んでいた
ノルディア騎士団長
ガレス
副団長
エルン
2人は綺麗な騎士の敬礼をしていた
誰も笑っていない
「父上の様子は?」
真っ先に2人に尋ねる
ガレスは拳を握り締めたエルンも視線を逸らす
けど誰も答えない 重い沈黙が流れる
レオンは隣のゼムを見た 王都からここまで共に来た執事はただ静かに前を見ていた
「ゼム」
「……まずは中へ参りましょう」
いつもと違い低い声だった
「早く父上に会わせてくれ」
「その前にお話ししなければならないことがあります」
レオンは眉をひそめた
その言葉が妙に引っ掛かる
父に会う前に話さなければならない事
そんなものがあるのか
嫌な予感がした
だがゼムの表情は変わらない いつも通りそれなのに
長年仕えてきた執事の顔は 今まで見たことがないほど疲れていた
「……分かった」
レオンは短く答えたそしてゼムに案内されるまま邸の中へ入っていく 父の部屋へ向かうものだと思っていた
だが案内されたのは執務室だった
レオンの胸に嫌な予感が走る
「ゼム?」
執務室の扉が開きゼムが振り返り頭をさげた
「まずはこちらへ」
レオンは無言で中へ入り扉が閉まる
部屋の中には二人だけ重苦しい沈黙が流れている
そしてゼムは静かに頭を下げた
「レオン様 グラニウス様の命により今まで伏せられていたことがあります」
レオンの心臓が嫌な音を立てた
「……父上の病気か?」
「はい」
「二年前から体調が悪いとは聞いている」
「それだけではありません」
ゼムは拳を握り締めた
「辺境伯様がお患いになっている病は……」
一拍そしてゼムは目を閉じゆっくりと口を開いた
「"魔力侵食症"です」
レオンは目を見開いた
聞いたことがある
前世の記憶で乙女ゲーム『ノルドレア・ロワイヤル』
その世界設定の中に存在した不治の病だった
大量の魔力を長年使い続けた者が発症する
高出力で魔力を使うと体内を巡る魔力の道である魔力回路に長年の使用と共に傷が生まれる
傷付いた回路から魔力が漏れ出してしまうのだ
本来なら回路の中だけを流れる魔力が筋肉や骨や内蔵など
全身に流れ染み込み少しずつ肉体を侵食していく
治療法は存在しない病
王国にも帝国にも教国にも魔導王国にも
解決できなかった
だがゲームではセリオスルートで
長年回復魔法を使い続けたセリオスが発症していた
カインルートなら主人公エリシアが発症する
唯一主人公エリシアの聖属性だけが症状を改善でき
カインルートなら魔法薬で完治出来た
だがゲームの話ではない今は現実だ
そしてその病に侵されているのは父グラニウス・ノルディアだった
レオンの拳が震えた
「……どこまで進行している」
ゼムは答えなかった
その沈黙だけでレオンは理解してしまった
父の病は既に末期に入っている事に
そして恐る恐るレオンはゼムに問いかけた
「父上はあとどのくらい生きれるのだ?」
「……医者が言うには…数日 長くて一週間との事です」
執務室が沈黙につつまれた
長くても後1週間そんな現実がレオンを押し潰そうとしていた
「それでは旦那様がお待ちです こちらへどうぞ」
ゼムが父の寝室までゆっくり歩き出した




