第3話 馬車の中で
馬車が揺れる
王都を出て三日 まだノルディア領までは遠かった
窓の外を流れる景色を眺めながらレオンは小さく息を吐いた
父が倒れた
その知らせを聞いてから胸の奥がずっと重かった
二年前から体調が良くないことは分かっていた
最近は討伐にも出なくなった
体格も痩せ咳をしている姿も見ていた
倒れたと知らせを受けて王子の誕生祭なのに飛び出してしまった
王都からノルディアまでは馬を換え急いでも七日は掛かる
考えれば考える程に落ち着かない
考えないようにしても考えてしまう
「頭の中を整理しよう……」
ぽつりとレオンは呟いた
(ここは乙女ゲームの世界だ)
【ノルドレア・ロワイヤル】
妹から借りたゲームだ
全ルートを攻略した
王立学園を舞台にした恋愛ゲーム
主人公は エリシア 平民出身の少女
聖属性の才能を見出され王立学園へ入学する物語だ
攻略対象は四人
第一王子
アレク・エルグランド
帝国皇子
ルーカス・ヴァルハイト
教国枢機卿
セリオス・セラフィス
魔導国家第一王子
カイン・レイン
悪役令嬢
クラリス・ローゼンベルク
学園百周年パーティーで婚約破棄され断罪される
彼女は王都のパーティーで出会った
月明かりの下でダンスの練習を何度も何度もしていた少女あれがクラリスだ
(本当にいたんだな……)
ゲームの登場人物 画面の向こうの存在だったはずなのに今は同じ世界に生きている
しかもゲームでは描かれなかった部分まで存在している
風の匂い
夜の冷たさ
人々の暮らし
全てが現実だった
レオンは小さくまた息を吐くそしてゲームの内容を思い返す
クラリスは断罪され正規ルートでは奴隷落ちする
ゲームの会話では 誰かに金貨二千枚で買われたとだけ
その後のクラリスの描写はない
だから気になったていた
だが今は父が倒れた
父はグラニウス・ノルディア
絶対に負けない人
どんな魔物より強い人
民を思う優しい人
幼い頃のレオンにとってそういう存在だった
だから父が倒れたという現実がどうしても結び付かなかった
レオンは目を閉じる
するとふと昔の記憶が浮かんだ
この記憶はレオンの記憶だ
五歳の誕生日 あの日だけは父が仕事を休んだ
魔物の討伐も政務も会談も全部
自分のためにだ
当時は分からなかった
辺境伯が一日休むことがどれほど珍しいことなのか
ただ嬉しかった父がずっと一緒にいてくれたから
肩車をしてもらいながら領都を歩いた
高い場所から見る景色は新鮮だった
領民達も祝ってくれた
みんな笑っていた
自分も笑っていた
そして通りを歩いていた時だった
菓子屋の前で甘い香りが漂っていた
「父上!」
「なんだ?」
「あのお菓子食べたい!」
店先に並んだ美味しそな焼き菓子を指差した
今思えばかなり高い菓子だったが当時は知らなかった
ただ美味しそうだった
すると父は少しだけ考えて
「今日は誕生日だからな 好きなものを買ってやろう」
「ほんと!?」
「ああ どれでも好きなのを選びなさい」
飛び跳ねるほど喜んだ
あの時 父が笑っていた優しくどこか楽しそうに
どうしてあんなに笑っていたのだろう
菓子を買ったくらいで
でも 今なら少し分かる父は忙しかった
いつも領地のことばかり考えていた
討伐 政務 領民 兵士 休むことも少なかった
だから息子が目を輝かせながら喜ぶ姿が嬉しかったのかもしれない
あの日父は辺境伯ではなく
ただの父親だった
レオンはゆっくり目を開く窓の外では夕日が沈み始めていた
もうすぐ夜になる
馬車は止まらない
ノルディア領はまだ遠い
レオンは拳を握った
(間に合ってくれ 父上もう一度だけでいいから話がしたい)
そう願いながら揺れる馬車の中で空を見上げた




