第2話 ダンスと悪い知らせ
「……上手く踊れなければ……いけませんわ」
年齢との不釣り合いと感じさせてしまう顔立ちは確かに幼く 赤い瞳は大人びた色を宿している
でもその瞳の奥には隠しきれない不安と緊張が滲んでいた
背筋は真っ直ぐ伸び 足先まで崩さずに立っている
クラリスの細い声が漏れる
「アレク様とのダンス……ちゃんとできるはずですわ……」
頬に涙がこぼれ 誰にも見られたくないのだろうか涙を拭いて 必死に笑おうとしている
だが 上手くいかない
ゲームで登場する『悪役令嬢』とは違い幼いクラリスの姿を見て レオンの足は自然と歩み寄っていた
「一曲踊ってくれませんか?」
レオンは軽く手を差し伸べる
片手は自然に腰の高さへ 置き 肩や背筋を崩さず あくまで“優しく"でも確信を持った 誘いの仕草だ
これはレオンが代行として徹底的な執事のゼムから指導を受けた記憶である
(まさか ……こんな所で役に立つとは)
レオンの手は開かれ 誘う相手に圧迫感を与えず
しかし逃げられない距離感に置かれていた
前世と合わせればクラリスの四倍も生きている 大人の余裕を 今のレオンは持っていた
「……え?」
急に横から声を掛けられ 驚くと束の間その仕草に クラリスはわずかに息を呑んだ
「泣き虫なお嬢様 どうぞ 手をお取りください」
レオンは少し意地悪いな笑顔をした
クラリスは泣き顔を見られたのが 恥ずかしいのか 言われるがままに手を取ってしまった
音楽は会場の中から微かに漏れていた 華やかなワルツ
遠い祝宴のリズムだけが この庭園に流れ込んでいる
レオンはその音に合わせて一歩踏み出した
(……動ける……ちゃんと踊れる)
不安で固まっていた身体が少しずつ解けていく
ステップは完璧ではない だがそれでも形にはなっていた
数分の僅かな時間 祝宴の音だけを背景にした 小さなワルツの音で2人が踊る
曲が一区切りついた 互いにお辞儀をしダンスの終わりを見せた
「ちゃんと踊れたね……」
レオンがぽつりと言いクラリスは驚いたように自分の手を見た
「……ほんとに?」
「あぁ……ちゃんと踊れてましたよ?練習の甲斐がありましたね」
そう言いレオンは微笑んだ
まるで妹に向けた様な 自然な表情にクラリスは安堵の小息を漏らした
クラリスは自然と少しだけ笑っていた
この乙女ゲームで"必ず"断罪され婚約破棄を言い渡される少女ではない
ただ不安を隠す為 詭弁な態度をとり 傲慢な口調は彼女の努力からきてるのだと確信した
(彼女を救いたい)
レオンはただそれだけを思っていた
その瞬間だった
後ろの方から足音がゆっくりと響いた
「ここに居られましたか ぼっちゃま」
低く落ち着いた声に振り向くと そこには 執事ゼムが立っていた
白髪混じりの髪 背筋は伸びているが動作の一つひとつに長年の年季がにじむ
先代 ノルディア家 レオンの祖父の代から仕える老執事である
彼は慌てることもなく静かに一礼した
「少々お耳に入れたい事が御座います 時間を頂戴いきたく参りました」
ゼムはレオンの近くまで行き耳元で声の調子を変えずに続ける
「…旦那様が お倒れになられました」
その一言は あまりに静かだった だからこそ重い
レオンの表情がわずかに固まる
(……父上が?)
クラリスはそのやり取りを見て息を呑んでいた
さっきまでの空気とは違い 意地悪な笑みや優しく微笑む少年が真剣な顔をしていた
祝宴の華やかな音楽が 遠くに引いていくようだった
ゼムはレオンの様子を見ながら もう一度ゆっくりと言葉を重ねる
「馬車はすでに準備しております……すぐに戻られますか?」
急かす声ではない ただ事実を告げるだけの声音
レオンは一度だけ目を閉じた そして静かに頷く
「……ああ 頼む」
踵を返す直前 クラリスを見る
彼女はまだこちらを見て 立ち尽くしていた
レオンは笑顔で短く言った
「王子とのダンス 上手く出来るといいですね」
そう言いレオンは後ろへ向き そして歩き出す
クラリスは状況が読めずただ立ち尽くしていた
そして脳裏に出た言葉を呟いた
「……変な人」
その声は 誰にも届かないほど小さかった
ゼム「おぼっちゃま何処に行かれたのでしょうか……」
パーティー会場を端から見渡し自分の主であるレオンを探すが見つからない
ゼム「初めの貴族との会話に疲れ外の空気でも吸いに行かれたのですかね」
庭園に向かうとレオンと知らない少女がダンスをしていた
ゼム「おぼっちゃまも隅に置けないですね、」
ダンスの一部始終を木の影から覗く
一方会場では王子アレクは最後に挨拶にきた
同世代のレオンとの挨拶が終わり一息ついていた
「辺境伯代理が俺と変わらない歳か……アイツ大丈夫だったかな?」
そういえばそ外の空気を吸ってくると言っていたので
ふと窓から外を見た
すると目に入ったのは木に向かって老人が前屈みになり腰を左右へ振っていたのだ
アレク「ダメだ俺としたことが疲れたのか変な幻想が見えてくる……」
目頭をツマミながらこの後のダンスまで休憩するのであった




